ケイの読書日記

個人が書く書評

「マザリング・サンデー」 グレアム・スウィフト著 真野泰訳  新潮社

2019-06-07 10:33:34 | 翻訳もの
 美しい話。私は英国を旅行したことはないが、それでも、季節外れに暖かい3月の終わり、英国南部の田園風景のまぶしい光の中を、さっそうと自転車をこぐ若い女性の姿が目に浮かぶ。

 マザリング・サンデーとは、もう現代では廃れてしまった風習だが、お屋敷の使用人たちが半日休みを貰い、実家の母親を訪ねる習慣だそうだ。
 1924年3月30日の月曜日が、その日に当たっていた。
 しかし、ピーチウッド邸のニヴン家でメイドとして働くジェーンには、母親がいない。彼女は孤児だったから。だからジェーンは、ご主人様から許可をもらいお屋敷の図書館の本を借りて、庭でのんびり読書をしようとしていた。
 お屋敷の図書館ですよ! 書斎ではなく。いくら、ここのところ財政が厳しく家政を切り詰めていたと言っても、やはり地主階級はすごい。

 そこに電話がかかってくる。お隣の屋敷の(といっても1マイルほど離れている)ポール坊ちゃまからだ。彼と秘密に付き合って7年になる。彼は、2週間後に、お金持ちのお嬢さんと結婚式を控えている。
 その彼が、今日は両親も使用人も留守なので、屋敷に来ないかと誘ってくる。大喜びで出かけるジェーン。もちろん、ご主人様にはどこに行くかはナイショだ。ご主人夫妻は、ポール坊ちゃまのご両親と、ポール坊ちゃまの婚約者ご両親と、3組の夫婦で食事会なのだ。

 隣のお屋敷についたジェーンは、坊ちゃまの指示で、初めて正面玄関から入り、初めて坊ちゃまの部屋で親密な時を過ごす。もちろん坊ちゃまの部屋以外の場所、納屋とか小道わきの崩れかかった小屋では、幾度となく親密な関係になってはいたが。

 こう書くと、ジェーンが坊ちゃまにいいように利用されているだけと思うだろうが、もちろんそういった面もあるが、それだけじゃない。坊ちゃまはジェーンに一目置いている。なにしろ彼女は頭がいい。ただのメイドにしては驚くほど読み書き計算が達者なジェーンだが、そこは階級社会の英国。ちゃんと自分の立場をわきまえている。

 この情事の数時間後に悲劇が起こり、1924年3月30日は、ジェーンにとって忘れられない1日になった。

 実は、この小説は、後に小説家になったジェーンがインタビューに答えて過去を振り返っているという形式になっている。1924年英国。2つの大戦に挟まれたつかの間の平和な時代。第1次世界大戦で、ジェーンのご主人様の2人の息子は戦死し、お隣のポール坊ちゃまの2人の兄も戦死している。なんという喪失。 
 コナン・ドイルを思い出すなぁ。彼も、息子の1人をドイツ戦で亡くしている。恨みは相当なものだと思うよ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 群ようこ 「妖精と妖怪のあ... | トップ | 「あやかしの裏通り」 ポール・... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

翻訳もの」カテゴリの最新記事