日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

それでも日々は過ぎていく‐政治の空転と日銀総裁‐

2008-03-10 09:38:34 | 徒然
このところのニュースの中心となっているのは、「ロス銃撃事件」と「次期日銀総裁を巡る国会の空転」だろう。
「『ロス銃撃事件』と言われても何?」と、思っていらっしゃる若い方も少なくないだろう。
27年も前の事件なのだから。
私も「何を今更」という気がした。
もう一つの「次期日銀総裁」については、イロイロな思いというか考えがある。
というのも、現在の福井総裁が任期中にどんな仕事をし、それが国民生活にどんな影響を与えたのか?という当たり前の検証をした上で、次期総裁になる人に求める仕事を明確にする必要があると思うからだ。

そもそも私の中での福井総裁という人物には、余り良いイメージがない。
「日銀のプリンス」と呼ばれるほどのエリートらしいのだが、日銀総裁という立場でありながら(日銀副総裁をで辞任した後で、日銀総裁になる前ではあるが)村上ファンドに出資し、たっぷりお金儲けをしていながら「問題ない」と言ったりしていた。
反面、任期期間中に日銀が行った金融政策って何かあったかな~?というほど、効果的な金融政策を行った記憶がない。
私の記憶がないだけで本当はあったのかもしれないが、銀行の収益は関連子会社の消費者金融会社の収益に左右されるような、とても銀行業の本業が健全な状況で上げられた業績だとは思えないのだ。
少なくとも「日本銀行」という、日本の中央銀行の最高責任者としての責任感のある印象がないのである。

そんな人が「中央銀行の最高責任者」を長い間務めていて、庶民の生活が年々苦しくなっている。
今や政治や中央銀行総裁の無策も関係なく、日々の生活をしていかなくてはならない庶民像があるのだ。

「日銀総裁人事をめぐっての国会空転」そのものは、大きな問題なのだと思う。
国会は空転していても、国会にはそれなりの税金が使われているのだから。
だからこそ「誰がやるのか」ではなく、「仕事をしてもらうための適任者は誰か」と言うコトを、国会で真剣に論議してもらいたいのである。
「何のための政治なのか?何をしていくための金融政策なのか?そして、それを実行するために誰が適任なのか?」という当たり前の論議をすっ飛ばしていては、「どうせ誰がやっても同じでしょ」という、印象しか生活者に与えないのだが・・・。