ある日の深夜、自分の余命について考えてみました。
この余命と言うものほど不確かなものはないのです。老いた者も若き者も明日と言う日は分からない、ある視点では平等、別の角度から見ればかなりの不平等で成り立っている寿命と余命。
でもここは運命的な指数は省いて、単純に人の寿命の平均値で考えていきたいと思います。
ある時まで自分の人生を思うとき、いつだって「まだまだだ」と私は考えていました。そしてまだ上り坂だ。やがてまだ半分は残っている。さらにまだ半分になってしまった入り口だという風に変化していったのです。
だけどそうこうしているうちに、時はどんどん過ぎて行き、そんな言葉を言うのは誤魔化しに過ぎなくなってきたように思います。現実を直視すれば、10000日生きることが出来るだろうか、12000日生きられたら凄いよなと言う時代が来てしまいました。
そうなってくると、もっと時間は大切にしなくてはいけないよなと、何もそうならなくても思って当然の事を、さらにしみじみと思ったりもするのです。
繰り返し言うようですが、ここに運命指数はナシですよ。真面目な顔をして記事を書いても、明日あたりに、ここに書き込みたくても書けなくなっている状態になっていたら洒落にもなりませんから。
それで、そうなってくると「ブログなんか書いていても良いのかな、」とか「ツイッターとかはどうなんだろう。」と言うことも真剣に思ってみたりするのですね。ブログは自己表現の場所だし、もやもやした思考を形にする場所でもあるので止める必要もないかなと思うので続けていくつもりです。前日辺りになったらもっとご大層に言うかもしれませんが、2000日と言う日も迫っているんですよ。
このブログを始めたころは、せいぜい「とある年齢」ぐらいまで遣りたいし、「とある年齢」になったら止めても良いかと思っていました。でもその「とある年齢」と思っていた年齢は、実は来年の2月には来てしまうわけで、またもこのごろ良く言っている「時間が経つのが早すぎる」「光陰矢のごとし」と言う事になるのです。
時間が一杯あると思って行き当たりばったりで、ヘラヘラしていたのがいけなかったのでしょうか。最初に書こうかなと思っていたことが、あまり書かれていないブログになってしまいましたし、これと言って止める理由も思い当たらないので、だらだらと続けていくのではないでしょうか。「私はここにいます」と言うのが、このブログテーマならばそれも良いのかもと思うのです。逆にこの先10000日続いたら凄いですね。
いや、止まれ!
この先10000日しかないのでしたら、続けるにしても「だらだら」と言うのはナシにしなくてはと思うのです。だからと言って気負いすぎては何を書けば良いのか分からなくなってしまう事は間違いナシです。
やっぱり行き当たりばったりでも良いのかもしれませんね。
<しばらく家に静かに居て、掃除に勤しもうかと思っていました。ブログも花や猫の写真、書きかけ文章の続きなどをアップしようと思っていたのですが、先週は図らずも藤原竜也祭りとなってしまったというわけなのです。上に書いた文章は、書きかけていたもののひとつです。『行き当たりばったりで良い』なんて事は、今書き加えたのであって、本当はもう好きな事だけ書いて突っ走っていこうと書こうとしていたのかもしれません。>
時間を空けて、この文章を読むとブログやツイッターとの関わりをちょっと悩んでいた、イヤ悩んでいる自分の姿が見えてきますね。余命と言う大きなテーマを掲げながら、残りの人生に何をしたいのかと言う命題を避けている私です。本音を言えば、そんな事今書ける訳ないじゃないというところです。
だって、あなただって言えますか。
残りの人生、私はこれをするって。
なんとなく願っている事はあるかもしれません。だけど私には言い切る勇気がないのです。または言い切る勇気なんか、今更いらないのかもしれません。
若い人から見たら、私たちの年代は山の大きさはともかくとして、もう山を登ってしまった人たちの群れに見えるはずです。そこにたどり着いた人たち。
<ああよもや私がこんな文章を書く時代が来るなんて。
若き人よ、あっという間ですよ。と、子供に伝えたいが、彼らは聞く耳なんか持っちゃいませんよ。>
で、山に登った人たちは、残りの人生を降りてくるだけなんだと思っていると思うのです。かつての私がそうだった様に。
だけどそれは違うのですよ。
願えば、次の山を目指していく事だって出来るのですよ。
問題は「願うか願わないか」なんですよね。
自分の為に、何かを願うーそれは大きなエネルギーが居る事。何かを言い切る勇気なんかを出す事も、凄く疲れる。もう山の登り方、昔とは違うのだと切実に思うのです。
それに目標だって、あの山を登ろうじゃなくて、行けるところまで行こうで良いと思う・・・・
今は世の中の事も家族の事もいろいろな事を考えなくてはいけない時代だと思います。でも自分の事も、棚の上には上げないで少しずつでも考えていかなければいけないのだと思っているのです。
・・・・・と言うこの頃です。