風景が風景を見ている。
私がこの花を見る。
だけれどこの花も私を見ている。
花は何も語らない。
語るとしたら、それは私の中の心象風景が作り上げた言葉でしかない。
モノには魂がない。
あるように感じるのは、私のうちにある感性が、ないはずの所から生み出しているのだ。
生まれてしまった魂はちゃんと息づいて、そして時には物を思う心に応えてくれたりもするのだと思う。
だけれど、もしも物の魂があったとしても、彼らの命はとっくに尽きていて静かに去って行くのみ。
※ ※ ※
今日新しく買ったエアコンを取り付けに来てもらいました。
その時にもう一台を外して処分してもらったのです。
(私が相当ふぅふぅと言って。あちらこちらを片付けていたのは、電気屋さんをお通しする部屋があっちこっちと有ったからなんです。)
たぶん2,3年前から、いや、もうちょっと前かもしれませんが壁のオブジェになっていました。
でも新しく付け替える予定もなかったので、外すきっかけもなくそのままにしてあったのです。
最後なんだからと思って油汚れ用の洗剤で拭けば、ピカピカになったと思います。ブログに載せるなら見栄も晴れと言う所ですが、でも私、真夜中の記事にも書いた通り、ベランダのお掃除で、まるでハイキングに行ったかのように全身がクタクタになっていて、とてもじゃないけれど廃棄するエアコンに、そこまでの感傷的な気持ちになれなかったのです。
でも彼は、良いよ良いよって言ってくれていたと思います。
31年間我が家に居続けてくれたヨロヨロ感も伝わりやすいと思います。
そのエアコンを買ったのは、10月に生まれたラッタ君が初めての夏を迎える時。
今のマンションに落ち着くまでは、私は何気に引っ越しマニア。3回の引っ越しに着いてきました。
その事を電気屋さんに言うと、
「それは優秀でしたね。エアコンはもともと移設をするものじゃないんですよ。ホースなどに不具合を生じてきたりするのですが、これ、25年以上使ったんでしょう。」
「ええ。工事はずっと買った所の電気屋さんがしてくれていたのですが、最後は『次に引っ越しあったとしても、もうこのエアコンは止めてね。』って言われました。でも最後までよく冷やしてくれたんですよ。だけど最後の年、スイッチを入れたらパッと水が降って来たんです。怖くなって、オブジェになっちゃった。」
「長年使っていたから詰まったのかもね。でも電気のものだから水は怖いですよね。」
「詰まり」と聞いて、一瞬だけ、じゃああの時に分解掃除したら直ったりした可能性がと思ったけれど、古すぎて「捨てろー」と言われるしかなかったと思います。
だいたいこのエアコンを使い続けていて、これをどこかで話題にすると、必ず電気代で損をしていると言われ続けてきました。
それは、凄く言える事だと思います。
だけど私には最後まで部屋をヒンヤリと気持ち良く冷やしてくれたこのエアコンを、バッサリ切るタイミングが見つからなかったのだと思います。
かつては各部屋にエアコンなんて贅沢な考えだったのではないでしょうか。
私も15年とちょっと前は、無理な事だと思っていました。
だからラッタ君に専用の扇風機を買ってあげようと思っていました。その時一緒にランチをした姑が電気屋さんに付いてきました。
そして扇風機の前で佇む私たちに、彼女はおもむろに言ったのです。
「この子はアトピーの子供だから、夏の汗は良くないと思うの。おばあちゃんが買ってあげる。」
かくしておばあちゃんが買ってくれたエアコンは昨年まで元気に稼働していました。
何がダメになってしまったかと言うと、リモコンなんですよ !
で、手動。でもスイッチのみ。切る時はいちいちコンセントを抜くのです。
オカシイですよね、それ。
どっか開けるパネルとかあるんじゃないのかって思いましたが、無いんです。私のリモコンのイメージと言ったら便利アイテムに他ならなかったのに、本体と同レベル重要アイテムだったと言うわけなのですよね。
これも諦めました。
だってこちらも古くなってしまったからです。
電気屋さんが、私に念を押すように言いました。
「今度の新しいエアコンの寿命は、10年と思ってくださいね。」
「わっかりましたー!!」
笑顔で答えたけれど・・・・
さあ、それはどうかな。
ニヤリ。
だけど大好きだったドラム式の洗濯機は、ちゃんと一般的に言われている洗濯機寿命で壊れたし、10年と思っていた方が良いですよね。
※ ※ ※
既に沈黙している彼ら。
もしも私が、おばあちゃんの買ってくれたエアコンのコンセントを入れて、もう一度手動で稼働させたら、きっとこのエアコンは動いたと思う。
― あなたは何を見続けてきたの。
「この部屋の住人さ。ずっと夏でも長袖を着てただろ。ある時、タンクトップと半袖のシャツを買ってきた彼にあなたは驚いていたな。」 → 人にはそれぞれの季節がある
― ええ、嬉しかったわ。とっても。あれはあなたのお蔭でもあるのね。」
「まあな。ほんのちょっとわね。」
と、彼は最後にちょっとだけ得意そうに笑った。
そしてエアコンの寿命をはるかに超えて、3回の引っ越しにも耐えた最強のエアコン殿。
もしも私が人差し指を伸ばしスイッチをオンにする勇気があったならば、彼は大きな音を立てて再び稼働したのだろうか。
― あなたは何を見続けてきたの。
「最初は、初めての子供に頬よせる父親だったかもしれないな。
ある時、俺はまた別の部屋で目覚めると小さな子供が二人になっていて、若い父親と母親との家族四人で暮らしていたな。
またある時、俺は別の部屋で目覚めたんだ。子供たちはほんのちょっとは大きくなっていたけれど、やっぱり小さかったよ。そして猫がいたんだ。あんたは小さなソファに二人の子供を両脇に抱えて猫を膝に抱きながら、遅く帰る父親をテレビを見ながら待っていたね。
そして俺はまた別の部屋で目覚めたんだ。あんたの子供たちは、あまりもう俺の傍には来なかった。その代り俺は多くのあんたの子供じゃない子供をたくさん見たよ。
その中の子供が、ある日言ったんだよ。
『水が降ってきました。』って。
そしたらあんたはおもむろに立ち上がって、悲しそうに見上げるとこう言った。
『どこまで行けるかと思ったが、とうとうここまでか。』
俺が最後に見たものは、あんたのピンと伸びた人差し指さ。」
と彼は最後にちょっとだけ寂しそうに笑って言ったのだったー。
― ありがとうね、いままで。