森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

天地人37回「家康への挑戦状」

2009-09-14 08:52:20 | ドラマ (大河)
兼続=直江状

ある意味、山場。

直江状の事はこのドラマが始まってから知りました。歴女じゃないのよね、私。

だから、みんなが直江状を読んでいるシーン・・・
回覧板のように回っているのかと思って吃驚しました。

―アッ、同時に何通も出したのね。
家康にだけ出したら握りつぶされて知らん振りされたらオシマイだものね。―

結構マジの夫婦で会話してしまいました。

デモなんか腑に落ちない。誰がいつそんなに何通も書いたんだって?
原本はないけれど複写が何通か残っている事から、こういうシーンが生まれたのかもしれないのですが、大河って結構影響力があるのよね。それを思うと、「いいのかなあ、こういうイメージの押し付け」って、ちょっと思ってしまうのです。

まあ、そんな硬い事はこの辺にして、だってドラマですし・・・。
家康のヒステリーはちょっと愉快。彼を本気で怒らせた男なんですよね、兼続は。

みんなで書状を少しずつ読んでいく所、小学校の国語の授業を思い出してしまいました。
「ハイ、次の人。」なんてね。

そんなところが面白くもあり退屈でもありという感じでしたが、それでもとにもかくにも「直江状」と言うことで良いんじゃないかと思いました。
妻夫木君も、なんだか貫禄が出たような、小栗君も復活しましたと言う髪型でした。そんなところも良かったかな~。

三成挙兵。
奥方達が一同城に集められ・・・
なんか見たシーンです。先週も「功名が辻」の三成と思わず比較してしまいましたが、こちらもフムフムと見てしまいました。あそこで「茶番な・・」みたいな事を呟いていた奥方はどちらのお方?

大谷吉継(津田寛治)の登場も良かったですね。

ええと、「良かった」「気になった」は、もうこのぐらいかな・・・

後は・・・
何ナノ~!!!


私、景勝が可愛そうになってしまいました。
えっー、逆じゃないのって誤解されそう。

だって、あんなアホに描かれちゃって。どう考えたっておかしくないですか。上杉があそこで追わなかったのは、違う理由があったと思うのですよね。たとえそこだけ史実であったとしても(あり得ないけどね)、「だってドラマ」「どうせドラマ」なんだから、どうにでもなるはずなのになぜそれを選択したのかしらと思ってしまいました。

日本全国、あの時同時に
イラ~ッとしたんじゃないかな・・。

剣を振り下ろす兼続。殿を切るわけにはいかない。でも振り下ろしたのは、兼続のせいいっぱいの意思表示だと思いました。迫真の演技で、シーン的にはいいんだけどさ、論点が納得いかないよ~。

一晩寝たらセリフを忘れてしまったのですが、
「・・・・・、・・か。」と最後の兼続のセリフに「か」が付いていましたね。

普通だったら袂を分かつシーンですよね。

しかも気持ちに蹴りを付け前に進もうとする兼続でしたが、
正しき道を生きる、だから守れ、と言っていたように聞こえてきました。

ちょっとおどしていない?。

でも遠く離れた友を思って、祈る気持ちだけは伝わってきて、そこはジーンと来たのでした。


次週は「関が原」。
小栗君の気になるシーンも予告にあって、楽しみにしています。


でもこれが37回でなかったら、この先はどうでも良いヤと放り出したかも知れません。ここまで来たら、もうイジかも・・・・。
最後まで見届けますよ、たぶん。









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「ムサシ 激動の123日間の舞台裏」

2009-09-13 14:38:42 | テレビ・ラジオ
ムサシ特別版 [DVD]

ポニーキャニオン

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≪ミーハーモードです≫
見ましたよ~
だんなを寝かしつけて。

9/12(土) 24:45~25:40 テレビ朝日
 「ムサシ 激動の123日間の舞台裏」~蜷川幸雄と若き俳優たち~

そう、こんな夜中におじさんは起きてちゃダメよ。こんな時間は若者と妖怪の時間なんだから。・・・って私は妖怪?
まあ、我が家の「ヌシ」みたいなものだから良いってことで。

遅筆堂とまで時には言われる井上先生の舞台を遣る覚悟を、蜷川さんのインタビューで感じました。
あんな決意があったのか、凄いなって再認識しました。

初日なんか開いて当たり前。観客はそう思っているでしょう。でもその裏では、最後の本が来たのが2日前。
「俺、竜也と朝練しちゃったから~。」と小栗君が言っていましたね。
初日の緊張感は凄まじかったと言っていました。

初日に行かれた方は、その舞台裏の話には、ことさら興味深かったのではないですか。

私と言えば、ぜんぜんチケットが当たらなくて、観に行ける見当も付かなかったのに、それでも申し込みにはワガママにも初日から数日は常にわざと外していたのは、私の舞台を観に行くのは一回だけと決めているからだったのです。もしも時間とお金がそちらの方にワガママに使えるのでしたら、初日からの進化系を楽しむ贅沢を味わえたかも知れませんね。

遣られている方もいらっしゃるでしょう?
その贅沢、ちょっと羨ましいです。

蜷川さんも言っていましたね。
―なんとなくあった隙間が、徐々に埋まっていった(言葉は不正確です)
勉強してきた。
彼らは上手くなった。―


ちょっと興味深かったのは、小栗君、藤原君、杏ちゃんのインタビューと言うか三人の語らいの中で、お互いにキツイダメだしをしあった、そういうことを言える相手だったと言う言葉。
切磋琢磨出来る相手がいるということは素晴らしい事ですね。
「さいたま」では遣りすぎた所もあったとか、客席までセリフが伝わらなかった所もあったとか・・・

ムムム~。その言葉って、なにげに他の皆さんのブログの感想に遠慮がちに書かれていたマイナス面ではないですか。彼らは知っていたんですよ。そして満足していなかった。そしてそこの問題点点を埋めていったのですね。

いや~、プロだわ。


三人の語らい部分は、先日のWOWOWでの「ムサシ」放映時のものとかぶっている所もあったのですが、今回はそこでは語られなかった先のエピソードもありました。
禅寺の禅修業の時、小栗君が打たれている姿に横にいる竜也君がニマ~と笑ってしまったら、竜也君も打たれてしまったと言う話は、既に知っていました。でもその後、誰かがくしゃみをして、また笑ってしまったら、
「こらっ、ここを何処だと思っているんだ!」と叱られた話。

なんか若いって良いなぁと思ってしまいました。ヤンチャ坊主たちっていう感じですね。その先も会話は続いているのですが、発売されるDVDにそちらの映像もついているらしいです。

ムサシは来年5月にロンドン、7月にはニューヨークの大劇場から招かれて上演されるそうですね。そこまでは追いかけて行くことも出来ませんが、そこでのお話も楽しみです!


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だましゑ歌麿

2009-09-13 01:57:26 | テレビ・ラジオ

 水谷豊、17年振りの時代劇。
じゃあ17年前の時代劇って何?
「勢揃い清水一家 次郎長売り出す」・・・かしら?
ちなみにその時は森の石松役。

面白かったですね、今日の「歌麿」 。
あらすじは→こちらでチェック

物語の展開も面白かったのですが、最初の歌麿が愛する妻を失った時の嘆きが凄くて、まだ何も物語が始まっていないのに、ジーンときてしまいました。水谷さん渾身の演技だと思いました。
「ダメだよ~、早く、早く起きてくれよ~。」
深い嘆きが伝わってきましたね。

そしてこのドラマで一番印象的だったのは、絵師として会心の絵を描き終えたときのぶっ飛んだ歌麿の姿であり、
「ああ、やっぱり水谷豊は演技派なんだなぁ。」としみじみと思ったのでした。

歌麿の絵が随所に出てくるのが嬉しかったです。あの最後の鳳凰(?)の絵は素晴らしかったですね。ネットで探しても見つかりません。あの絵の情報が欲しいと思いましたご存知の方いらっしゃいますか?

ドラマ展開も簡単単純でなくて良かったですね。なんだか最初、わけが分かりませんでした。でも、「だましゑ」と言っているのですから、良い意味で騙されているんだろうと楽しんでいました。

最後のアレはちょっと反則じゃと思いましたが、騙されちゃった(汗)

「えっ、あの女の人も~・・・!!」なんて言ってしまいました。でも、ポロリと・・・。
思わず苦笑ですが、「○○探偵・・・」時代劇版!?
まあ、いいか。
騙されて楽しかったし。

脇も良かったですね。中村橋之助さんはもちろん、市原悦子さんも。市原さんの「うの字」には笑えました。他の皆さんも良かったです。
それに長谷川平蔵はやっぱり悪者にはしませんでしたね。

ちょっと贅沢な感じがした二時間でした。


 

だましゑ歌麿 (文春文庫)
高橋 克彦
文藝春秋

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コメント (6)
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あぶない丘の家

2009-09-11 00:08:04 | 漫画・マンガ・まんが
あぶない丘の家 (小学館文庫)
萩尾 望都
小学館

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泣けと言われたら泣けるのか」から読んでくださると嬉しいです。

萩尾望都は本当に好きな作家です。

そして、この「あぶない丘の家」は隠れた名作だと思います。

◇ あぶないアズ兄ちゃん

◇ あぶないシンデレラ

◇ あぶない壇ノ浦

◇ あぶない未来少年

「一家にひとり、アズ兄ちゃん。」と思わず言いたくなってしまうのですが、それは読んでくだされば分かりますが、彼はかっこいい「どらえもん」のような人なのです。

本当は怖い謎の人、天使か悪魔かまたは謎の宇宙人か、まあそんな所。でもなんでもありの頼もしい人なんですね。だからと言って出しゃばらず、主役の真比古をサポートして、凄く魅力的なキャラなんです。

「あぶないアズ兄ちゃん」はSF&オカルト
「あぶないシンデレラ」はミステリー
「あぶない未来少年」は壮大なSFで涙なくしては読めません。

もっと続いて欲しいシリーズでしたが、「あぶない未来少年」のラストを読むと、そのシーンが最後でいいのだなとなんとなく終了感がするのですね。

そして、一つ抜いた「あぶない壇ノ浦」ですが、これは真比古を狂言回しにして進んで行く、完全な歴史物語といっていいのではないかと思います。

安徳天皇入水シーンには秒の単位ですぐに泣けても、あまり頼朝や義経には興味はありませんでした。まあどちらかと言うと鎌倉幕府を開いた源氏の御曹司頼朝には多少はあったかもです。

頼朝=石坂浩二。大河ドラマの影響は大きいのですね。

この頃はまだ、義経=タッキーではなかったのでした。

 

前にも書いたことがあるのですが、
「今日は、大河で『本能寺』だわ。」と言ったら、大概の人は「NHKの大河ドラマで本能寺の変のシーンをやるのだわ。」と言ったのだと分かると思うのです。だけど「本能寺」と言われても、何のことか分からない歴史オンチな人がいて、驚いた事があったのです。たぶんこの人に「『壇ノ浦』は泣けるよね。」と言ったら、意味が通じないかも知れないと思ってしまうのです。もちろんそれは、「壇ノ浦の合戦でのエピソードは泣ける話がたくさんあるよね」と言う意味ですよ。

正月の初詣に、鎌倉八幡宮に出かけた真比古と幼馴染の不動律子たちでしたが、大銀杏を見たり江ノ電に乗って腰越を越えるときに、なにげに義経・頼朝の話で盛り上がります。

でもそこで言った、真比古の信じられない一言。

「えーっ、頼朝と義経って兄弟だったの~!?」 

「ぎょ!」←なにげに古い言い回し・・・。

そんな歴史オンチの真比古でしたが、そこから頼朝・義経の物語が始まるのです。

アズ兄ちゃんとのある事件から、不思議体質になってしまった真比古は彼らの事を深く思いすぎて、俄タイムタラベラーになってしまいますが、迷子になってしまって危ないからと、アズ兄ちゃんが彼らの元に自由にいけるドコデモドアを付けてくれます。

光る風のように人生を生きた義経、冷たい雪を一歩一歩踏みしめるように生きた頼朝。

義経の最後に泣きじゃくる真比古に、アズ兄ちゃんは江ノ島の遠い灯りを見ながら、
「八百年も昔のことなんだよ。」と慰めます。
すでに真比古と同様に、涙に溺れていた私にも、その彼の慰めの言葉が深く伝わってくるのでした。
 

遠い昔に過ぎた物語。想いを飛ばしても、それは一方通行の恋のように、ただ想うばかり・・・

 

彼らにあまり興味のなかった私でしたが、のめり込んでしまいました。二人のファンの方はもちろん、歴史好きな方に、是非読んでもらいたい作品です。

コメント (2)
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09,09,09 ☆

2009-09-10 10:50:02 | 梢は歌う(日記)

昨日のお話。

二ヶ月ほったらかしになっていた題詠ブログを再開しようと、短歌を作っては「梢は歌う」の方に書き込んでいました。いくつか投稿した頃、日付に目が行き、「今日は9月9日なのね。重陽の節句じゃない。」と気がつきました。が、さらによく見ると、2009,09,09 だったのですよね。 遅くて鈍いよね~、私!!

またも数字の虜。なにやら大切な日のような気になってしまいました。既に午後だったけれど、時間操作して「2009,09,09,09,09」に何か投稿しようかななんて思ってしまいました。思っただけでなく、
「9にはどんな意味があるんだろう。」なんて調べてしまいました。そんなことを調べられるのかと思うでしょう?

同じように思う人って世の中たくさんいらっしゃるんですよね。

でもやっぱり読みなれている、Wikipediaに頼ってしまいます。

9、きゅう、く、ちゅう、ここの)は、自然数または整数において、8 の次で 10 の前のである。」

続きは→コチラから

結構面白いですよ。

特に
9 の倍数は、その各位の数字の和も9 の倍数である(数字根九去法)。

  • 例: 9×324=2916 2+9+1+6=18=9×2 また各位の数字を入れ替えても各桁の数の和は変わらないので、そうして入れ替えてできた数もまた9の倍数である。たとえば 2916 の数字の順番を変えた 6291 や 1926 も9の倍数となる。

数字が苦手な方は読み飛ばしてくださいね。
9に何を掛けても、その出た数字を足すと、9かその倍数になるんですよ。

だから同じ事だけれど、9の累乗も・・・・

それを確かめていると、意味もないことなのに嵌っちゃいます。

数字以外のことで、面白いと思ったのは、
Cats have nine lives. :「中々死なない」という意味の英語の西洋では、ネコが高い所から落ちても死なないのは、九つの魂を持っているからとされる)。またそれを踏まえて、Curiosity killed the cat(「好奇心は(9つの魂を持つと言われるはずの)ネコをも殺す」:誘惑に駆られて好奇心を出すと痛い目に遭う、の意味)という言い回しも英語にはある。

気を付けましょう。好奇心!いろいろセーフだったけれど、若いときには危ない事もあったのですよ。
それから、エラリー・クィーンの「九尾の猫」・・・ちょっと気になってしまいました。

まあ他にもいろいろ載っていたので、興味の出た方は読んでみてくださいね。

でも、なぜ書かなかったのかといえば、
「9」と言う数字に拘って、ツラツラ書いてもねぇと思い、(結局書いているのですが)重陽の節句にちなんで、花の写真でも撮りに行こうと外に行こうと思いました。

この外出は違った意味でとても良い事があったのですが、話が飛ぶのでそこの部分は我慢すると、これといった花は見つからず、私の思惑は外れてしまいました。ちょっと、拘りすぎるのもばかばかしいなとも思いましたし。

でも本当はね、そう言う数字拘りは好きなんです。遊びとして面白いですしね。

じっと数字を見ていたら、
「クッククク、クッククク~青い鳥~♪」なんて口ずさんでしまったりして・・・
結局それか~なんてね。

いつも私のブログの更新時間は真夜中が多いのですが、昨日の記事の続きをアップしようかなと、その記事を読み直してみたら、アレッ、この記事の投稿時間って
「2009.09.09.00.09.54」 じゃない!!

最後の54がちょっとウザイ?
でも5と4は足せば9だし。
良い事にしよう。

その時私、ふと思ってしまいました。

チルチルミチルは青い鳥を探して、あちらこちらに行くけれど、結局青い鳥はおうちの鳥かごの中に居ましたとさ。
私がやりたかったことは、知らず知らずのうちに先にやっていたのでした。

 

ところで昨日、ニュースでザ・ビートルズの高音質化したリマスター版の発売の様子が映し出されていました。「9」はビートルズにちなんだ数字ってあっさり言ってたところがあったような。なんで?と思う人が居てもスルーなのよね。

これはあれかしら?
ジョン・レノンが「9」は自分のラッキーナンバーって言ったことからかしら。
でも「9」はファンの人には意味がある数字なのかも知れませんね。そういう名前のファンサイトもあるみたいですね。

たかが数字、されど数字ですね。

 

    ザ・ビートルズ・ボックス

    EMIミュージックジャパン

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    泣けと言われたら泣けるのか

    2009-09-09 00:09:54 | 思いつくまま

     昔の事ですが、劇団の養成所にいた妹が、「今日は泣く授業だった。」と言いました。泣けと言われたら、すぐ泣かなければならない授業だったそうです。

    「出来たの?」と私が聞くと、「お姉ちゃんのお陰で出来た。」と言いました。
    「あのね、お姉ちゃんが死んでしまった事を想像したらすぐに涙が出てきて、結構号泣しちゃった。」

    一瞬、私は嬉しく思ってしまいました。なぜなら私でも姉妹が死んだ事を想像したらかなり悲しいと思いますが、すぐに涙が出て、しかも号泣モードにはならないよなと思ったからです。

    が、妹は続けて・・「ああ、あの人はあれやこれやと未来の展望を語っていたけれど、結局何も出来ず、何もしないまま、ただこの世から消え去ったのかと思うと、なんか憐れで惨めで・・・」

    ―あのなあ

    でも、私も後から同じことを考えてみたら、同じように涙が出てきましたよ 

    だけどそれは遠い昔、私が若かったからそう思えたのです。今はそれでは泣けません。何もなさず、何もしないままこの世から消え去ったとしても何が悪いんだと、私は思うからです。「生きた」その期間が、ただ生きているだけであったとしても、ただそれだけでいいのだと思うからです。

     ただ昔、何分かで涙が出たらお金がもらえると言う番組があったように思いますが、それに出たら私はイケルんじゃないかと思っていたことがありました。妹の「泣けと言われたら泣く」と言う授業の話を聞いて、自分だったら何を思い浮かべて涙を流すのだろうかと考えてみたのです。

     思い浮かんだ途端に涙が出るシーン。
    ああ、それはあのシーンです。

    それは壇ノ浦。

     二位の尼が決戦の行方を見極めると、敵の手には渡すまいと三種の神器を懐に入れ幼き主上を抱くと、幼き主上は
    「尼ぜ、我をどこに連れて行くのか。」と問うのです。

    そこで二位の尼は
    「君よ、浪の下にもきっと都はありましょうぞ。」

    黙って頷き手を合わせる幼き安徳天皇・・・・・

    ウウッ、やっぱり泣ける。

     

    あなたが泣けと言われたら、どんなシーンを思い出しますか。

     

    私もなぜこの「壇ノ浦」なのかは分からないのですが、気持ちにヒットしてしまったのですね、きっと。

    何で今この話題なのかと言うと、ここから連想ゲーム的に話題が繋がって行く予定だからなのですが、ちゃんと行き着く先までたどり着けるとイイナと思います。

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    ささやかな秋

    2009-09-08 00:41:02 | お散歩&写真日記

    お散歩日記です。

              

     パンパスグラス。秋が顔を出したって言う感じがします。

               

    気取った貴婦人が噂話をしている様で、花の中で唯一嫌いな花の鶏頭。でも「お前が嫌いだ嫌いだ」と言って見ていたら、なんだかだんだんユーモラスな感じがしてきました 。色も可愛いです。ちなみに羽毛鶏頭は好きです。ひよこみたいなイメージがするからかも。

              

    知らず知らずのうちに秋は近づいて、そして深まっていくのですね。


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    天地人第36回「史上最大の密約」

    2009-09-07 10:13:04 | ドラマ (大河)
    「天地人」も後、残りが11回。ここの所感想も書いたり書かなかったりで、こう言うのを息も絶え絶えに、と言うのだろうか。
    そして今日はとうとうパタリと・・・


    いやいや、それは嘘。最近「天地人」は良くまとまっているなぁと思っています。なんだか偉そうな言い方ですみません。でもそれなりに感動したり、ちょっと涙ぐんだり、カッコ良いと思ったり結構楽しんでいます。
    この時代を上杉の視点で見るなんて事は、ほとんど今までありませんでしたよね。
    勉強にはなります。
    ―そうか、こんな感じで上杉は体良くおっぱられたわけね、とか。

    でも、今日思ってしまいました。
    軽いな~って。

    「ああ、三成、かわいそう。」
    私、この言葉を二回も言ってしまいました。なぜって憎いおやじの家康にいじめられている若きプリンスに見えてしまったから。
    「三成ちゃんが家康ちゃんにいじめられているよ~、エーン」みたいな感覚でしょうか。それも狙いなのかと思いますが、歴史的ドキドキ感がないのが残念なのでした。

    例えば、「功名が辻」の「三成暗殺」の回のような。
    私の大河記事って、「ねえ昨日見た?私も見たよ~」的なスタンスで書いていて、手抜きであらすじナシなものだから、今読むとさっぱり分かりません。なので紹介もしませんが、そこに「デス・ノートばりの頭脳戦」って書いてあるんですね。三成と家康の応酬にワクワクしていたわけです。でも今回はそれがない・・・




    あの時三成を助けたのは、主役特権で、もちろん一豊でしたが、今回はやっぱり兼続。兼続が淀に頼んで手紙を書いてもらいます。
    内容は「三成の命を守って」というようなものだったと思いますが、それが功を奏して火の中に飛び込んだ三成を、家康が密かに暗殺なども出来ず、三成は五奉行から退隠し蟄居するのでした。

    福島正則などの七将の三成襲撃も、ちょっと唐突な感じがしてしまいました。
    「お前がわるい!」一言では、あまりに説得力がないというか・・・

    ゆえにさら~っと物語が進んでいくんですよね。

    こんなに憎たらしい家康も珍しいなと思います。
    そう言えばテレビ版の「戦国自衛隊」(竜也君が小早川をやって、私が号泣したやつです。)の津川家康も憎たらしかった~。

    図式的に、イイモン、ワルモンがはっきりしているドラマの様な気がしてしまいました。ちょっと苦手なんです。そういうドラマ。
    だからなのか、兼続が
    「・・・・・ただ一人に非ず。」
    「・・・・」の部分は長くて覚えていないのですが、政治権力はひとりのものではない。秩序を重んじて秀頼を助け、せっかく平定された天下の平安を守りたまえと言うことが言いたかったのだと思いますが、朝鮮出兵で大名達の気持ちを疲弊させ信頼の絆を弱め、直系の血に拘り、力になるべく身内と言う「人の壁」をボロボロにしていった不安要素が、豊臣政権にはあったわけです。

    戦国時代の幕引きは出来ていない。

    兼続の言いたいことは分かります。上杉は「義」の旗のもと、それを中心に思考する団体で、美しき戦国武将たちなのです。はっきり言って、それがどんなに甘い要素をおびていても好きにならずには居られない部分があると思います。
    でも、まだ戦国の世であるならば、それに乗じて国盗りのトップを狙うは、秀吉のやったこととまさしく同じ。当たり前の危機であったわけで、死の間際まで秀吉は苦悩したに違いないと思います。
    このドラマでは家康はさながら「悪」の様相ですが、彼には彼の道があったわけですから、どんなにカッコ良く妻夫木君が言い放ったとしても、
    「歴史が証明するよ。」と、家康側に回った擁護をテレビに向かって呟いていた私でした。

    時代は作るものたちの評価は、その時の、勝った負けたじゃなくて「その後」に築かれていくものなんですよね。それは今の時代と同じ・・・! 

    今回のポイントは後半の密約シーン。
    上杉が京から引き上げる時に、兼続がひとり三成を訪ねます。

    そこでだんなの一言。
    「ホントかよ!?」

    思わず私はガクっとこけました。ナ、何を今更~・・(汗)

    密約は本当にあったのかなかったのか、wikipediaによれば諸説あるみたいですが、私はあったほうに一票です。その方が楽しいから(オイオイ)。それに三成のことですから、いろいろ根回ししていたのに違いないと思うからです。

    あの密約シーンは楽しそうでしたね。悲劇の三成が楽しそうでホッとしました。でもやっぱり軽いな~。

    だけど最後の一言が一番重く印象に残りました。

    この時が二人の今生の別れだった・・・(ジーン)


    小栗君って藤原竜也君と親友なんですってね。変なところで脳内リンクしてしまいました。「二人の熱い友情」そんなところに過敏な反応・・・



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    夏の残り香

    2009-09-06 09:02:12 | お散歩&写真日記

    8月は家に居過ぎました。「8月を振り返って」などを読むと、そんな風には感じないかもしれませんが、あそこに書いてある以外の日は、外に出るのはゴミステくらい。本当は家の中に用があるから出かけないだけなのですが、そんなに家に居る事が好きなのかともし聞かれても、「大好き!」と答えてしまいそうな私です。

    でも9月は新しい季節の始まり。
    お散歩を楽しみたいと思います。

    昨日、珍しく朝早くに散歩に行きました。だって洗濯も終わってしまったのに、家中が寝静まっているのですもの。お母さんはお出掛けしてきますわよ。なんか頭も痛いし、スッキリしたくて(夕方、熱を測ったら微熱でした。こういう時は先に熱を測りましょう。特に今時は)自転車に乗ってGO!

     

    誰も居ない朝の公園。ベンチって、それだけでドラマを感じて素敵ですね。

     

    少し弱い朝の光に癒されます。

    公園に着いたとき、セミ達の歌声が出迎えてくれました。それは今だけの贈り物。その光と音がシャワーのように降り注いで癒されました。

    時折すれ違う人は、年配のカップルが多くて、最後にすれ違ったカップルは手を繋いでいました。なんだか素敵だし羨ましい気持ちがしました。

    セミの声が聞こえても、あまりそのセミを見ようとはしませんよね。太い幹にとまっているセミは、すぐに分かりますが、梢の中で鳴いているセミを探すなんてことはしないと思います。

    でも昨日、見上げたら、見上げた所にいたんですよ。
    「ああ、お前一匹でこんなに大きな声を出して往く夏を惜しんでいるんだなぁ」と、心の中で言いました。声に出しては言いませんよ。ひとりなので如何に側に誰か居なくても、やっぱりテレパシートークですね。

     

    分かりませんよね。私にも分かりません。

      こんな所に潜んでいました。たぶん目があったと思います・・・。

    でも夜は秋の虫たちが鳴いている今日この頃ですね。

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    8月を振り返って

    2009-09-05 23:54:54 | 梢は歌う(日記)

     私的にはすっかり恒例になった、一ヶ月のおまとめ日記です。
    & 脳の活性化日記・・かな?

    8月・・・なんか手のひらの上に残ったものはあったかしら。
    ふとそんな風に昨日思ってしまいました。

    夏が好きなんです。あの暑さ、嫌だけど好き。滴る汗も、それを拭う手の甲の感触も。
    今年も汗をかきました、ベランダの片づけで。でもなんかいまひとつ的な不満足感がします。
    確かに片付ける前は、「なんじゃ、こりゃ」的に汚かったのですが、片付けてしまうとそれは遠い過去・・・
    そんな感じがするのですよ。

    でもだからと言って、そのままにしておくわけにはいかなかったわけですし、必要な時間であったわけです。それに思い出しましたが、今年は「美しい事に拘る」なんて目標を立てていたのでした。すっかり忘れていました。

    雑然とした部屋はおしゃべり。目が覚めた時からざわめきの中で暮らさなければなりません。やはり今年の残り時間も「片付け」に専念しましょう。欲張り過ぎずに満足する事を知りましょう。バランスに気をつけて、心に残る時間を持っていきたいと思います。

    さてと、8月はどんな事があったかな。

     映画
    HACHI 約束の犬」と「20世紀少年<最終章>ぼくらの旗」を映画館では見ました。
    洋画の大作っぽいのを見たいような気もするのですが、これといって見たいものがなくて・・・

     ドラマ
    大河ドラマは変わらずに見ていますよ。今期は「救命救急24時」、「赤鼻の先生」「任侠ヘルパー「と「怨み屋本舗」を楽しみに見ています。最初は「怨み屋」以外、何も見るものがないと思っていたのですが、だんだん面白くなってきました。そう言えば「メイド刑事」とか「オトメン」とかも何気なく見ているかもしれません。ばかばかしさが良かったり、イケメン度が高いのが良いかも。

    加えて、最近昼間のドラマに嵌っていることは他の記事で書きましたね。「宮廷女官チャングム」と「クリミナル・マインドFBI行動分析課」です。夜のドラマより楽しみにしているかも知れません。

     お芝居
    花組芝居の「ワンダーガーデン」、劇団金子「漣を抱くセシル」を観に行きました。テレビでも宝塚の「赤と黒」、キャラメルボックスの「さよならノーチラス号」を観ました。

     美術館
    ゴーギャン展」に行きました。ゴーギャンの絵が昔から好きと思ったことはなかったのですが、やはり本物の迫力です。なかなか良かったです。

     読書
    18秒の遺言」を読みました。サスペンスでしたが、ドラマ性が高く面白かったです。
    子供の為の本「おばけかぞくの一日」も読みました。(子供に読み聞かせる為に)

     奥様ランチ、ディナー&お出掛け
    友人と「ジョイフル本田」に買い物に行き、遅いランチを頂きました。でもその時は買い物がメインでお食事は「サイデリア」で。
    その翌日、美容院に行き、夜友人とディナー。やっぱりファミレスで。
    30日にお出掛けのお誘いを受けていましたが、家族の反対にあいその断りの電話を入れたら、モーニングに誘われてイソイソ出かけていきました。

    ふと思い出してしまいました。
    「別れ話をするのに、なぜシャワーを浴びなくちゃいけないの。」と言う世間的なセリフ。

    途中でまた違う友人も呼び出して、近況報告をしあいました。

    「漣を抱くセシル」は、母や姉と妹そして姪と一緒に行きました。その後ランチ。もちろんお財布は母。 

     歯医者には続けて行っています。二本目が治りました。

     病気
    病気ではありませんが、筋を痛めました。30日はキャンセルしておいて良かったな。
    「頭痛肩こり樋口一葉」ってなんだっけ。本?お芝居の題名?
    この前、あちこちが痛い様な気がして思わず
    「腰痛肩こり肥満体」って口について出てしまった・・・・(汗)

     世の中の出来事
    なんたって選挙でしょう。
    揚げ足の取り合いはしばらく止めて、とにかく政治をやってくれ。
    崖ッぷち日本、何とかして下さいませ。

    もうあの女性とあの男性のお薬事件は、書く事もないね。

     8月恒例、お墓参りに行きました。いつも
    「あーあ、もう少し生きていたら良かったのになあ。」と事あるごとに思っていましたが、今生きていたらもうすぐ90歳近くになるのかと気がつきました。なんだか微妙な感覚。舅は優しい人でした。

     

     そんな一ヶ月でした。


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