(舞鶴城 山梨県甲府市 県指定史跡 2005年9月9日訪)
石和から、中央東線を下る。
甲府駅で乗り換えの合間、駅前の舞鶴城公園に向かった。
甲府城は元々、武田氏が居城した躑躅ヶ館跡を天正十年(1583)徳川氏臣平岩親吉が引き継ぎ、そこで政務が行われたが、翌年から徳川家康が南方に新たな城、甲府城を築かせ、初代城代として平岩親吉を置いた。
慶長八年(1603)の徳川義直を始めとして、忠長、綱重、綱豊が入ったが、各氏の合間には城代が置かれた。
宝永元年(1704)武蔵川越から柳沢吉保が入り、享保九年(1724)その子吉里のとき、大和郡山へ転封、天領となった。
現在は稲荷櫓が再現されているが、城下町の印象は薄く感じた。
それは、開城当時の絵図や古文書が殆ど残っていない状態にあり、印象付ける手段が乏しいのも要因であろうか。
この後は、下諏訪へ向かった。
(関連記事:積翠寺 要害山城 睦沢学校 武田氏館跡発掘調査 旧睦沢学校 平成二十六年)
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- Unknown (toplog)
- 2006-02-20 00:24:38
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