flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

八高北線

2014-10-16 00:00:00 | RODEN-哀愁のRailway-

 八高線は、中央線八王子駅と、高崎線高崎駅(路線は倉賀野まで)を結ぶローカル線である。内、川越線直通で電化されている八王子方向と分断されている非電化の高麗川~倉賀野間を便宜上、八高北線と呼ぶ。
      小川町駅 東武東上線8000系と30000系
     丹荘駅 上武鉄道跡
 秩父平野
 神流川
 上越新幹線
 鏑川・烏川合流点
   高崎駅

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屋久 小杉谷・仁王杉

2014-10-15 00:00:00 | ふるさとの木々

(鹿児島県熊毛郡屋久島町 屋久島国立公園 特別天然記念物)
 三代杉を過ぎると、安房川に注ぐ多くの沢を渡る。更に上がって行くと、標高860m,右側に仁王杉が現れる。かつてはその名の通り、道の両側に聳え立っていたが、平成12年、台風によって左側の吽の杉が倒れ、現在は阿の杉を残すのみとなっている。仁王杉を過ぎると、やがて軌道線の終点となり、起伏の激しい山道に差し掛かる。
                仁王杉 吽の杉跡
     九州最高峰宮之浦岳
      

(大株歩道 翁杉へ)

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東濃の大規模小売店舗跡

2014-10-14 00:00:00 | STRUCTURE-構造物残影-

(岐阜県多治見市・中津川市)
(写真上)ユニー中津川店は、中山道沿いの新町に、昭和45年(1970)西川屋(ユニーの前身の一つ)中津川店として、RC造5階地下1階の店舗を開店した。昭和61年(1986)に新館を増床したが、本館が老朽化したことや手狭になったことから、平成9年、駅前通り沿いに「アピタ」として移転した。

 
 ギャラリエアピタ多治見(ユニー多治見駅前店ギャラリエアピタ館)は、昭和60年(1985)ユニー多治見駅前店の分館として、隣接する旧アオヤマ(ながせショッピングセンター)のRC造5階、延床面積3,783m2の建物を利用して開館。然しながら、郊外型店舗の攻勢により次第に売場面積を減らし、平成16年に閉館した。(ユニー本館も翌々年閉店)

 
 ダイエー中津川店は、エコー中津川店として、昭和46年(1971)に開業。昭和52年(1977)RC造6階、地下1階、延床面積11,453m2の現ビル築造を機に商号がダイエー中津川店となった。(但しエコーによるFC経営) 平成5年、ダイエーに直営化されたが、平成10年、ダイエーは撤退。平成19年、中津川市が旧管理会社さかえビルディングから買収し、主に市の関係機関が入る「にぎわいプラザ」として利用された。

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屋久 小杉谷・三代杉

2014-10-13 00:00:00 | ふるさとの木々

(鹿児島県熊毛郡屋久島町 世界自然遺産 屋久島国立公園 特別天然記念物)
 安房森林軌道本線から分岐する小杉谷線に沿って歩を進める。安房川を渡るとすぐ小杉谷小中学校の跡があり、付近に集落の痕跡を見ることができる(最盛期133世帯、540人、昭和45年廃村)。そして更に上がって行くと、急速に原始林を呈するようになってくる。その中には、1500年前に倒れ、その上に新たな杉が宿り、350年前に伐採され、更にその上に宿った三代杉がある。
    小杉谷小中学校跡
          三代杉

仁王杉へ

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2014-10-12 00:00:00 | RODEN-哀愁のRailway-

(大阪府堺市 2004年10月2日)
 淡路島から戻り、商人のまちで宿をとった。
 

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屋久島山中へ

2014-10-11 00:00:00 | 漂い紀行

(鹿児島県熊毛郡屋久島町 世界自然遺産 屋久島国立公園 特別天然記念物)
 荒川登山口から安房森林軌道の枕木を踏みしめるように歩き進んでいく。90年前から敷かれている長い歴史の軌道ながら、それを悠に上回る光景が広がっている。夜明け前、辺りは一週間に十日降るといわれるように雨が降っていたが、次第に止んでモノトーンから朝焼けが広がり始めた。安房川に注ぐ幾つもの沢を鉄橋で渡り、軌道分岐点の小杉沢に向かって上がっていく。
        朝焼けが始まった
             

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斑鳩 岡本

2014-10-10 00:00:00 | 街道・宿場町

(奈良県生駒郡斑鳩町岡本)
 かつて聖徳太子の宮殿、岡本宮であった法起寺のある集落は、難波宮平城京を結んだ竜田越奈良街道沿いの地である。
  

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屋久島へ

2014-10-09 00:00:00 | 漂い紀行

(鹿児島県熊毛郡屋久島町)
 伊丹から空路で屋久島入りをする。思いの外飛行機も空港も空いており、船で上陸する者が多いのが分かる。屋久杉と漁業、主にトビウオで栄えた島は、今は観光に主力を置いている。屋久島の人びとはどちらかというと南国顔。イントネーションは九州と沖縄の中間といった感じである。世界自然遺産に登録されたこともあり、環境意識があるといえる。標高1900m,南国ながら冬は雪も戴き、夏は雨も多く、周囲は日本の島として面積9位、周囲130kmあって、島ながら水は豊富である。「山に行くときは空のペットボトル持っていけばいいよ」という言葉が印象的であった。
  74人乗りボンバルディアDHC-8-Q400
 屋久島空港
   特産 飛魚丼

(関連記事:屋久島山中へ 小杉谷三代杉 仁王杉 屋久大株翁杉 ウィルソン株 大王杉 夫婦杉 縄文杉へ 安房森林軌道 宮之浦

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毛呂山

2014-10-08 00:00:00 | 街道・宿場町

(もろやま 埼玉県入間郡毛呂山町)
 東武越生(おごせ)線東毛呂駅に降り立つ。「毛呂山」は昭和14年(1939)毛呂村と山根村が合併した際に誕生した地名であるが、その毛呂(もろ)は周辺にある越生、越辺(おっぺ)同様、大和地名ではないという説がある。鎌倉時代には鎌倉に至る街道が整備され、上道(かみつみち)と呼ばれた。
   

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中津川宿 平成二十六年

2014-10-07 00:00:00 | 街道・宿場町

(中山道四十五番 岐阜県中津川市)
 七年振りに中津川のまちを訪れた。
  商売繁盛の西宮神社
    

(関連記事:中津川宿平成十九年 落合宿 大井宿

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津名港

2014-10-06 00:00:00 | 海道・みなと

(兵庫県津名郡津名町志筑 2004年10月2日)
 りんくうタウン泉佐野港から南海淡路ラインで淡路島に渡る。かつては風待ち港として繁栄したが、今は訪れた時の光景のように斜陽を感じさせていた。


(関連記事:神戸の壁

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旧札幌電話交換局舎

2014-10-05 00:00:00 | STRUCTURE-構造物残影-

(愛知県犬山市明治村 旧所在地:札幌市中央区大通 重要文化財)
 明治31年(1898)に築造された、木骨石造2階の建物であり、石材は札幌軟石石切場の材料が使用されている。明治43年(1910)札幌中央郵便局に転用されるにあたって、延床面積263m2(現存面積) に増築されている。昭和40年(1965)明治村に移築されるにあたり、RC造化されている。

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御殿場

2014-10-04 00:00:00 | 街道・宿場町

(矢倉沢往還 静岡県御殿場市 2004年4月24日)
  平安時代、この地に伊勢神宮の荘園「御厨:みくりや」があったことから、御厨と呼ばれていたが、元和二年(1616)に没した徳川家康の遺体を久能山東照宮から日光東照宮へ移送する際、この地に仮の御殿を建てて、遺体を安置したところから「御殿場」という地名は生まれたとされる。
 

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関の孫六苑

2014-10-03 00:00:00 | 木のたてもの

(岐阜県関市池尻 2003年4月28日)
 この地には、長良川の風光明媚な立地を利用して開業した料理旅館(結婚式場・遊園地併設)の孫六苑があったが、平成2年に廃業してしまった。残されている建物には、大正11年(1922)織物業後藤恕作(じょさく)の長良川別荘として中国、秦の始皇帝の宮殿を模して造られたという阿房宮がある。昭和7年(1932)後藤毛織が倒産したため、別荘を市営長良川ホテルとして開業。進駐軍の接収を経て、同ホテルの別館として利用されていたが、昭和45年(1970)ホテルを近鉄に事業譲渡するのを機に、当地に移築、同苑の結婚式場となった。文化財指定レベルの建造物ながら、今は廃屋同然の有様となってしまっている。現役時代の昭和53年(1978)には、北側に離れ及び茶室も建てられた。廃業後、辺りは共同住宅や自然公園として再開発する計画があったが、その後は進展していないようである。 
  

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菩薩池

2014-10-02 00:00:00 | 水のほとり

(古池 奈良県生駒郡斑鳩町岡本)
 日本霊異記に次の伝説がある。岡本尼寺(法起寺)には観音像が十二体あった。然し、聖武天皇の時代に観音像六体が盗まれ、八方手を尽くして探したが見つからなかった。年月が経ち、子ども達が寺近くの池の中にある木枝の先に鷺がとまっているのを見て、小石を投げても逃げないので捕まえようと近づくと、そこに金色の観音像があった。盗まれた仏像は元通り寺に安置された。鷺は観音様が姿を変えたものだと信じられ、ますます観音様の信仰が篤くなったという。

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