我が家のベランダで育てているハイビスカスが次から次へと開花していたが毎日一輪ずつの開花だった。それが昨日は一度に7~8輪が一斉に開花した。これは珍しい!満開のハイビスカスを眺めながら、私は一昔前のことを想い出していた…。
昔のことを語るようになるのは歳をとった証拠とよく言われるが、私も例外ではないようだ。少し昔のことを語ってみたい。それは我が家のハイビスカスにまつわるアナザーストーリーである。
私は退職し、札幌へ居を移して第二の職場で一年を経過した2008年3月に妻と沖縄へ4泊5日の旅に出た。プランはレンターカー付きのフリープランだった。その旅で、私は沖縄本島の全26市町村全てを訪れることを自分に課した。(妻からは不評だったが…)さらに私は次の3条件を自分に課した。その3条件とは…、
① 市町村庁舎前で写真を撮ること。
② 当該市町村に関するパンフレットを1部以上入手すること。
③ パンフレット以外に当該市町村に関するsomethingを入手すること。
を自分に課したのである。
私はこの旅を単なる観光旅行に終わらせたくなかった。もちろん観光も重視するが、それより沖縄全体を巡ることで、できるだけ沖縄のことを知りたいと考えたのだ。3つの条件のうち①と②はそれほど難しくなかった。沖縄の自治体職員はおおむね親切で、パンレットの類を渡してくれるだけでなく、自市町村のことをあれこれと説明してくれる方も多く、私の沖縄理解を深めることを助けてくれた。
難しかったのは③の市町村のsomethingを入手することだった。土産物店で小物を購入したり、市町村を代表する木の葉を収集したり、と頭をひねりながらsomethingを捜し歩いた。最も苦労したのは「宜野湾市」を訪れた時だった。宜野湾市役所の界隈は官庁街だったこともあり商店は少なく、特産品のようなものも見当たらなかった。しかたなく入ったスーパーストアでスポーツ新聞を見つけた。新聞は「スポニチ」でした。「スポニチ」といえば全国紙ですが価格が50円だった。(当時全国的には130円でした)どうして安いかというとページ数が12頁と頁数の少ない沖縄版だったのだ。競馬欄などが省かれたからのようだった。他に当てのなかった私はその琉球新報社版の【新報スポニチ】を宜野湾市の記念の品とすることにした。
そうした旅を続ける中で「豊見城市」を訪れた。豊見城市の土産物店で目にしたのがハイビスカスの小枝だった。それは20cm程度の一本の棒状のものだった。それを土に埋めておくとやがて芽がでるというのだ。「これは面白い!」と思い購入した。
帰宅して早速、鉢植えしたところ翌年には芽を出した。そしてどれくらい経過しただろうか?無事に花も付けてくれた。しかし、それはそれほど多くの花を付けてはくれない。以降、ハイビスカスの木は枯れはしないものの花を付けることは稀だった。それを今春、妻が友人のアドバイスを受け、鉢の土を入れ替え、定時的に液肥を投入したところ7月に入ったころから日替わりのように花が次々と咲きはじめた。(ハイビスカスの花の命は一日限りのようだ)一輪ずつしか花を付けなかったハイビスカスが昨日一斉に6~7輪花を付けたのだ。小枝を購入後14年目の到達点だった。
※ 久しぶりに目にした「Recollection」と名付けた2冊のファイルノートです。
物語はまだ続く。私はその沖縄の旅で収集したパンフレットやsomethingをファイルノートにまとめて保存した。「Recollection」と名付けて…。そのファイルノートはパンパンに膨れて2冊にもなった。そのファイルノートを本棚の奥から取り出し、懐かしさに駆られて繰ってみた。そして「豊見城市」の項を開いたときに、なんと!当時購入したハイビスカスの小枝が1本出てきたのだ!購入したのは小枝が2本1セットだったようである。驚いた私は妻に「こちらも育ててみよう!」と提案した。果たして14年も放っておかれた小枝から発芽するのだろうか?興味津々に育ててみたいと思う。
※ 豊見城市のsomethingとしたハイビスカスの小枝です。長さは20cm程度のものです。はたして発芽するか?