田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

えっ!?札響じゃないの? キタラ防災訓練コンサート 

2025-01-31 17:02:55 | ステージ & エンターテイメント
 えっ!?札響じゃないの? 演奏したのはある意味で避難訓練コンサートに相応しい札幌市消防音楽隊だったのです!消防音楽隊のポップで軽やかな演奏はそれはそれで楽しめたのですが…。

       

  “うつけ” を自認する私ですが、今回は典型的な“うつけ”ぶりを露呈してしてしまいました(涙)。
 某日、知人から「Kitaraの防災訓練コンサート」の無料チケットを譲ってもらい、「札響のコンサートを無料で聴けるとはラッキー!」と思い喜んで、昨日(1月30日)札幌コンサートホールKitaraに向かいました。
 入場する際にチケットを見てみると、そこには小さく[吹奏楽/札幌市消防音楽隊]と記してあるではありませんか! ガーン、気付くのがあまりにも遅すぎました。私は消防音楽隊の演奏を聴き、避難訓練に参加することにしました。

 吹奏楽団としてはけっして多人数ではない、私が数えたところ25名くらいの吹奏楽団でしたが、耳馴染みのある曲を軽やかに演奏し、楽しませてくれました。
 演奏された曲目を列挙すると…、
 ◇peppe & 穴見真吾/Mela!
 ◇久石譲/人生のメリーゴーランド
 ◇いけたけし 他/DRAGON BOOL medley
 ◇大野克夫/名探偵コナン メインテーマ
 ◇井上大輔/め組のひと
 ◇服部良一/東京ブギウギ
 ◇葉加瀬太郎/情熱大陸コレクション
〔アンコール曲〕 ◇中川博之/好きですサッポロ

 コンサートでは、三曲目が終わったところで場内にサイレンが響き渡り、避難訓練が実施されました。訓練では「サイレンは鳴っても指示があるまで席を離れないように」とアナウンスがあり、やがて誘導員の指示に従い、凡そのグループがつくられ誘導員に引率されるように避難しました。
 避難した場所はキタラのホワイエだったのですが、全体の避難が無事に終了した時点から、しばらくの間、何の指示も出されなかったところにやや準備不足を感じました。

 

 コンサートの方ですが、避難訓練を終えた後、4曲目から再開されました。再開される時点で、消防音楽隊と日ごろから交流があるという大谷大学音楽科の学生が9名ほど加わって演奏が再開されました。
 9名が加わったことによって、やはり音に厚みが増し、より聴き応えのある音として私の耳には伝わってきました。
 特に私は「め組のひと」の演奏がよりよく伝わってきた感じがしました。

 消防音楽隊の演奏を私はこれまで何度か聴いたことがあるのですが、私は指揮の菅原克弘さんの指揮ぶりがとても気に入っています。
 菅原さんの指揮は、動きは小さく派手ではないのですが、消防音楽隊の軽やかな音を体現するかのように体全体でリズムを取り、時折り掲げる左手の動きのタイミングの良さに魅かれるところがあります。

 菅原さんの指揮と共に、これからも軽やかで楽しい音楽を札幌市民に届けてほしいと願っています。 



映画 型破りな教室 №388 

2025-01-30 20:13:31 | 映画観賞・感想
 それは文字どおり、型破りな授業を行う一人の教師が国内最底辺の教室の子どもたちを全国トップクラスに食い込ませるほど向上させたという実話を映画化したものだそうです。教師と子どもたちが織り成す教室の日々は、美しくも感動的な物語でした。

      

 最近、ちょっと映画づいている私です。
 昨日(1月23日)お昼、シアターキノで公開されているメキシコ映画「型破りな教室」を観賞しました。平日お昼にもかかわらず、結構な人がこの映画に足を運んでいることに内心驚いていました。

 映画は、アメリカとの国境近くあるメキシコ・マタモロスの小学校。子どもたちは麻薬や殺人といった犯罪と隣り合わせの環境で育ち、教育設備は不足し、教員は意欲のない人ばかりで、学力は国内最底辺でした。そこに中学校教師だったファレス先生(エウヘニオ・デルベス)が中学校教育に幻滅して赴任します。

   
   ※ 子どもたちと楽しく談笑しながら探究的な授業を展開するファレス先生です。

 ファレス先生は赴任早々からユニークで型破りな授業を展開し始めます。
 最初の授業でファレスは子どもたちに「これは救命ボート。どれも乗れる人数は同じ。乗れない人は溺れる。ボートは6つ、君たちはどうする」と23人の子どもたちに問いかけます。
 驚き、戸惑いながらも子どもたちは考え始めます。ひとつの発見が新たな疑問を生みます。疑問を解決しようとしても学校のパソコンは動かない。そこでファレスは子どもを引き連れて図書室に向かう。
 こうして子どもたちはファレスのユニークで型破りな授業を通して探究する喜びを知り、それぞれの興味や才能を開花させていくのです。

 映画は特に3人の子どもに焦点を当てて展開します。その3人とは…、
 ゴミ拾いで生計を立てている父と暮らすパロマ(女の子)
 弟・妹と手を繋いで登校するルペ
 麻薬のカルテに生まれたニコ

 それぞれがハッピーエンドに終わるわけではないのですが、3人はファレスに出会ったことで、それぞれの才能に気付きます。しかし、ニコは悲劇的な最期を遂げるし、ルぺはやがて母が生む乳児を育てるために学校を休まねばならなくなります。パロマも学業の道を諦めかけていたところ、父親が彼女の才能に気付き、学業を継続させる決心をします。

 ファレスとの一年を終える時、全国学力テストが実施されます。ファレスのクラスの成績は飛躍的に向上し、うち10人は全国上位0.1%のトップクラスに食い込むという快挙を達成したのです。もちろんその10人の中に、パロマもルぺも入っていました。

   
 ※ ファレスや変わっていく子どもたちに影響され、ファレスを応援するチュチョ校長。

 この快挙はメキシコ中を沸かせたようです。それが映画化に繋がったということのようです。
 映画では主演のエウヘニオ・デルベスの熱血ぶりがとても印象的でしたが、マタモロスの小学校の超肥満体のチュチョ校長役のダニエル・ハダッドがいい味を出していました。

 映画のレビュー欄では、日本の教育と対比させて、定番のように日本の教育を批判的に見るレビューも少なからずありましたが、現在の日本の教育も以前とは違い、課題探究的な指導も導入されてきています。
 今回のように 「型破りな教室」のような教育が紹介されることにより、現状の改善に向かう一助となるような気がしています。

 最近、シアターキノの上映作品の選定眼の良さに気付いた私です。近いうちにさらに一本観賞予定です。



映画 決断 運命を変えた3.11 母子避難 №387 

2025-01-29 19:17:53 | 映画観賞・感想
 福島原発事故は私たちの中で、どこかに忘れ去られたような感覚となっていたが、被災された方々にとっては今なお過酷な環境におかれ、傷ついた心身はやがて15年が経とうとしている今でも、その環境や傷ついた心身は癒されることなく続いていることを知らされた思いでした。

        

 昨日(1月21日)午後、札幌エルプラザにおいて「エルプラシネマ」が開催され、今回取り上げられた映画がドキュメンタリー「決断 運命を変えた3.11 母子避難」でした。
 「エルプラシネマ」とは、札幌市市民活動サポートセンターと札幌エルプラザ情報センターの連携事業で、時々の上質の映画を提供してくれる事業で、私も時折り参加している映画上映会です。
 今回の映画会では、出演者の一人であり東川町に避難し、現在は札幌市在住の鈴木哉美さんがアフタートークで登場し、避難先でさまざまな市民活動に関わったことから、「市民活動」について考える場でもありました。

 映画は、2011年3月11日に発災した東日本大震災に伴う福島原発事故によって避難を余儀なくされた40家族のそれぞれの避難せざるを得なかった当時の事情を取材し、12年後の現在の様子も伝える構成だった。そしてその40家族の中から、映画で取り上げることに承諾をいただいた10組の家族を取り上げたドキュメンタリーでした。

           
  ※ 鈴木哉美さんが東川町議選に出馬した際に街頭演説をしている様子だと思われます。

 その最初に登場したのが鈴木哉美さんの家族です。
 鈴木さんは東京で結婚し、システム危機管理の仕事をしていたが、夫のUターンに同行し福島県郡山市で専門学校の講師などをしながら17年間暮らしていて東日本大震災・福島県原発事故に遭ったそうです。鈴木さんは子どものことを第一に考え、夫を郡山市に残し、東川町に母子避難しました。
 鈴木さんは大変積極的な方で、東川町において「カタルワ~3.11から学ぶ会」を起ち上げ市民活動を進める傍ら、東川町の図書館づくりなどに関わり、2019年には東川町議会議員に当選して活動していました。しかし、子どもの関係もあり一期で退任し、札幌に住居を移して現代に至っていますが、札幌でもさまざまな活動に関わられているといった内容でした。

    
    ※ 福島から全国各地に避難した方々を網羅した写真です。

 その他の9組の方々ですが、私のメモによると、江別市、沖縄・那覇市、大阪市、山形市、新潟市、京都市(3組)と全国至るところに避難されています。それぞれが、それぞれの事情で選択された結果だと思われます。
 中には、鈴木さん同様に避難した先で市民運動に関わったことにより市議会議員になった方、県会議員に挑戦したが実現できなかった方、原発事故による避難民救済のための裁判活動に取り組む方、等々、それぞれが避難先でも懸命に生きている姿が印象的でした。
 ただ、避難するかどうかを決断する中で、夫との意見の違いから離婚を選択しなければならなかった方もいらっしゃいました。彼女の言葉が泣けました。「磐城を愛する心は負けません」と…。

 平和な家庭生活が一瞬にして壊され、原発事故が引き起こす放射能に恐れ、どこからの助けもないまま、最後は自分の身を自分で守るために、あるいは愛する家族を守るために「決断」しなければならなかった苦悩を映画は映し出していました。そしてその苦悩は今なお被災者の方々を苦しめている実態を知ることができました。
 リード文でも触れましたが、私たちは時間の経過とともに、マスコミが取り上げることも少なくなったこともあり、いつか私たちの意識の中から福島原発事故のことを忘れ去っていたところがありました。
 3日前の拙ブログでも触れたフォトジャーナリストの安田菜津紀さんが強調された「弱者への眼差し」を忘れてはならないことを痛感させられた映画でした。

 なお、「市民活動」について言及するには字数が多くなりそうなので、このことについて日を改めていつか考えてみたいと思います。



えっ!?マチュピチュ体験者が二人も! 「DVDフォーラム」

2025-01-28 20:05:18 | 「めだかの学校」関連
 私たちのシニアの生涯学習G「めだかの学校」の会員の中にペルーの世界遺産として超有名な「マチュピチュ」を訪れた体験のある方が二人もいるとは!?驚きながらも盛り上がったDVDフォーラムとなりました。


 昨日(1月27日)午後は、私たち「めだかの学校」の今年2回目の学習会でした。
 今回はDVDフォーラムとして会員が保有するNHKが制作した「探検ロマン世界遺産」の中の「マチュピチュ」と「アンコールワット」の巻を視聴し、全員で感想を交流しました。

  
 
 最初に「インカ帝国 驚異の空中都市~ペルー・マチュピチュ」を視聴しました。諸兄もご存じのとおり、マチュピチュはアンデス山脈の山中、標高2400mの断崖絶壁に忽然と現われる、まるで空中に浮かんでいるような集落跡です。
 マチュピチュは1440年頃に建設が着手され、1533年にスペインによって征服されるまで約80年間、人々の生活が続いてたと言われていて、意外に短命だったようだ。
 石造りの住宅群(約200戸の住宅があった)と、切り立った斜面に造られた段々畑が観る者を慄然とさせる様は圧巻です。住んでいた人は750人程度とみられているようです。
 映像では、マチュピチュの頂上に太陽の神殿をおき、夏至と冬至が正確に分かる窓などが取り付けられ、太陽を使った暦も作成していたと言われています。
 また段々畑では主にトウモロコシが栽培されており、それを発酵させてチチャという酒の一種を作っていたそうです。このお酒は現在もペルー人に愛飲されていると DVDは伝えていました。

 さて、ペルーの世界遺産で最も早く(1983年)世界遺産に登録された「マチュピチュ」にこの日の学習に参加した13人の中から二人も訪れた体験者がいたと聞いて驚きました。二人は期せずして同じような思い出を語ってくれました。それはマチュピチュが位置する高さは標高2400m程度ですが、マチュピチュを目ざすための根拠地となるところがクスコという都市なのですが、このクスコの位置がなんと標高3,400mの高地なのだそうです。二人共に高山病のような病に悩まされたと語っていました。

 なお、「マチュピチュ」は現在世界遺産は膨張し1,199件が登録されていますが、文化遺産と自然遺産の両方の価値が認められた複合遺産はわずか39件しかないそうですが、、「マチュピチュ」はその一つだということです。

     

 続いて視聴したのは「密林の巨大都市~カンボジア・アンコール遺跡群」と題されたDVDを視聴しました。こちらはカンボジアの国旗にもデザインされているようにカンボジアにとっては世界に誇れる世界遺産ということなのでしょう。
 アンコール遺跡群とは、9世紀ころからクメール王朝によって数々の王が石造建築を競って建造したものを総称する名称ですが、その遺跡群を代表するのが最も壮大な「アンコールワット」なのです。DVDも大半をアンコールワットに費やしていました。

 アンコールワットは12世紀前半に当時の王が王宮の隣に新しいヒンドゥー教寺院を建設したのが現在のアンコールワットの始まりだそうです。
 しかし、国内事情は複雑を極め、途中では仏教寺院として改められるなど、幾多の変遷をしてきているようで、壁に彫られた像の一部が破壊されたりした跡も散見されました。
 さらには建物が朽ち果てることで忘れ去られたり、近代になって政争が激しくなり、保存が困難となるなど幾多の変遷を経過しながら今日を迎えたようです。
 現在は政情も一段落し、日本を始め各国の支援を受けて保存事業が展開されているとDVDは伝えてくれました。
 
 視聴後の感想交流では、古来の石材の積み方に工夫が見られたこと、また石材を遠くから筏で運搬する際に石材を水中に没しながら運搬することで石の浮力を利用していたことなどに関心を寄せる感想が多かったようです。

 マチュピチュも、アンコール遺跡群も、どちらも石材を運び、積み上げるには機械力もなかった時代に人々は知恵を絞り、私たちには想像もつかない方法を考案しながら、後世に残す素晴らしい建造物を構築していたことに改めて人類の素晴らしさを見る思いでDVDを見入っていました。  



繊細な音を堪能! マンドリン四重奏演奏会

2025-01-27 19:16:24 | ステージ & エンターテイメント
 集団によるマンドリンの音にも良さはありますが、やはりあのマンドリンの繊細な音を楽しむには少人数の演奏がより相応しく思います。高校生を含む11組の様々な組み合わせの音を堪能した2時間でした。

      

 昨日(1月26日)午後、かでるアスビックホールにおいてマンドリン連盟北海道支部が主催する「マンドリン四重奏演奏会」が上演され参加しました。私はこの演奏会を毎年楽しみにしています。

 今回の演奏会に出演したのは次の11組でした。
【第1部】
 ◆札幌月寒高校マンドリン部〔オドントグロッサム〕(6人による小合奏)
 ◆札幌月寒高校マンドリン部〔ティラミス〕(7人による小合奏)
 ◆デュオ内風呂(二重奏)
 ◆DUO KAWA NAGI(二重奏)
 ◆Duo887(二重奏)
 ◆Duo Mercredi(二重奏)
【第2部】
 ◆マンドリンアンサンブル「セレステ」(十一重奏)
 ◆札幌月寒高校マンドリン部〔スプレンドーレ〕(6人による小合奏)
 ◆札幌月寒高校マンドリン部〔ソニー・ドーロ〕(7人による小合奏)
 ◆札幌マンドリン倶楽部(四重奏)
 ◆Sound-Hole(四重奏)

 毎年触れていることですが、紹介したように演奏形態は様々なのに「なぜ四重奏演奏会なのか?」という疑問です。
 ネットで調べたところ、次のように出ていました。
  「日本のマンドリンアンサンブルの場合はラウンド(ボール)バック型クラシックマンドリンを採用した第一マンドリン、第二マンドリン、マンドラ(マンドラ・テノーレ)、ギターの4部編成(ギターの代わりに最近はマンドリンチェロが使用される場合もあります。私註)が主であり、ヨーロッパの「古典四重奏」がベースになっている」とありました。
 つまりマンドリンアンサンブルの場合は、第一マンドリン、第二マンドリン、マンドラ、ギターの組み合わせが基本であることから演奏会名としたということのようで、出演される方々にはその数にこだわらないということのようです。

    
※ 写真は右からマンドリン1、マンドリン2、マンドラ、マンドリンチェロの順です。

 出演者の中で、やはり目立つのは札幌月寒高校マンドリン部の存在です。マンドリンを部活として活動しているのは道内で唯一の学校と聞いています。おそらくマンドリンを手にしてまだ1~2年しか経っていないのではと推測されるのですが、女子生徒を中心とした生徒たちが真剣にマンドリンに取り組んでいる姿が素晴らしいと思います。もちろん演奏の方も若さいっぱいの演奏を披露してくれました。
     
※ 残念ながら演奏会の写真撮影はNGでした。雰囲気を感じていただくために、2020年当時は撮影できましたので、その際の写真を再掲します。写真は札幌月寒高校の演奏の様子です。

 演奏を聴いていて、二重奏や四重奏で演奏する方々はヴェテランが多く、安定した音を披露してくれていたように私には聴こえました。
 また、最大の十一重奏を披露してくれた「セレステ」の皆さんはヴェテラン揃いで、きっと定期的に集って演奏を楽しんでいるグループではと思われました。

 配布されたプログラムに書かれていた次の言葉が少人数でマンドリンを演奏する良さを伝えてくれました。曰く「他に頼らないで曲をまとめていくことで、各人のレベルアップ、演奏技術の向上が見込まれる」そして「1パートを一人で演奏することによる高揚感・緊張感・演奏終了時の安堵感」を奏者も聴く側も感ずることができると…。
 マンドリンの集団での演奏も捨て難いですが、少人数の演奏で繊細なマンドリンの音を楽しむのも一興があると私は思っています。

安田菜津紀 弱者に注ぐ眼差し

2025-01-26 20:19:11 | 講演・講義・フォーラム等
 フォトジャーナリストの安田菜津紀氏は、徹底してその眼差しを弱者に向け続ける人である。今、彼女の眼はパレスチナのガザ地区の住民に向けられています。ガザへの軍事侵攻で傷つくガザの人たちのことを淡々と話す安田さんのお話に耳を傾けました。

     

 昨日(1月25日)午後、新装なった北海道新聞本社に設けられた「道新DO-BOX EAST」において、札幌学院大学主催の学術講演会が参加しました。
 講演はフォトジャーナリストして活躍中の安田菜津紀さんを招聘し、「共に生きるとは何か ~難民の声、家族の歴史から考えた多様性~」と題する講演を拝聴しました。
 
 「道新DO-BOX EAST」には初めて入りましたが、以前の旧社屋に設けられていた「道新DO-BOX」と比べると、広さが倍近くとなり、横に広がった室内にはスクリーンが3枚掲げられていて、講演などにおいて受講者が内容を把握しやすくなるよう配慮がなされたようです。

 安田さんは講演の冒頭に、フォトジャーナリストらしく一枚の写真を提示しました。(下のような写真です)その写真はガザ地区の海岸、地中海に浮かぶ一艘の船に乗ったパレスチナ人の姿です。
 安田さんは言います。「この船に乗った人たちは遠くまで行くことができません。イスラエルが壁を作っているため、ガザの人たちは遠くへ出かけて漁をすることもできないのです」と…。
 つまりガザ地区の人たちは海からも隔離され、陸上にも頑強な壁が立ちはだかる中で、東京都の約6割の面積の中に約222万人の人たちが押し込められて生活しているというのです。

    

 安田さんはそのガザ地区に入り、ガザで暮らす人たちと交流を図り、彼らの困窮した生活ぶりをレポートします。
 また、以前にはシリアを訪れ、アサド政権が支配していた時代に反政府側であるために大変な生活を強いられた人々とも交流を持ったということです。

 ただ、安田さんの口からは、イスラエルのことも、アサド政権への批判も一切聞かれませんでした。彼女の眼差しはただ、ただ紛争地域で困窮する人々の姿に向けられているのです。
 だから彼女の眼は、紛争から逃れて日本まで逃げのびてきた人たちにも向けられます。2021年に日本で難民認定された数はわずか74人だそうです。一方、カナダは実に33,801人だというのです。この差を彼女は嘆きます。

 彼女が世の中の弱者に眼差しを注ぐようになったのは、彼女のルーツも関わっているのかもしれません。彼女が高校生の時に、パスポートを作ることになって戸籍謄本を取り寄せた際に、父親が在日二世だったことを知ったそうです。
 そのことで、彼女はきっと人種差別的な辛いこともたくさん体験したのではないかと想像されます。しかし、彼女はそのことについては一切口にしませんでした。
 代わりに関西にある韓国籍のお祖母さんたち(オモニ)が集う「ふれあい館」を取材した様子を話され、「身近な差別は大きな暴力である」と最後に訴えました。

    

 再三記してきましたが、安田さんはけっして政治的な発言はされませんでした。彼女はただただ、世界の中には紛争などによって犠牲となっている市民がいかに多いか、差別によって傷ついている人たちいかに多いかを訴えているのだと思います。
 その言説は時には煙たく思われ、反論されるようなこともあると思われますが、彼女はそうしたことを柔らかく受け止め、笑って「悲惨な思いをしている人たちを救いましょうよ」と呼びかけるのではないでしょうか?

 会場には札幌学院大学の学生たちもたくさん聴講していたようです。彼らは安田さんの言葉をどのように受け止めたのか気になるところです。 
 安田さんが最後に発した「身近な差別は大きな暴力である」という言葉を重く受け止めたいと思います。

日本の農業が危ない!? 

2025-01-25 20:30:13 | 講演・講義・フォーラム等
 えっ!? もし国際的な物流が停まると、日本は餓死者が続出するって?農業経済学の権威と目される東京大学の鈴木宣弘名誉教授は、日本の食糧安全保障が崩壊の寸前にあると警告を発します。

    

 一昨日(1月23日)午後、北農健保会館において(一社)北海道再生可能エネルギー振興機構などが主催する「食とバイオガスセミナー」に参加しました。
 セミナーは基調講演、2本の講演、そして事例発表と盛りだくさんの内容でした。

 その内容は…、
 ◆基調講演 「農業を守る!今、危ない食の安全」~地域循環の仕組みづくり~
      東京大学大学院 農学生命科学研究科 特任教授 鈴木 宣弘 氏

 ◆講  演 「バイオガスが守る食と環境」
     (一社)北海道再生可能エネルギー振興機構理事 菊池 貞雄 氏
 ◆事例発表 「バイオガスプラントから有機肥料を利用した有機農業の取り組み」
     オーガニックファームZERO(宮崎県新富町)代表 宮本恒一郎 氏
 ◆講  演 「食の安全を守る消費者の選択」
        生活クラブ生活協同組合北海道 理事長 片桐 葉子 氏
 それぞれがとても興味深い内容で、その全てをレポしたいところですが、私には荷が勝ちすぎます。そこで本稿では最も刺激的だった基調講演に絞ってレポすることにします。

    
    ※ 講演をする鈴木宣弘氏です。

 鈴木氏は講演の冒頭で「現在、日本の食糧安全保障は崩壊の危機に瀕している」、「その背景にはアメリカが大きく関わっている」といきなり話されました。
 それからの鈴木氏のお話は立て板に水のごとく、氏の理論を次々と述べられ、私のメモはとても追いつかない状況でした。
 鈴木氏については、私が定期購読している月刊「文藝春秋」でも特集で取り上げられたことがあり多少は知っているつもりでしたが、今回のお話はその主張をさらに過激にしたような内容でした。

 鈴木氏がなぜ食料安全保障が危機に瀕していると主張されるかというと、現在日本の食糧自給率は37.6%と言われているが、実際には日本の農家が使う種や肥料においても外国産に頼っている分野があるため、それらを換算すると自給率は9.2%まで下がってしまうということなのです。
 とすると、もし仮に物流が止まってしまうと、日本はとたんに食料不足に陥り、餓死者の数が世界で一番多くなるだろう、警告を発したのでした。

 また、食料安全保障が危機に瀕している背景にはアメリカが関与している、という点については、例えば戦後の占領政策の中で、自国(アメリカ)の小麦農家を支援するために、給食にパン食を導入した例のように、自国の農産物や肥料を日本に次々と購入させて、日本の農業の衰退を招いているとした。

 そのアメリカの押し付けに対して、日本政府は唯々諾々と従い、日本の農業の衰退化を推し進め、工業化の道をひた走ってきたと指摘しました。そうした日本の現状を鈴木氏は「今だけ、金だけ、自分だけ」と日本の現状を皮肉りました。

 この他にも多くの日本の現状について追及されたのですが、とても私の手では再現することはできませんが、全編我が国の農業政策を批判することに終始した内容でした。
 鈴木氏は、国産オーガニックを推進する立場の方で、輸入農産物の農薬や食品添加物、輸入牛肉のホルモン剤、昆虫食などのフードテックの危険性を訴えている方なのですが、それでは鈴木氏は日本の農業をどのような姿にしたいかというと、「オーガニック農業を推進し、危険な輸入農産物を禁輸して、国内で農産物(食料)を循環させるべきだ」と主張するのです。そうすることで日本の農業の再興も図れるという主張です。

    
 ※ こうした資料が次から次へと大変な速さで映し出されるのですからとてもメモすることはできませんでした。

 あまりにも日本の農業についての批判が厳しいものですから、帰宅してから調べてみると、主張が過激(?)なだけに、反対論も根強いようです。曰く「根拠が希薄である」、「データの読み方に誤りがある」等々…。

 農業については(農業ばかりではないが…)門外漢の私だが、最近のことでいえば酪農家の危機が言われ始めて久しい気がします。酪農家が搾乳した生乳を捨てているところがテレビに映し出されました。牛乳が余っているというのです。
 このことについても鈴木氏は言及していました。国内産の牛乳が余っているというが、実は国内で消費する牛乳関連商品の約4割が外国から輸入しているという実状だというのです。

 食料に関する問題は私たちの生活に直結する問題です。この類の問題に対して、もっと日常から注意深く関心を持たねばならないということを痛感した私でした。

筝曲を聴く 市役所ロビーコンサート

2025-01-24 18:42:02 | ステージ & エンターテイメント
  道内の生田流筝曲の奏者として自他ともに認める(?)河原雅楽真悠(かわはら うたまゆう)さんの演奏を聴いた。間近で演奏を聴くことができたために、細やかな技巧のあれこれを十分に堪能することができたロビーコンサートでした。

       

 本日正午(正確には午後0時25分から)、札幌市役所ロビーで筝曲奏者の河原雅楽真悠さんの演奏をくことができました。
 河原さんのプロフィールを拝見すると、東京藝術大学で邦楽を専攻された経歴を有する本格的な演奏家です。

 私は本日演奏開演の40分ほど前に市役所に着いたのですが、用意された約60席の半分はすでに埋まっていました。ところが最前列に一つだけ空席があり、私は幸運にもその席を確保することができ、最前列に演奏を聴くことができました。

   

 演奏時間はわずか30分間ということで、演奏された曲は次の2曲のみでした。
  ◆沢井忠夫/火垂るⅡ~筝独奏のために
  ◆宮城道雄/数え歌変奏曲

 間近で演奏を聴くことにより、いろいろと発見がありました。
 まず、奏者は右手の親指、人差し指、中指の3本の指にだけ演奏用の爪を装着していました。この爪が生田流では四角い形状をしていて、その角の部分で演奏します。(もう一つの流派である山田流は爪の先端が丸く尖るようになっているそうです)
 演奏の際は主として、その3本で弦を弾くことが多いのですが、爪を装着していない指、また反対の左手でも弾く場合がありました。
 さらに、左手は柱(じ)の反対側の弦を強く抑えることによって音程を変えるはたらきもしていました。
 そしてそして、演奏中に柱(じ)の位置をずらして音程を変えるようなことも行っていました。
 その他、弦の弾き方にもいろいろと違いがあり、素人には分かりかねる技巧がたくさん隠されているように思われました。

   

 その技巧のあれこれを十分に見せてくれたのが一曲目の「火垂るⅡ~筝独奏のために」でした。そして曲間に河原さんの解説がありました。その中で筝の世界では偉大な功績を遺された宮城道雄についてお話されました。宮城道雄は現代筝曲の世界において、さまざまな改革を行い、今なお筝曲の世界では絶大な影響力を誇っている方だと話されていました。
 その宮城道雄が作曲した「数え歌変奏曲」は、私のような素人でもどこかで聴き憶えのあるメロディーが挿入されていたために、筝の良さを感じながら聴くことができました。

 わずか30分間の演奏でしたが、間近で演奏を拝見できたことも手伝い、私にとってはとても意味のある30分間でした。

※ 本コンサートでは写真撮影が許可されたこともあり、演奏中の河原雅楽真悠さんを写すことができました。



対談 桜木紫乃 自らを振り返る

2025-01-23 12:14:13 | 講演・講義・フォーラム等
  直木賞作家で、江別市在住の桜木紫乃氏は、気さくな方だった。対談相手で友人の北大教授の岡田美弥子氏と、二人の交友や家族のことを隠し立てすることなくフランクに、そして気さくに語ってくれた。

 昨夜(1月23日)、連続受講している「労文協リレー講座」の第4回講座が開講され、受講しました。
 今回は、直木賞作家の桜木紫乃氏と、友人である北大教授の岡田美弥子氏「いつ学び、いつ活かすか」と題して、お二人の対談の形で講座は進められました。

   

 ここではまず対談相手である岡田氏のことを少し紹介せねばなりません。岡田氏は北九州市生まれで、60歳。北大に赴任して24年が経過し、専門は経営学ということです。
 その岡田氏と桜木氏はまったくの畑違いを生きてきた二人なのに、なぜ友人であるのか、というところから説明せねばなりません。
 
 お二人を結び付けたのは、5年前に二人が共に北海道文化放送(HTB)の番組審議会の委員となったことがキッカケだそうです。(今では二人は岡田さんが委員長、桜木さんが副委員長を務めているとのこと)
 そこで出会い、話をしたことで二人の波長が合ったことが始まりとのことです。そして二人はお酒も好きなようで、その頃から急速に二人の距離は縮まり旅行にも一緒に行くなど、いまでは何でも語り合える仲となっているとのことです。

 岡田氏は云います。「小説家と知り合うと自分が丸裸にされてしまう」と…。それは、桜木さんの作品の中にいつの間にか岡田さんが登場することが何度もあったということなのです。最近の作品ではついに「みやこ」という名前まで登場したそうです。もっともそれは、お二人の関係を知っている人以外には分からないものではあるのですが…。

 私は桜木氏の作品は直木賞受賞作の「ホテルローヤル」以外は読んだことがないが、彼女の作品の中には彼女の父親タケミツさんや母親がしばしば登場するようです。その父親を桜木さんは作品の中で「嫌な父親」として描くことが多いというが、昨夜の桜木さんは「父親を今も好きではないが、父親は人間の良いところも、悪いところも見せてくれた」と言います。そしてそのことを作品に反映できたと…。

 昨夜の対談は、主として桜木さんの作品を生み出す背景について語り合うことが主でしたが、桜木さんは身近な父母のこと然り、岡田さんとの交友のこと然り、人との出会いや交流から作品のヒントを得ていると言います。だから番組審議員会で出会う異業種の審議委員さんとの交流もとても興味深いと…。

 桜木さんがお付き合いする方は不思議と北海道、九州、大阪の人が多いそうだ。その三地域に住む人たちの特徴は、「人間が好きで、人間に興味がある」人が多く、「恰好付けない人」が多いのではないかと岡田氏は分析した。

 そして最後にテーマに関わって「学ぶ」とは、人との出会いから学び、「活かす」とは、その出会いで学んだことを仕事や自分の生き方に活かすということではないかと岡田氏はまとめられた。また「活かす」ためにはアンテナを高く張っておく、どうしたら良いのか悩むことも大切だと…。

 お二人の仲の良さを示すように時間を過ぎてもなお語り合うお二人に理想の友人像を見たようにも思われ、心楽しいひと時を過ごすことのできた一夜でした。



リーチ マイケル 札幌に帰郷

2025-01-22 13:17:08 | イベント
  ラグビー日本代表キャップテンを務めたあのリーチマイケル選手が札幌にやってきた!札幌山の手高校出身のマイケル選手にとっては故郷ともいえる札幌にやってきて、ファンと交流する様子に立ち会うことができました!



 一昨日(1月20日)夕刻、サッポロファクトリーアトリウム「東芝ブレイブルーパス東京」に所属し、やはりキャプテンを務めているリーチマイケル選手がファンと交流するというので、私も駆け付けてみました。
 交流会は「北海道ラグビーの日 リーチマイケルファン交流会」と銘打って行われました。

 開始時刻の18時きっかり、あの濃い髭面が特徴で、がっしりとした体格のマイケル選手が登場すると会場は一気にボルテージが上がりました。
 ステージ上にはマイケル選手と元明治大学ラグビー部監督で、北海道ラグビー協会の理事(?)を務める丹羽政彦さんと、女性のインタビュアーが登壇しました。

     
   ※ ファン交流会には約300人のファンが駆け付けて大盛り上がりでした。

 私はマイケル選手の言葉を記録しようと、スマホを片手に記録し続けました。
 インタビューにおける主なやり取りを再現してみます。(問 ⇒ 答えの順です)
 ◆ 「札幌に帰ってきて食べたいものは?」⇒「スープカレー」
 ◆「ラグビー選手何が大事か?」 ⇒ 「コンタクトスポーツなのでメンタルが強いこと」
 ◆「現在、最も大切にしていることは?」 ⇒ 「ディフェンスで貢献したい。(マイケル選手のポジションは№8です)
 ◆「主将として心がけていることは?」 ⇒ 「一試合、一試合を大切にしたい」
 ◆「期待をかけている選手は?」 ⇒ 「札幌山の手高校の後輩の伊藤鐘平選手」
 ◆「№8はどんなポジション?」 ⇒ 「オールラウンダーであることを要求される」
 ◆「コンディションの悪い時は?」 ⇒ 「自分で自分に気合を入れる」
 そしてマイケル選手は、今年37歳を迎えることから引き際も考えているようです。後輩を育て、将来は北海道に帰ってくることも視野に入れているというような発言を最後にされていました。
 ただマイケル選手のように実績が十分で、かつリーダシップのある選手は、きっと選手を引退後も指導者として多方から要請されるのではないかと私は思うのですが…。


          
         ※ 質問の答えるリーチマイケル選手です。

 今回の来札の本来の目的は、来る3月30日(日)、札幌ドームを会場として開催されるジャパンラグビーリーグワンの唯一の公式試合「東芝ブレイブルーパス東京」対「三重ホンダヒート」の対戦のPR活動だったようです。
 さあて、3月30日はどうしょうか??