田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

二つの “宝石” 写真展

2024-12-11 19:50:31 | 作品展・展覧会等
 “宝石” といっても、あの鉱石の宝石ではない。一つは「青い宝石」とも称される野鳥のカワセミである。もう一つは、「ジュエリーアイス」と呼ばれる氷が豊頃町の大津海岸に打ち寄せられ、最近脚光を浴びている様を写し取った写真展を覗いてみた。

       

 私にとってはかなり珍しい二日連続のギャラリー巡りである。本日(12月11日)は、富士フィルムフォトサロンで開催されている岸本日出雄写真展「氷が創る奇跡の海岸+飛ぶ宝石・カワセミの一瞬の美」を観賞したいと思い足を運んだ。
 実は昨日、「さっぽろ漫画人協会忘年展」を見た後、引き続き子の写真展を覗こうと思っていたのだが、私が富士フィルムフォトサロンの場所をしっかりと把握していなかったために空振りに終わり、本日出直して観賞したのだ。なお、富士フィルムフォトサロンは大通西6丁目の南側で大通公園に面している。
 私は芸術的な写真などには全く無関心なのだが、“カワセミ” の華麗な一瞬を切り取るような画像だけはなぜか魅力を感じているのだ。「ジュエリーアイス」を撮った写真が展示されていた。「ジュエリーアイス」は、十勝川でできた氷が河口から流れ出て、河口近くの大津海岸に打ち上げられ、それが太陽の光を浴びた際に “宝石” のような輝きを見せることから命名されたとされている。
    

     
 写真展では、それらの「ジュエリーアイス」を岸本氏の一瞬を切り取る技で見事な写真が陳列されていた。なお、写真展では「カメラでの一点撮りは禁止」されていたが、そうではないものは許可され、SNSへの投稿もOKとの寛大な告知だったので、その忠告を守りながら何点か、添付することにします。
     
      ※ いただいたカーどの写真をスキャンしたものです。

 続いて奥のコーナーには私にとって待望のカワセミの色鮮やかな写真がたくさん展示されていた。そこには鮮やかな青い体毛に包まれたカワセミだけではなく、白黒の体毛のヤマセミも同時に展示されていた。(ヤマセミの写真も撮ったのだがボケちゃいました)
    
※ こちらもカードをスキャンしたものです。

 写真に貼付されていたコメントでは、カワセミの幼鳥が4羽同時に撮影できたのはほんの一瞬の出来事だったそうだ。
 岸本氏が説明されていたが、カワセミの体長はわずか17cmほどでスズメくらい大きさだそうだ。その大きさで川魚の捕獲する技を持っていることが素晴らしいと思える。

   
   
   ※ 上の2枚は、カワセミが川魚を捕獲する瞬間の図です。
    
 掲載する写真は拙劣ですが、主催者注意に違わぬように留意しながら掲載しますのでご覧ください。
 なお、こちらの展覧会は会期が本日までとなっていました。

 ※ 掲載写真の中で、ジュエリーアイスの一点ものと、カワセミの幼鳥を4羽を写した2枚は、いただいたカードをスキャンした写真であることをお断りしておきます。

パブリックアート in 新篠津

2024-11-30 18:05:01 | 作品展・展覧会等
 パブリックアート…、「公共の芸術」とでも訳せるだろうか?公衆電話ボックスに老婦人が花のお世話をしている絵が描かれていた。倉庫の壁いっぱいにちょっと不思議な絵が描かれていた。新篠津村ではパブリックアートの描き手を招き、さらに村を盛り上げようとしているようだ。

 昨日、道民カレッジ「学びカフェ」で新篠津村を訪れることが決まった時、ある新聞記事のことが蘇った。それは村内の施設の数か所に芸術的な絵が描かれ話題になっているという記事だった。
 私は新篠津村を訪れることが決まった時、それらの絵を見ることを楽しみにして昨日新篠津村を訪れた。
 「学びカフェ」の事業を終え、帰り道にそれらの絵を見て回ることにした。それらの絵が描かれているところを村の人にたずねると、どうやら作品は私の期待と違って二つしかないようだった。私はもっと多くの作品が描かれていると思ったのだが…。
 ちょっと残念な気もしたが、その二作品を見て回った。

    
 村の中心、新篠津村役場の直ぐ近くにあった公衆電話ボックスの壁にその絵は描かれていた。画題は「Gardener(園芸家)」というそうだが、老婦人らしき人が花に水を与えている絵だった。描いた人は世界的に評価されているというAITO KITAZAKIさんという方だそうだ。(2023年夏の作品)
        
        ※ AITO KITAZAKIさんの「Gardener」という作品です。


     
     ※ このようなそうこの壁が、下のような絵に代わりました。

 もう一つの作品は、その公衆電話が建っていたところから200mくらい離れたところに建つ倉庫の壁に描かれた絵が目に飛び込んできた。その絵の大きさに驚いた。およそ100㎡(高さ7m、幅14m)もあるらしい。絵の題名は残念ながら分からないのだが、こちらもプロのアーティストであるunomoriさんという方が村で11日間かけて完成した作品だという。(2024年夏の作品)

    
    ※ 制作に11日間かかったというunomoriさんの作品です。

 今のところ作品は二つに過ぎないが、どうやら村ではこれからもアーティストに依頼してこうした作品を増やしていく意向があるようだ。村内には農業倉庫などまだまだそうした画を描けるようなところも多いようだ。
 素人の作品ではなく、プロの方々の作品であるというところに価値があるように思われる。新篠津村のこうした動きが今後どのように発展していくのか?期待を持ちながら見守りたいと思う。

ギャラリー展 佐藤一明「見てくる犬」

2024-11-27 15:48:06 | 作品展・展覧会等
 作者の愛犬がモデルだという。ラブラドールレトリバーの模型(?)がさまざまな表情で鎮座していた。美術音痴の私がギャラリー展に顔を出すとは、我ながら珍事である。

 あっちの講演会、こっちのコンサートと忙しく歩き回っている私だが、本日は珍しくスケジュール表が空白だった。「さて?」と思ったのだが、某日新聞の片隅に「ギャラリー創」という民営のギャラリーで「見てくる犬」という作品展が開催中であることが頭の片隅に残っていた。戌年生まれの私は、多少は犬に関心もある。私はウォーキングも兼ねて「ギャラリー創」を目ざした。
 「ギャラリー創」は中島公園に近い旭山公園通に面したビルの1階にコンパクトながらシャープな印象を与えるギャラリーを構えていた。

    
 ※ ギャラリー創は旭山公園通に面していたが、注意深く歩かないと見過ごしてしまう恐れもある。
 
 ※ 作品が展示されていない状態での「ギャラリー創」の全景です。(HPより)   
    
    ※ 作品が20~30cmと小さいので、全体で見ると写真のような感じです。

  入館するとDirectorの Chiaki Honjoさんが柔和な笑顔で出迎えてくれた。
 ギャラリー内には佐藤一明さんが制作した犬の模型とスケッチがおよそ25~6点展示されていた。

    

    
    

      
      ※ こちらは佐藤さんの犬のスケッチです。

 材質はHonjoさんによるとブリキだという。新聞で見たときは「厚紙かな?」と思っていたのだが…。解説によると「曲線とエッジが効いたシンプルなかたちの中に込められた計算された造形の美しさ」が見どころとされているが、なるほど私から見て犬の表情を曲面ではなく、エッジを効かせたところに佐藤氏の主張があるように見て取れた。
 作品はいずれも20~30cm程度の小さな作品が多かったが、中には大きな作品もあったが、そちらはブリキではなく鉄板を使用しているとのことだった。

       
     ※ 床に展示されていた作品は5~60cmあり、鉄板制とのことでした。

Honjoさんによる作者の佐藤さんは大変な愛犬家でモデルとなったラブラドールレトリバーを10年以上飼われているとのことだった。また、作品中にこげ茶色の犬の作品が2点あったが、それは佐藤さんの母親が10年以上飼われたトイプードルがモデルだという。佐藤さんの母親が逝去されたことから、現在は佐藤さんが飼育しているらしい。「まだ同居してから少ない年月のため2点だけの作品なんです」とHonjoさんは教えてくれた。

    
   ※ こげ茶色の彩色されていたトイプードルの作品です。写真写りが悪いですね。

 Honjoさんはまた佐藤さんの図録を見せてくれ、「こちらは山口県の県立美術館に展示してある3mもの大きさのラブラドールレトリバーです」とその写真を見せていただいた。3 mとは大作である。いつか札幌でも見られる日か来るのだろうか?
    
※ こちらは佐藤さんが飼われているモデルとなったラブラドールレトリバーだと思われます。(HPより)

 今回は他に観覧者がいなかったこともあり、DirectorのHonjoさんといろいろとお話することができ、とても意義深い鑑賞となった。こうした小さなギャラリーで作者やDirectorの方とお話ができると展覧会も楽しいものだということを発見した「見てくる犬」展だった。いつもそういうわけにはいかないのかもしれないが…。

道美展 入賞おめでとうございます!

2024-09-14 15:26:13 | 作品展・展覧会等
 現在開催中の「道美展」(北海道美術作家協会展)の絵画部門において知人が北海道新聞社賞に輝いたことを知った。70人が出展する中で第3席(素人の判断だが…)に相当する入賞である。知人の長年にわたる研鑽に拍手を贈りたい。

     

 現在、札幌市民ギャラリーにおいて第56回の道美展が開催中である。昔、職場を共にしたOさんから開催を知らせる案内を受け取った。私は美術に関してはまったく疎く、関心も薄い。しかし、Oさんが出展しているとあってぜひ観賞してみたいと思った。というのも前々回の開催を私は偶然にも鑑賞する機会があり、そこでOさんの作品を観て他の作家とは違った淡い色遣いに興味をいだき、「今回はどんな画だろうか?」と興味をもったからだ。
 市民ギャラリーには、絵画、工芸作品、写真などの作品が市民ギャラリーのほぼ全館を占めるように展示されている様子は圧巻だった。
 私は全ての作品をじっくりと鑑賞するほど熱心ではない。ひたすらOさんの作品を探し求めた。するとまず「和」と題する作品が見つかった。期待どおりに淡い鮮やかな色遣いで日本の原風景のような田舎の景色が描かれていた。そこでOさんが道美展の「会友」であることを知った。

    

 Oさんの作品を観終わって、興味は入賞作品に移った。すると、奨励賞とか、会員賞、会友賞などの札が目に入ったが、大きな賞が見当たらない中、「えーっ!」と思わず声を出しそうになった。なんとOさんの二つ目の作品が「北海道新聞社賞」という札が付いているのを確認したのだ。作品名「回る!回る!」という100号の大作だった。色遣いはOさんの特徴である淡く明るい色調は変わらず、遊園地のメリーゴーランドの楽しい様子が描かれていた。
 「北海道新聞社賞」というのは絵画部門でいえば、「北海道知事賞」、「協会賞」に続いて第3席の位置付けのようだ。いやいや失礼ながらOさんがそれほどの実力者などとは知らなかった。素晴らしい快挙である!入賞おめでとうございます!
 Oさんのこれからの活躍にも注目したいと思う。

      
      

 ちなみに「北海道知事賞」は「白昼夢 Ⅰ」と題して札幌駅前の様子を描いた一枚だった。こちらは素人の私からも「さすが!」とは思ったのだが、「協会賞」に輝いた「集合写真2024」は作品全体が暗く、私にその良さは分からなかった。

    

       

 美術については腰が引け気味の私だが、食わず嫌いといわずに少しは関心をもちましょうか?

※ 絵画の写真については、私のカメラの性能が良くないために正確に撮れてはいないことをお断りしておきます。作者様には申し訳ありません。

道立文学館 降矢なな原画展

2024-08-10 20:58:14 | 作品展・展覧会等
 私にとって絵本の世界などとんと無縁である。絵本作家:降矢(ふるや)ななさんは日本はおろか、世界でも活躍している絵本作家らしい。そんな降矢さんの絵の世界をひと時楽しませてもらった。

    

 本日午前、北海道立文学館で開催されている「降矢なな原画展」に足を運んだ。足を運んだ動機は、昨日の「水木しげるの百鬼夜行展」と同様、ある方から鑑賞券を譲り受けたからだった。譲り受けたからには鑑賞するのが礼儀である。

 
 ※ 降矢ななさんのデビュー作「めっきらもっきら どおん どん」の表紙です。
 
 ※ デビュー作ではこのような色彩鮮やかな絵が目立ちました。

 私は特別展の会場に入ると、まず降矢ななさんなる絵本作家がどのような方なのかを知る必要があったので、彼女の年譜を参照した。
 降矢さんは母親が絵画教室を開いていたことから幼少の頃から絵には親しんでいたようだ。そうした中、降矢さんの叔母が福音館の編集者だったことから、彼女の絵を同社に紹介されたことにより、1985年に長谷川摂子作の「めっきらもっきら どおん どん」の挿絵を担当し絵本作家としてデビューを果たしたという。その後も長谷川摂子とのコンビで絵本を出版していたが、1992年になって一念発起してチェコスロバキアのブラチスラバ美術大学に留学した。そこで彼女の絵は一皮むけるとともに、大学同期のスロバキア人の画家と結婚し、スロバキアに永住することとなった。絵本作家としては、日本のみならずスロバキアにおいても出版する活動を続け、活躍中とのことである。

  
  ※ 「きょだいな きょだいな」では子どもの喜びそうな巨大な絵が印象的です。
  

 原画展では、彼女の活動の歴史を辿るように降矢さんの原画が展示されていた。その全てを辿るだけの忍耐は私にはなかった。特に注目したのは、デビュー作の「めっきらもっきら どおん どん」と「きょだいな きょだいな」の長谷川摂子とのコンビの作、そしてスロバキアに渡ってから降矢が文も絵も担当した「ナミチカのきのこがり」に注目した。すると、私のように絵については素人でも明らかにその絵が違っている(発展)ように見えた。

  
  ※ 明らかに絵の描き方に変化が出てきたのでは?と思わされた「ナミチカのきのこがり」です。(下の絵も)

 いや~、どんな分野にも顔を出す私ですが、展覧会の類は鬼門ですなぁ~。それでも勉強になりました。はい。

水木しげる 百鬼夜行展

2024-08-09 19:27:27 | 作品展・展覧会等
 「ゲゲゲの鬼太郎」などの妖怪漫画で一世を風靡した水木しげるは、漫画家である前に妖怪研究家として非常に深く妖怪について探索を続けた方だったと知ることができた展覧会だった…。

     

 本日午前、札幌芸術の森美術館で開催中の「水木しげる 百鬼夜行展~お化けたちはこうして生まれた~」を観覧した。
 私はこうした展覧会の類については、美術などへの造詣が浅く、さらには水木しげるの漫画についてもほとんど読んだことがなかったことから、この展覧会についてもそれほど興味をもっているわけではなかった。ところが、ある知人から展覧会の招待券を譲っていただいた。譲っていただいたからには観覧しなければ失礼である。そこで遅まきながら本日美術館に駆け付けたというわけである。
 私は水木しげるの作品そのものには上述したように大して興味は持てなかったのだが、水木しげるの人そのもの、さらには水木の漫画業について理解したいと思いながら館内展示を見て回った。するとあるキーワードに出会った。
そのキーワードとは、水木の仕事(漫画業)が「ブリコラージュ」から成っているという表現に出会った。「ブリコラージュ」とは、本来はフランス語で「ある目的のためにあつらえられた既存の材料や器具を、別の目的に役立てる手法」だという。
 水木の場合は、「イメージ」(版本・浮世絵を古書店で収集する)、「オブジェ」(民芸や工芸品を旅先や取材で購入)、「エクスペリエンス」(のんのんばあとの出会いや自らの実体験)、「スクラッピング」(雑誌や新聞の切り抜きをすることでの調査・収集)、以上の4項目を総動員しながら水木ワールドを形成していったということなのだ。
 つまり水木が描いた妖怪の多くは、水木の創作ではなく(一部創作もあるそうだが)元画の妖怪がおり、その元画の周りに人を配したり、画をカラー化したりするなど、まさにブリコラージュした形で世に出している。

   
  ※ 水木が世に送り出した妖怪たちの一部です。

 水木の妖怪研究はかなり本格的だったようで、晩年には「世界妖怪協会」を組織し、その会長にも就任している。
 水木の妖怪人生(そのような言葉があるのか??)の始まりは幼少期に出会った「のんのんばあ」との出会いだという。「のんのんばあ」とは、近所に住んでいた士族出の神仏に仕える拝み屋の妻だそうだが、その「のんのんばあ」が水木に妖怪のことを語って聞かせたのが水木が妖怪に興味をもった始まりであり、大きな影響を与えたそうだ。その他にも水木に影響を与えた人は多くいることが分かった。例えば江戸時代の浮世絵師の鳥山石燕、民俗学者の柳田國男などがいるが、詳細は割愛したい。

              

 水木が世に出した妖怪の多くは、水木の多大なる研究の成果として世に出されたことを知ることができた展覧会だった。                  

二つの展示即売会

2024-04-08 19:06:52 | 作品展・展覧会等
 芸術作品や骨とう品などには全くと言っていいほど興味のない私である。それが何の風の吹き回しなのか絵画作品展、骨董品の展示即売会に顔を出してみる羽目となってしまったのだ…。

 昨日(4月7日)は、今年初めての陽気に恵まれた日だった。特に予定はなかったのだが、 戸外に出てウォーキングを楽しみたい思いに駆られた。
 そこでネットでイベント予告を検索してみると、二つの展示即売会が目に留まった。
 一つは、札幌出身で広告業界においてグラフィックデザイナーとして一時代を画し、リタイア後にヨーロッパを旅して描いた水彩画を展示即売する「渡辺隆雄展」である。
 そしてもう一つは琴似のコンカリーニョという劇場を会場に開催されていた「大生活骨董市」という展示即売会だった。
 前述したように私には関心外の分野だったが、ウォーキングを兼ねてひやかしてみようと出かけることにした。

        
        ※ 「渡辺隆雄展」のポスターです。

 先ずは「渡辺隆雄展」である。会場は「マリアギャラリー」(北1西3マリヤ手芸店3F)
という時計台の近く、札幌の中心街にあった。会場には予想外にけっこうな人が鑑賞に訪れていた。「渡辺隆雄展」の案内には次のような説明がなされていた。
 「渡辺隆雄、世界を股にかけ、広告業界のトップを駆け抜けた男。札幌が生んだ、故渡辺隆雄「通称ワタキン」を偲んで、彼のデザイナーとしての仕事と、ライフワークだった水彩画を展示します。彼が海外で収集した骨董品の数々と併せてご覧ください」

   
   ※ 作品は写せませんでしたが、会場全体の様子を一枚撮らせてもらいました。

 それほど広くはないギャラリーに渡辺隆雄氏に関する作品などが所狭しといった感じで並べられていた。デザイナーとしての仕事は、雑誌などに車の広告などでその力量を発揮されたようである。私が興味をもったのはそうしたデザイナーの仕事よりも、水彩画の方だった。ヨーロッパの街並みを軽いタッチで描いた水彩画にはプロの画家の作品とは違う独特の趣きが感じられた。
 残念ながら写真を撮るのはNGだったために紹介できないのが残念である。なお、作品は一枚10万円で頒布されていた。

   
   ※ コンカリーニョの「大生活骨董市」の全体の様子です。

 続いて琴似に移動して琴似の劇場「コンカリーニョ」で開催されていた「大生活骨董市」 を覗いてみた。こちらも日曜日で好天に恵まれたこともあって、若い人を中心に賑わっていた。骨董品は「大生活市」と謳うくらいだから、その昔生活用品として使用されていたものが多かったような印象を受けた。

    
    ※ 展示物の中でインパクトのあった一つです。理容店の椅子と見ましたが…。

 大物では理容店の椅子とか、物入れなど…。小物となると実に様々なものが並べられていた。見る人が見れば垂涎の的のようなものもあったのだろうが、私にとっては猫に小判状態であった。もし仮に興味を抱き購入したとしても、帰宅直後にはゴミになってしまう恐れがあるので、心を鬼にしながら骨董品を見て回った。

    
    ※ こちらは木彫が施された物入れと見ましたが…。2,000円とは安価では?

 と好天に恵まれて、思いもよらなかった展示即売の会場を梯子してみたという話題でした。
 なお、この日は我が家から「マリアギャラリー」まで歩き、地下鉄で「大通駅」から「琴似駅」まで移動し、帰りはまた歩くといった行程で、帰宅してスマホの距離計を見ると、10.1キロを歩いたことになっていた。良い運動になった一日だった。 

家庭用ゲーム機の変遷を見る

2024-04-05 19:05:02 | 作品展・展覧会等
 ゲーム機についてはとんと関心のない私だが、北大総合博物館の企画展を覗いてみた。題して「GAME START Ⅱ」とあった。展示室にはどこかで見た覚えのあるようなゲーム機がたくさん展示されていた…。
      

 昨日(4月4日)、特の予定のなかった私は北海道新聞の「イベント情報検索」で表記企画展が開催中なのを知って、ウォーキングを兼ねて覗いてみることにした。
 企画展というので大々的に開催されているのかと思っていたが、想像とは違い博物館の一つのコーナーでささやかに開催されているものだった。
 企画展のテーマは「これからのゲーム展を考える」というもので、博物館は「ビデオゲーム・アーカイブ」にどのように寄与できるかを模索していくものとして企画した、ということだった。
 そこで今回は全国の博物館でこれまでゲーム展として開催されたことを調べ上げたうえで、取り上げられたゲーム機をランキングして展示したそうである。展示されていたゲーム機は全部で9台あった。
 その全て機種のデータをメモすることはできなかったが、№1~№3を並べてみると…、
 ◇第1位 ファミリーコンピュータ(任天堂) 14,800円
      1987年7月15日発売   販売数 1,935万台
   

 ◇第2位 スーパーファミコン(任天堂)      25,000円
      1990年11月21日発売   販売数 1,717万台
   

 ◇第3位 ゲームボーイ(任天堂)      12,500円
      1989年4月21日発売   販売数 3,247万台
   

 以上がベスト3だが、いずれも任天堂が開発、発売したものであるのが目を惹く。特に「ファミリーコンピュータ」は、それまでのゲーム機のイメージを覆すような高性能を誇り、その販売台数からいっても時代を画したゲーム機ということで多くの博物館が取り上げたのだろう。
 販売台数から見ると、ベスト3には入らなかったが1994年12月に発売された「Play Station」(ソニーコンピュータエンターテイメント)が1,941万台を売り上げている。
   

 こうして見てくると1980年代末から1990年代にかけてゲーム機の世界では日本製が世界を席巻していたことがうかがえる。
 ゲームに熱中された方にはどの機器も懐かしく思い出されるのではないだろうか?そして今、ゲーム機はどのように進化を遂げているのだろうか?現在の製造、販売会社の趨勢は?
 今回の企画展は今から3~40年前を振り返るアーカイブ展だったが、その後の変遷についてもいつか見てみたいものである。

太古のいきものよみがえる展

2024-03-20 10:18:18 | 作品展・展覧会等
 NHK札幌放送局のロビーが博物館に変身していた!?放送局のロビー内に太古の北海道に生きた生物の骨格標本がなんと8体も展示されていたのだ。NHKもやるものである!

      
 昨日(3月18日)、NHK札幌放送局で3月16日から31日までの予定で開催されている「太古のいきものよみがえる展」を覗いてみた。   
 ロビーに入ると、いきなり体長3メートルにも達するという海洋生物の🔳「デルモスチルス・ヘスペルス」のレプリカが出迎えてくれた。この生物は中新世(2300~1000万年前)に生息していたとされる水生生物で樺太でその全身骨格が発掘されたことから足寄博物館に全身骨格のレプリカが展示されていることから、今回展示されたようだ。
   
   
 続いてそれよりさらに大きい体長4メートルになるという🔳「ヌマタカイギュウ」の骨格標本のレプリカが迎えてくれた。「ヌマタカイギュウ」はその名の通り北海道・沼田町で発掘されたのだが、姿は鯨類に似ているが実際はゾウに近い哺乳類だそうだ。実は同種のカイギュウが札幌豊平川でも発掘され、「サッポロカイギュウ」と名付けられている。
   

 その他にも骨格標本がロビーのあちこちに展示されていた。その名と体長は、   
🔳「ホッカイドルニス・アバシリエンシス」(1.7メートル)
   
   
🔳「パレオロクソドン・ナウマンニ」(2.5メートル)
   

🔳「ヌマタフォシーナ」(?)
   

🔳「ヌマタフォシーナ」の実物化石
   

🔳「エティオケトゥス・ポリデンタトゥス」(3.5メートル)
   

と化石マニアにとっては垂涎の的のような骨格標本が展示されていた。(私は門外漢なのだが…)
 そして骨格標本として立体像ではなかったが、骨格のレプリカが平面に並べられた🔳「カムイサウルス・ジャポニクス」(8メートル)、いわゆる平成の大発見「むかわ竜」が床に並べるように形で展示されていた。
   

 また、8Kスタジオの方では札幌在住で、ボールペン細密画で有名な浩而魅諭(ひろじみゆ)さんが描く、古生生物の復元画が多数展示されていた。こちらの細密画も見ものの一つである。(浩而魅諭については先日のNHK番組「北海道道」で詳しく紹介する番組が放送された) 
 
 ※浩而魅諭ひろじみゆ)さんがボールペンで描く古代生物の細密画の一つです。

 というように、それほど広くはないNHK札幌放送局のロビーは太古の生き物ワールド一色に染められていた。
 古生生物にそれほど関心のない私でも十分に楽しむことができた。展覧会は31日までだそうだ。近くへ行った際はぜひ覗いてみることをお勧めしたい。

仏像彫刻展~原田政光のひとり旅

2024-03-09 10:44:33 | 作品展・展覧会等
 思わぬ形で仏像彫刻展を見物することになった。仏像彫刻の良さなど門外漢の私には分かるはずもない。それより、彫刻家・原田政光の人となりに注目した。
       

 3月7日(木)午後、札幌市民交流プラザのチケットセンターにチケット購入に赴いたときだった。チケットセンターの横のSCARTSスタジオで仏像彫刻展が開催されていた。しかも入場無料とあった。チケットを購入後、「ちょっと覗いてみるか」という軽い気持ちで入場した。
 場内には仏像彫刻(木像)がズラーッと展示されていた。その数56点という大変な数だ。その横に作家・原田政光氏の略歴が表示されていた。それをみると原田氏は高校卒業以来、北海道教育委員会に長く務められ後志教育局長などを務められ定年まで勤務されたとなっていた。というと、まんざら私と関係ないわけではない。俄然興味が湧いた。さらに略歴を見ると、原田氏が仏像彫刻を始めたのは定年退職後だという。独学で仏像彫刻を学び、80歳でお亡くなりになるまでに56点もの仏像彫刻を残したということだ。
 作品の写真撮影が許可されたので、そのうちの何点かを掲載することにした。
       
       ※ 作品名「吉祥天」 73歳時制作
       
       ※ 作品名「阿弥陀如来立像」 68歳時制作
       
       ※ 作品名「恵比寿天」 62歳時制作
       
       ※ 作品名「みかえり阿弥陀」 75歳時制作
   
   ※ 作品名「白衣観音」  67歳時制作
   
   ※ これは原田氏の木像制作をするアトリエを再現したものだということです。
        
        ※ 在りし日の原田政光氏です。

 会場にはおそらく仏像彫刻展を企画されたと思われる原田氏の娘さんがおられ、来場者に丁寧な接待をされていた。父親の努力の結晶を広く市民に公開することを誇りに思っているように見えた。麗しい父子愛を見た思いだった…。