雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

戯画の上手 ・ 今昔物語 ( 28 - 36 )

2020-01-03 08:54:20 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          戯画の上手 ・ 今昔物語 ( 28 - 36 )


今は昔、
比叡山の無動寺に義清阿闍梨(ギショウアジャリ・・伝不詳。なお阿闍梨は、天台・真言の僧位で密教に通じた僧が任じられた。)という僧がいた。
若い時から無動寺に籠居して、真言などを深く習い、京に出かけることもなく、年が経つにつれて、僧房の外にさえ出ず、まことに尊い様子であったので、比叡山で尊い僧の上位四、五人のうちに必ず入るほどであった。されば、誰もが「祈祷はぜひこのお方に頼むべきだ」と言っていた。

そのうえこの阿闍梨は、鳴呼絵(オコエ・戯画。「鳥獣戯画」の類。)の上手であった。鳴呼絵というものは、筆つきは[ 欠字あり。「真剣に」といった意味の言葉か? ]に書いても、それだけでは鳴呼絵の面白さはない。この阿闍梨が書いたものは、無造作に筆を走らせているように見えるが、ただ一筆で書いているが、何ともいえないほど味わい深く、見事なことこの上ない。しかし、決して[ 欠字あり。「簡単には」といった意味の言葉か? ]にては書かない。わざわざ紙を継ぎ合わせて書かせる人があると、何か一つだけ書いてやる。また、別の人が書かせたところ、紙の端に弓を射ている人の姿を書き、継ぎ紙の一番末の端には的が書いてある。その間には矢が飛んでいくさまらしく、墨で細く線が引かれている。そこで、絵を依頼した人は、「書く気がないのであれば、『書かない』と言えばいいものを、大事な紙に線だけ引いてしまったものだから、他のものを書くことも出来なくなってしまった」と言って、たいそう腹を立てた。しかし、阿闍梨は気にもしなかった。もともと少し偏屈者であったから、世間の人に受け入れられなかった。ただ、世に並ぶ者がないほどの鳴呼絵の上手として評判が高かったが、真言に通じた尊い僧であることは人に知られなかった。
彼のことを良く知っている人だけが尊い僧と認め、そうでない人は、ただ鳴呼絵の絵描きだとばかり思っていた。

ある年のこと、無動寺で修正会(シュショウエ・正月の初めに行われる法会の一つ。三日ないし七日行われる。)が行われたが、七日の法会も終わったのでお供えの餅を寺中の僧に分け与えることになったが、この義清阿闍梨は僧の中でも上席の僧であったので分配役になったが、慶命座主(キョウミョウザス・第二十七代天台座主。藤原道長に重んじられた。)の愛弟子で慶範(キョウハン)という下野守藤原公政(キンマサ・正しくは越前守藤原安隆の子らしい。)の子である僧がいた。年若くして姿が端正であったので、座主はこの僧を格別に寵愛した。そのため慶範は世を世とも思わず、わがまま放題に振る舞っていたので、その餅をこの慶範に少なく割り振ったので、慶範はたいそう腹を立てて、「どうして、その阿闍梨は私への餅を少なくしたのか。おかしなまねをする阿闍梨だことだ。老いぼれおって、死に場所も知らない狐とは、あいつのことだ。分別もない馬鹿坊主め。あいつに詫び状を出させよう。こんな老いぼれは、こうして懲らしめねばならぬ。他の者への見せしめにもなる」と言っているのを、義清阿闍梨の親しい知人で弟子になっている者がこれを聞いて、怖れて「老いた果てにとんでもない恥をかきそうですよ」と、大慌てで急いで阿闍梨のもとに駆け付けて告げると、義清阿闍梨は、ひどくあわてた顔つきになって、恐縮した様子で「これはどうすれば良いのか。困ったことだ。されば、まず向こうが言い出す前に、詫び状を書いて差し上げよう」と言うと、すぐに手箱を開いて、上質の紙四枚を取り出して、どのように書いたのか、書き上げた。それを巻いてかけ紙で包んで、立文(タテブミ・公式の文書の一形式)にして、上書きには、「何某の房の御坊に大法師義清が奉る」と書いて、苅萱(カルカヤ)に付けて送った。

一方、座主の僧房には人々が集まっていて、二月の行事について相談していたが、そこへ使いが例の立文を捧げ、「義清阿闍梨が何某の御坊に奉る御文でございます」と、ものものしい調子で言ったので、慶範は自分の[ 以下、全文が欠文になっている。]

     ☆   ☆   ☆

* 欠文の部分は、全く不明です。
* おそらく、詫び状には鳴呼絵が描かれていて、慶範をぎゃふんとさせた、といった展開を想像させるが、欠文になってしまっていて、全く残念です。

     ☆   ☆   ☆


 

 

 


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