嘘という証拠は、その後に起こった事件である。ある寄席で師匠が高座中、客席で客が寝始めてしまい、それに腹を立てた師匠は寄席からその客を追い出したといった事件があった。訴訟沙汰にまで発展したようだが「自分が勝手に喋っている」というならば客が寝ていて聞いていなくとも腹は立たないはずである。実はこのうらはらの言動をみて、談志師匠の「日常における非日常化の度合」がどのくらいなのか分からなくなったのである。師匠は「俺は会議より酒のほうが大事だ」といって政治の肩書きを棒に振ったのである。これ以上の破滅型芸人はいない。洒落で大きな仕事を失ったのである。これで彼の日常生活のすべてが落語の世界なのであると思っていた。だから「俺ぁ~勝手に喋っているだけなんだ」という洒落で押し通せば納得できたのだ。しかし実は彼の本音は「俺の話を聴かんとはけしからん」という生臭い人間的なものであったと思うのだが、こちらとしては日常を非日常的に染め替えるというヒーロー像に翳りがみえてしまったのである。