こちら側の勝手な妄想ではあるが、談志考において重要な要素は堅苦しい日常を彼が「洒落」という非日常に塗り替える時のその「本気度」なのである。前述のように洒落で政治家を棒に振ったのは「本気度100%」と評価できる。ところが客席で寝ている客に喧嘩を吹っかけたら洒落にならない。「なんだ、寝た子も唸らせる天才落語家じゃなかったのかい?」といわれてもしょうがない。この一件以来、この人の本気度はどこまでが「素」で、どこまでが「演技」なのかと疑いを持つようになってしまったのである。自伝には「俺らのような破天荒な人間は一般社会では生きていけない。落語の世界だからやって行けるんだ」と自らを語っていた。確かに天才漫才師である故横山ヤスシのような破滅型の芸人である。2ツ目の弟子と寿司屋に入ると「おぅい、板さん、今日はこいつに2人前握ってくんな。あ~ただし半人前だからネタはいらねー、シャリだけ握ってくんな」という洒落をかます(本当にシャリだけを食べさせるそうだが)。しかし2人きりになると実に気配りをする人であるという話を聞くと、どうもこの人は本当はすべてが「常識人」であり、世間に対するイメージとして破天荒振りを装っているのでは?と思ってしまうのだ。