ここ三日ほど雨模様の熊本だが、気温が高いので桜も七八分咲といった感じ、我が家の近くの自衛隊通り(西部総監部・健軍駐屯地)の600mにも及ぶ桜並木も見事な状態になっている。熊本城の行幸坂や本妙寺参道などの桜も、雨さえ降らなければ多くの花見客で賑わったことであろうが、無情の雨である。
「歳序雑話」によると、立田山に連なる岩倉山が桜の名所だったというが、この高台は現在では住宅団地に生まれ変わって久しい。
その岩倉山のすぐ下、北側に西部総監部隷下の自衛隊の第八師団(北隈本駐屯地)が広がるが、ここもその周囲を桜の木で包み込まれて見事である。
昨日の事「熊本藩年表稿」を何気なく眺めていたら、次のような記事に出あった。
文政八年四月八日 陣橋より牧崎村迄桜切倒犯人とりしまりを在御家人及び村方へ申付(藩法816)
陣橋とは城域北西端の真下にある井芹川にかかる小さな橋だが、ここから杉塘を経て牧崎村に入り、本妙寺へと繋がっていた。
牧崎村には細川内膳家そのた高禄の家臣の別荘が立ち並んでいる。その道筋に桜が植えられていた。
城の北西端には二の丸御屋敷があり、眼下にこれらの景色が広がっていたことになる。
桜のころはさぞ美しい景色であったろう。そんな桜の木を切り倒す不届き者がいたのである。
地震の影響で熊本城から本妙寺方面を遠望ができるのかどうか判らないが、古地図を眺めながら往時の風景に想像をたくましくしている。