国分良成編『中国は、いま』(岩波新書、2011年)を読む。さまざまな立場の15名による分析と提言をまとめたものである。
本書は、尖閣諸島中国漁船衝突事件(2010年9月)と、それに引き続いての中国のレアアース輸出差し止め、日本企業の社員拘束のあとにまとめられている。その後、今年2012年には日本政府による尖閣諸島の国有化を受けて、激しい反日デモが起きてさらなる衝撃を日本に与えたことは、周知の通りである。
これにより、日本人の中国への好感度は著しく下がり、多くの者がにわかナショナリストと化した。しかし、権力と市民とは別、政治と民間交流とは別。ほとんど感情と大メディアの報道のみによって動くことは、愚かの極みだ。それに、言説の差異や歴史を踏まえなければ、とてもまともな判断などできたものではない。自らの裡にある「中国」を頼りに判断することも危険だ。中国はいまなお激変している。
本書は、その意味では、中国を考えるきっかけのひとつとなるのかもしれない。習近平時代になれば、また新たな考察に触れなければならない。
いくつか気に止めておきたい指摘。
○胡錦濤の対日協調外交は、党内の特殊利益集団の発言力(東シナ海のガス田共同開発などをめぐり)や、人民解放軍への配慮などにより、方針転換さざるを得なかった。2010年の日本への強硬姿勢は、党内における胡への攻撃と見ることもできる。
○胡は総書記を辞任しても2年間は軍事委員会に留任し、影響力を確保するだろう。ならば、胡は従来の平和的発展路線にとどまることができず、軍の要求する対外強硬路線に迎合せざるを得ない。
○政治指導者の任期が短くなった結果、党内運営には利害調整が重要となっている。
○対外強行姿勢の背景には、改革開放で拡大した極端な格差が存在する。農民や労働者は弱者として抑圧され、時に暴発する。将来のマグマは、安定した職を得られない大卒者集団である。
○富や権力は、党・政府の幹部や有力国有企業幹部などごく一部に集中している。これは、江沢民時代の方針転換の本質であった。
○大衆の抗議活動は頽廃化・大型化している。これにより政府に圧力をかける方法が、うまくいくものとして類型化している。
○チベット族の55%がチベット自治区以外の地に住んでいるのに対し、ウイグル族の99%が新疆ウイグル自治区に住んでいる。従って、チベット騒乱は周辺地域に飛び火しやすい。ウイグル族は自治区内の漢族流入によるウイグル族比率の低下を問題視する。
○チベットの戒厳令は天安門事件の3ヶ月前に布告された。チベットやウイグルからくる危機感が、天安門事件で強硬な姿勢をもたらした可能性がある。
○一党独裁のもとで少数民族の民族自治を実現することは極めて困難。また、政府の重要課題はむしろマジョリティたる漢族の不満抑制である。
○レアアース問題は、漁船衝突事件の前から顕在化していた。この事件が起きなくても、いずれ火を噴いた可能性がある。
○「核心的利益」が増えるほど、また振りかざすほど、体制が安定していないことを示す。
●参照
○汪暉『世界史のなかの中国』
○加々美光行『中国の民族問題』
○加々美光行『裸の共和国』
○加々美光行『現代中国の黎明』 天安門事件前後の胡耀邦、趙紫陽、鄧小平、劉暁波
○天児慧『巨龍の胎動』
○天児慧『中国・アジア・日本』
○『世界』の特集「巨大な隣人・中国とともに生きる」
○『情況』の、「現代中国論」特集
○堀江則雄『ユーラシア胎動』
○L・ヤーコブソン+D・ノックス『中国の新しい対外政策』
○加藤千洋『胡同の記憶』
○クロード・B・ルヴァンソン『チベット』