尾崎秀樹『上海1930年』(岩波新書、1989年)を読む。
著者の尾崎秀樹(ほつき)は、ゾルゲ事件において逮捕され死刑に処された尾崎秀実(ほつみ)の異母弟である。本書は、その兄が朝日新聞記者として上海に赴任していた1930年前後の様子を描いた、スナップショット的なものである、
この時期の上海には、既に内山書店があった。魯迅が、教え子の許広平とともに上海に辿りついており、内山書店に出入りするようになっていた。米国人ジャーナリストのアグネス・スメドレーも、ドイツを経て、アジアに惹き付けられた結果、中国に来ていた。
まさに、尾崎はそのような時代のスパーク地点に居合わせ、自らも発火役となる。日本や中国の左翼作家とともに動き、共産主義の胎動に関わっていった。そして、ドイツ系ロシア人のリヒャルト・ゾルゲも、上海に到着する。
本書は、こういった歴史の断面とそのベクトルを、まるで群像劇のように生々しく描いており、とても興味深い。こうして見ていくと、歴史には必然があるように思えてくるというものだ。
尾崎の活動は、単純に事実を言うなら、ソ連のためのスパイであった。本書は、そのことを、上海時代から、帰国して太平洋戦争勃発の直前に検挙されるまで、内部からの反戦行動であったのだとしている。確かに共産主義の理想に駆られての行動であったのだろう。しかし、蒋介石の国民政府打倒のため、日中戦争の拡大を支持し押し進めたことには、まったく触れられていない。
●参照
○尾崎秀樹『評伝 山中峯太郎 夢いまだ成らず』
○ジョセフ・フォン・スタンバーグ『上海特急』(同時代の上海を描く)
○J・G・バラード自伝『人生の奇跡』(バラードは30年に生まれ上海で育った)
○満州の妖怪どもが悪夢のあと 島田俊彦『関東軍』、小林英夫『満鉄調査部』(尾崎は満鉄調査部にも所属した)
○海野弘『千のチャイナタウン』
○『チャイナ・ガールの1世紀』 流行と社会とのシンクロ(魔都上海とファッション)
○ミカエル・ハフストローム『諜海風雲 Shanghai』(40年代の上海)
○伴野朗『上海伝説』、『中国歴史散歩』
○海原修平写真展『遠い記憶 上海』
○海原修平『消逝的老街』 パノラマの眼、90年代後半の上海
○陸元敏『上海人』
○2010年5月、上海の社交ダンス
○上海の夜と朝
○上海、77mm
○上海の麺と小籠包(とリニア)
○『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
○藤井省三『魯迅』
○魯迅の家(1) 北京魯迅博物館
○魯迅の家(2) 虎の尾
○魯迅の家(3) 上海の晩年の家、魯迅紀念館、内山書店跡
○魯迅グッズ
○丸山昇『魯迅』
○魯迅『朝花夕拾』
○井上ひさし『シャンハイムーン』 魯迅と内山書店
○太田尚樹『伝説の日中文化サロン 上海・内山書店』