加治順人『沖縄の神社』(ひるぎ社、2000年)を読む。
百数十年前まで独立国であったから当然でもあるが、沖縄における神社や寺はさほど多くない。本書は沖縄の神社について、その成り立ちや歴史をまとめたものであり、面白い。
意外にもその歴史は古い。三山時代から統一されて琉球王国となった頃、すなわち14-15世紀に、ヤマトの商人、航海者、僧侶らによって「神」が伝えられ、有力な神社が作られていった。それがたとえば波上宮や普天間宮である。そして、官製の上からの意図によってアマテラスを祀った浮島神社などを除いて、ほとんどは熊野の神を祀っている。
熊野はイザナミが落ち着いてしまった黄泉の国につながっている。そして海の彼方には「補陀落」という楽園がある。死者の行き先、海の向こうの楽園という物語が、琉球のニライカナイ信仰とつながったのではないかというのが、著者の見立てである。上里隆史『海の王国・琉球』によれば、黄泉の国と、沖縄に数多くの鍾乳洞があることとが重ね合わされたのだともいう。いずれにしても面白い。沖縄は熊野でもあった。
また、どの神社でも、近代以前は本地垂迹思想を反映し、権現という言葉が使われ、どの神社にも仏教のお宮があった。というよりも、もとより仏と習合した神が琉球に伝わっていた。
第二次琉球処分以降、沖縄の神社はヤマトの中央集権管理下に置かれていった。なんと戦争で頓挫したものの、御嶽までも神社の系列に位置付けようとされていた。それはつまり、聞得大君を頂点とするノロによる宗教権力体系自体が、さらなる大きな支配権力に呑みこまれようとしていたということである。
●参照
吉本隆明『南島論』
上里隆史『海の王国・琉球』
久高島の映像(5) 『イザイホー~沖縄の神女たち~』
「岡谷神社学」の2冊
仏になりたがる理由