Sightsong

自縄自縛日記

アダム・ラーション『Second City』

2018-05-05 19:17:56 | アヴァンギャルド・ジャズ

アダム・ラーション『Second City』(Inner Circle Music、2017年)を聴く。

(bandcampのジャケット画像では『Tale of Two Cities』となっているがいいのかな)

Adam Larson (sax)
Rob Clearfield (p)
Clark Somers (b)
Jimmy Macbride (ds)

2015年にNYのsmallsで知らずにこの人を聴いたところ、自信満々の堂々としすぎるくらいのプレイに驚いてしまった。ファビアン・アルマザン、ルディ・ロイストンという実力者を控えてアルトを鳴らし切っていた。日本では無名に近いが、たぶんまだ20代後半である。

ここでもほとんどオリジナル曲を吹き鳴らしている。テクは完璧で見るからにプライドが高そうなのも無理はない(邪推だけど)。こんなどジャズを聴くと嬉しくなる。わたしもまた若いときからアルトを真面目にやりなおせるなら、こんな風に吹いてみたい(あるいはアーニー・ヘンリーのように)。

●アダム・ラーション
アダム・ラーション@Smalls(2015年)


スリランカの映像(12) レスター・ジェームス・ピーリス『Madol Duwa』

2018-05-05 15:07:07 | 南アジア

スリランカの巨匠映画作家レスター・ジェームス・ピーリスが99歳で亡くなった(2018/4/29)。

かれの作品はなかなか観る機会がなく、また日本では限られた特集上映(福岡アジア美術館など)でいくつかの作品が上映されたのみである。わたしも2本しか観ていないのだが、あらためて探すと英語字幕版の『Madol Duwa』(1976年)を見つけることができた。

スリランカ南部の村。少年が小さいころに母親が亡くなってしまい、それを機にすっかり悪ガキ仲間とつるむようになる。俺たちはヴェッダー(スリランカの少数民族)だと名乗って、父親の再婚相手を茶化していた女の人に矢を射ったり。ナッツの農場に侵入して盗みを働いたり。両親が手を焼いて別の人に預けるのだが、そこからも逃げ戻る始末。ついにはどうしようもなくなり、「Madol Duwa」(映画字幕ではDoovaとなっているがWikipediaの表記に従う)という島に渡る。そこは未開拓の島で、かれは生き返ったように開墾に力を貸す。そして父の命が短いことを新聞で知り、故郷に戻る。

やはり巨匠ならではの、ジャン・ルノワールにも共通するようなのほほんとした余裕のある演出。故郷に逃げ帰るときに乗せてもらう小舟の周りを魚が飛び跳ねる場面など、見惚れる。また少年のどうしようもなく身動きの取れない心にも、つい感情移入してしまう。

原作はスリランカの作家マーティン・ウィクラマシンハの同名小説(1947年)である。この作家の作品は、『蓮の道』の邦訳を読んだのみだが、ストイックな主人公のよくわからなさが印象的だった。ティッサ・アベーセーカラという人により映画化されており観たいのだが、まだ機会がない(いちどネットで見つけたのだが観る前に消去されていた)。

ピーリスの映画を、追悼上映などで観ることができるだろうか。

>> Madol Duwa

●レスター・ジェームス・ピーリス
スリランカの映像(11) レスター・ジェームス・ピーリス『湖畔の邸宅』(2002年)
スリランカの映像(8) レスター・ジェームス・ピーリス『ジャングルの村』(1980年)


マーク・リボー(セラミック・ドッグ)『YRU Still Here?』

2018-05-05 10:07:26 | アヴァンギャルド・ジャズ

マーク・リボーのセラミック・ドッグによる新譜『YRU Still Here?』(Northern Spy、-2018年)を聴く。

Marc Ribot (g, requinto, farfisa, b, e♭ horn, vocoder, vocals)
Shahzad Ismaily (b, Moog, perc, background vo, vo in Urdu)
Ches Smith (ds, perc, electronics, background vo)

予想を大きく上回る迫力のアヴァンロック・ノイズ・ジャズサウンド。ひたすら大音量で流しているだけでも頭が麻痺しカッチョいい。

しかしそれはそれとして、本盤は怒りを充満させたプロテストなのだ。「Pennsylvania 6 6666」では、シャザード・イズマイリーが生まれ育ったペンシルベニアの街の記憶を語る。白人のガキどもに囲まれて、かれらはグレン・ミラーを聴いていたりもして、そんな環境の狂気と疎外感。タイトル曲の「YRU Still Here?」では、中東的なコードに乗せて、「Why you still here?」「Why still here?」と繰り返す。もちろんどこに居てもいいのだ。その腹の中には鬱積した怒りがあっただろう。そして続く「Muslim Jewish Resistance」では、「Muslim Jewish, we say never again!」と、昔から繰り返し使われてきた常套句を。

リボーはこのように話している。排他的な動きのエスカレートに対する警戒とも言うことができる。「"Beyond being a disaster for those deported, imprisoned and living in fear, ICE is building a mass extra-legal prison system into which detainees may disappear without notice, and an armed force of agents who tear apart families and violate international human rights law on a daily basis,” Ribot said. “Does anyone believe that those carrying this out will suddenly refuse to follow orders just because the victims happen to be citizens?”」(『Downbeat』誌、2018/2/22

同様の観点で、ヴィジェイ・アイヤー『In What Language?』(2003年)も参照できるのかな。

10曲目の「Freak Freak Freak On The Peripherique」では、それまでロック的にびしばし叩いていたチェス・スミスがさすがの小技も見せたりしてノリノリ。

できればブルーノート東京の公演に行こう。

●マーク・リボー
ロイ・ナサンソン『Nearness and You』(2015年)
マーク・リボーとジョルジォ・ガスリーニのアルバート・アイラー集(2014年、1990年)
ジョン・ゾーン『Interzone』 ウィリアム・バロウズへのトリビュートなんて恥かしい(2010年)
製鉄の映像(2)(ジョゼフ・コーネル『By Night with Torch and Spear』(1940年代))