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「白きたおやかな峰」北杜夫

2015年08月31日 21時54分39秒 | 読書(山関係)


「白きたおやかな峰」北杜夫

古典にして名作、と言われている。
1965年、著者が医師として参加したカラコルム・ディラン峰遠征を小説風に描いている。
本書を読むと、著者はまるっきり素人、と言うわけでもなさそう。
旧制松本高校在学中(戦時中)に上高地を訪問している。

P85
戦争と隔絶された、特殊な別天地といってよかった。彼はここに三日いて、山を見あげ、白樺の幹を撫で、清流のせせらぐ音に耳を傾け、やがて自分に訪れるであろう死のことを考えて過ごした。上高地じゅうを歩きまわっても、絶えて人に出会わなかった。

P163
(前略)山へゆく奴には、ナルシシズムに似た自己陶酔者、鼻持ちならぬ感傷家、反撥を抱かせるエゴイスト、見せかけに傲慢だったりはっきりと臆病な逃避者だったりする弱虫もたんといた。他の世界のいろんな人間たちと同じことなのだ。いい奴も駄目な奴もいる。優秀な登山家が必ずしも立派な人格者とは限らない。

P166
彼は、自然がこのように空曠に、死に絶えながらも豊穣に、厳然とした大王国を成して存在するのを見るのが嬉しかった。それはちっぽけな人間を拒否し、無視し、あまりに傲然と君臨していた。いかなる人為的なものの浸食をも許そうとせず、太古さながらに聳え、拡がっている大自然を眺めることは、心を突つき、ふしぎに嬉しく戦慄させた。

P179等を読むと、10本爪アイゼンで登っているようだ。
当時既に12本爪はあったと思うが、日本ではまだ浸透していなかったのかもしれない。
1980年に入っても、12本爪は歩くときに引っかけて転ぶから良くない、という論調も少なからずあったように思う。(私の記憶なので、当てにならず)

*1938年、ヘックマイヤーがアイガー北壁を初登したとき、最新装備12本爪アイゼンを使用している。先行パーティ(ハラーとカスパレク)にヘックマイヤーが追いつくのは、彼らがステップを切って登っていたからである。となると、太平洋戦争前から12本爪アイゼンがあったことになる。日本になかなか入ってこなかったか、入ってきてもなかなか導入されなかったと言うことか?先輩方はタニの10本爪アイゼンを大切に使用していたのか?

【蛇足】
本書の題名は口語と文語の混交だと、三島由紀夫氏がクレームをつけたそうだ。言われてみると確かにそうだ。私はこれは、それなりに言いタイトルと思うが、どうだろう?
ただ、P5で、「地球の尾根とわれる大地のむきだしの骨格、カラコルムの重畳たる高峰の群が。」とある。「地球の尾根」でなく、「地球の屋根」ではないか?
どうして、誰も指摘せず、文庫になってもそのままなのか?・・・不思議である。
他にも文章の不具合を感じた。
でも、そんな細かいことをあげつらっても、しかたない。
木を見て森を見ず、である。
やはり、古典にして名作を楽しむ姿勢で読みたいものだ。

【ネット上の紹介】
ひょんなことから雇われ医師として参加することになった、カラコルムの未踏峰ディラン遠征隊。キャラバンのドタバタ騒ぎから、山男のピュアにして生臭い初登頂への情熱、現地人との摩擦と交情…。そして、彼方に鎮座する純白の三角錐とは一体何物なのか…。山岳文学永遠の古典にして、北文学の最高峰。