原題:『幻の湖』
監督:橋本忍
脚本:橋本忍
撮影:中尾駿一郎/斎藤孝雄/岸本正広
出演:南條玲子/隆大介/光田昌弘/長谷川初範/かたせ梨乃/星野知子/関根恵子
1982年/日本
「ワンマン」の功罪
主人公の尾坂道子はトルコ嬢の「お市」として働いている。ストーリーの基は琵琶湖の湖畔を一緒に走っていた愛犬のシロが殺されたことに対する道子の復讐劇であり、そこに過去の因果と未来の祈願を加えたような極めて特異な作風である。決してつまらないものではないが、基本的に道子の怨念が空回りしている感じは否めない。
例えば、道子はシロを刺殺した犯人が有名な作曲家である日夏圭介であることを知り、事務所に行っても会えなかったために、ジョギングをするために自宅から出てきた日夏の後を追って、駒沢オリンピック公園に入った辺りから、倒れるまで走らせてやろうと意気込んで背後から日夏を煽るのであるが、日夏に逃げられてしまうシーンは悪くはない。少々頭のおかしな女性に追いかけられたという程度に日夏が見なしていたと考えられるからであるが、後半になって偶然に客として道子の店に来た日夏を、包丁を片手に再びマラソンで追いかけることになった道子の鬼気迫る形相に対して、追いかけられている日夏が、東京の場面と同様に、道子に殺されようとしている危機感が全く無く、一度も後ろを振り返ることもなく人に助けを求めることもなく呑気に走っているシーンは明らかに演出ミスである。その後に、ようやく日夏に追いついた道子が、そのまま持っている包丁で日夏を刺すことなく、一度、日夏を追い越して「勝ったわよ、シロ」と叫んでしまうシーンにも違和感が残る。長尾正信の話を信じるならば、道子が日夏を追いかける目的はマラソンに勝つことではなくて、白装束で葛篭尾崎で逆さに吊られて湖に落とされた、小谷城のお市の方に仕える侍女のみつの生まれ変わりであるシロの復讐であり、みつを溺死させた犯人は、やがて日夏圭介として現代に生まれ変わった武士だったからであるが、そもそもニッパーを企業のトレードマークにしているビクターからレコードを出している日夏が何のためらいもなく白い犬を殺すことも設定が合っていないと思う。
スペースシャトルで宇宙に出た長尾正信の行動も中途半端で、琵琶湖の水が枯れ果てて「幻の湖」になっても琵琶湖の出来事が忘れられないように、琵琶湖の上空の位置に鎮魂の笛を置くのである。ここだけを真面目に捉えても仕方がないのではあるが、琵琶湖が無くなっても話を風化させないためというのであるならば、地上から笛が見えなければならず、もちろん物理的に地上から小さな笛が見えるはずはなく、せめて笛の音色で伝説を残すために、船外でも笛を吹き続けるくらいの気概を長尾に示してもらいたかった。
おそらく橋本プロダクションによる制作で、原作・脚本・監督も橋本忍が担っていたために、製作に名を連ねている野村芳太郎でさえも演出上の問題点を指摘できなかったことが本作の失敗の原因になっていると思われるが、当初は4時間ぐらいの上映時間だったらしい完全版が存在するならば是非観てみたいものである。