定年後 - 50歳からの生き方、終わり方 (中公新書) | |
楠木新 | |
中央公論新社 |
22万部を突破したというベストセラー、楠木新(くすのき・あらた)著『定年後~50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)を読んだ。著者の楠木さんは私とほぼ同年代の元サラリーマンなので、言いたいことがビンビン伝わってくる。本書の帯には、
終わりよければすべてよし 自営業などを除けば誰もがいつか迎える定年。社会と密接に関わってきた人も、組織を離れてしまうと、仕事や仲間を失って孤立しかねない。お金や健康、時間のゆとりだけでは問題は解決しない。家族や地域社会との良好な関係も重要だ。第二の人生をどう充実させたらよいか。シニア社員、定年退職者、地域で活動する人たちへの取材を通じ、定年後に待ち受ける「現実」を明らかにし、真に豊かに生きるためのヒントを提示する。
Amazonの「内容紹介」には、
人生80年が当たり前になった今、長い自由時間をどう活かすべきか。
ライフサイクル的な視点から定年後の「傾向と対策」を考察する。
【目次】
プロローグ 人生は後半戦が勝負
経済的な余裕だけでは足りない / 終わりよければすべてよし …ほか
第1章 全員が合格点
定年退職日は一大イベント / 定年退職か、雇用延長か / 隠居と定年の相違点 …ほか
第2章 イキイキした人は2割未満?
名前を呼ばれるのは病院だけ / クレーマーは元管理職が多い? / 米国の定年退職者も大変 …ほか
第3章 亭主元気で留守がいい
日本人男性は世界一孤独? / 名刺の重み / 主人在宅ストレス症候群 …ほか
第4章 「黄金の15年」を輝かせるために
会社員人生の2つの通過儀礼 / 8万時間の自由、不自由 / 一区切りつくまで3年 …ほか
第5章 社会とどうつながるか
ハローワークで相談すると / 得意なことに軸足を移す / 100歳を越えても現役 …ほか
第6章 居場所を探す
自ら会合を起ち上げる / 同窓会の効用 / 家族はつらいよ? …ほか
第7章 「死」から逆算してみる
お金だけでは解決できない / 死者を想うエネルギー /「良い顔」で死ぬために生きている …ほか
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
楠木/新 1954年(昭和29年)、神戸市に生まれる。京都大学法学部卒業。大手生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長等を経験。勤務と並行して、大阪府立大学大学院でMBAを取得。関西大学商学部非常勤講師を務め、「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年、定年退職。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表、神戸松蔭女子学院大学非常勤講師
《第4章 「黄金の15年」を輝かせるために》に、こんなくだりがあり、思わず膝を打った。
会社組織で長く働いていると、人生で輝く期間は役割を背負ってバリバリ働く40代だと勘違いしがちである。しかしそれは社内での役職を到達点と見る考え方であり、本当の黄金の期間は60歳から74歳までの15年なのである。60歳にもなれば生きるうえでの知恵も蓄積されている。この15年を活かさない手はないのだ。(本書111ページ)
私もまさに「黄金の15年」のまっただ中にいる。頭も体も元気だし、何しろ今まで培った人脈がある。当然のことながら、今が人脈のピークである(毎日増え続けている)。また本書のプロローグには、
私が「定年後」について関心を持ってから15年になる。実は47歳の時に会社生活に行き詰って体調を崩して長期に休職した。その時に、家でどう過ごしてよいのかが分からなかった。(中略)私は休職した時に、自分がいかに会社にぶら下がっていたかを痛感した。同時に、個性や主体性の発揮は他人がいて初めて成立するものであって、独りぼっちになれば何もできないことを学んだ。(本書「プロローグ 人生は後半戦が勝負」)
長時間かけて社員全員が朝の9時なり10時なりにオフィスに集まるということ自体、すごいシステムなのだとよく分かったのである。当時は40代後半だったので、まだまだ定年後までは考えが及んでいなかった。しかしこのままでは退職後は大変なことになるだろうという予感は十分すぎるくらいあった。(同)
経験者はお分かりだろうが、会社というところは居心地のいいところだ。「第3章 亭主元気で留守がいい」には、「会社は天国?」というくだりがある。
会社に行けば人に会える。昼食を一緒に食べながらいろいろな情報交換ができる。若い人とも話ができる。出張は小旅行、接待は遊び。歓迎会、送別会でみんなと語り合える。遊び仲間、飲み友達もできる。時には会社のお金でゴルフもできる。規則正しい生活になる。上司が叱ってくれる。暇にならないように仕事を与えてくれる。おまけに給料やボーナスまでもらえる。(本書79ページ)
スーツを着ればシャキッとする。会社は家以外の居場所になる。などなど挙げていけばいくらでも出てきた。もちろん冗談で言い合っていたのだが、本質を突いているところもある。会話の中では、身も心も会社組織に埋め込んでしまうからいけないのであって、一定の距離を置いて接すれば会社ほど有意義で面白い場所はないとの結論に落ち着いた。(同)
こんな計算式まで登場し、私も共感した。
社会とつながる力=X(自分の得意技)×Y(社会の要請や他人のニーズ)
Xの部分は、組織での仕事の延長線上でも対応できるので、会社員の比較的得意な分野だと言えよう。しかしY(社会の要請や他人のニーズ)をつかむことは簡単ではない。もともと言葉などでは言い表せない微妙なもので把握もしにくい。
以前、「自己啓発がブーム」という話をブログで紹介した。自己啓発に熱心な人は「X」を磨いているわけだがそれでは不十分で、社会のニーズである「Y」をちゃんと見極めなければ空振りに終わるのだ(いつまで経っても社会とつながれない)。これは鋭い指摘である。
22万部を突破する本だけあって、共感できるところが多い。以下に、ZUU onlineのサイトに出ていた本郷宏治氏(ジャーナリスト、書評ライター)の書評全文を貼り付けておく。
『定年後』心配の本質は孤独感 現役時の成功は持ち越せない【書評】
誰もが迎える会社定年の日
サラリーマンとして会社に勤めている人なら、仕事上の定年はいずれ到来する。その後の人生をどのように充実して過ごすか。日本人の寿命が伸びているいま、どう対処すればよいのかという不安を持つ人が多くいても不思議ではない。
あらゆる分野で先行きが不透明な時代に、何か指南本を求めたいと思う人もいるだろう。そうした人の心をとらえているのが中公新書の『定年後』である。
■定年後、サラリーマンは「行き場」がなくなる
著者の楠木新氏は、サラリーマンの生き方や働く意味をテーマに取材、執筆活動に取り組むキャリアコンサルタントである。著書に『人事部は見ている。』『経理部は見ている。』(ともに日経プレミア新書)、『左遷論』(中公新書)などがある。
『定年後』は今年4月の発売以来、9月末現在でこれまで約22万部突破したベストセラーである。主に40代から60代前半の年代層を中心に幅広く読まれているというこの本は、楠木さん自身の経験がもとになっている部分も含まれる。
大手生命保険会社に勤めていた楠木さんは、47歳で会社生活に行き詰まり、体調を崩して長期休職した経験がある。急に会社に行かなくなると、書店と図書館とスーパー銭湯以外に足を運ぶところがなく、自分がいかに会社にぶらさがっていたかを感じた――と本書で心情を吐露している。定年後の人生を「予行演習」したことで、定年後の生き方に興味をもち、いろいろな人に話を聞いたことが本書の出発点になっている。
定年後の心配の本質は、組織を離れてしまうと仕事や仲間を失って孤立しかねないという孤独感である。会社一辺倒の人生を送っている傾向が強い日本のサラリーマンにとって会社という「行き場」がなくなるという喪失感が何より大きいのである。それは多くの人が共感するところであろう。
■若い時の成功は定年後には持ち越せない
本書に特徴的なキーワードがある。「黄金の15年間」「人生後半戦が勝負」という言葉である。「黄金の15年間」というのは、60歳を定年の時期とすると、おおむね70歳半ばごろまでは誰の介助も受けずに過ごすことができ、家族の扶養義務もなくなって、自分の裁量で行動できる時間となる。この15年が人生後半戦を左右するという。
さらに本書は、会社で役職に就くなどしていても、若い時の成功や活躍は定年後には持ち越せずいったんゼロになり、そこからの新しい展開が待っていること。そして60歳で退職したとしても、その後の人生の時間は実に8万時間もあると指摘する。そうした時間をどう充実させるか。著者は「終わりよければすべてよし」を目指して行動すべきだと主張する。
本書では、著者が定年退職した人を取材したところ、イキイキしている人は必ずしも多くなく、実は自由になった時間をもてあまし、やることがなくて困っているという事例も多く紹介されている。著者自身の経験でもあるのだが、会社では名前を呼ばれていたのに、定年退職し、無所属の時間を過ごしていると誰も自分の名前を呼んでくれず、病院でしか呼んでくれないという笑えないエピソードも紹介されている。
■定年後も社会につながるためのアドバイス2つ
こうした状況に陥らないように社会とつながりを保つにはどうすればよいのか。本書では主体的な意思や新たな生き方を見いだすために、50代から「定年後」を検討するのが妥当だと指摘する。それには、会社在職中の50代で何らかの形で走り出しておいたほうがいいというアドバイスである。
特に印象的なのは定年後も社会につながっているために、(1)何に取り組むにしても趣味の範囲にとどめないで、報酬をもらえることを考えるべき、(2)自分の向き不向きを見極め、自分の個性で勝負できるものに取り組む――という2つの助言である。
世の中で働く多くの人にとって必ずやってくる定年とその後の長い人生。それを充実したものにするために参考となる、多くの示唆に富む一冊である。(本郷 宏治、ジャーナリスト、書評ライター)
ご興味を持たれた方は、ぜひご一読を!