tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

石のカラト古墳の謎に迫る!セミナーは10月24日(水)、高の原で開催(2012Topic)

2012年09月20日 | お知らせ
「石のカラト古墳」(奈良市神功町、京都府木津川市)は、平城ニュータウン建設に伴う発掘調査で明らかになった古墳である。奈良検定のテキスト『奈良まほろばソムリエ検定 公式テキストブック』(山と渓谷社刊)の「石のカラト古墳」によると《奈良県と京都府の府県境に位置する上円下方墳。一辺一三・八㍍の下方部と、直径九・七㍍の上円部からなる。発掘調査により、その築造過程と内部構造とが明らかとなった》。
※トップ写真は木津川市のホームページ「石のカラト古墳」より拝借

《まず、古墳の築造前に切土・盛土により平坦面を造成し、礫(れき=小石)を敷き詰める。その後、横口式石槨を設け、最後に墳丘を築く。墳丘は土嚢積みの版築工法によって築かれており、葺石(ふきいし)がこれを覆う。おもな出土遺物には銀装大刀の刀装具、金製玉・銀製玉・琥珀玉、金箔、棺の一部とみられる漆片、土器がある。築造時期については諸説あるが、大まかには平城京への遷都前後と考えられている》。

木津川市のHPによると《木津川市と奈良市の境の標高112mの丘陵緩傾斜面に築造された上円下方墳で、国の史跡名勝天然記念物に指定されています。昭和54年(1979年)に、ニュータウン建設に先立って奈良国立文化財研究所によって発掘調査がおこなわれました。下の方形部は、一辺13.8m・高さ1.36m、上の円形部は、径9.2m・高さ1.55mで、高松塚古墳石室の退化した横口式石室を内部主体としています。立地から平城京遷都に関係する皇族の墓ではないかといわれています。現在築造当時の姿を復原し、公園として整備しています》。

10月24日(水)、近鉄高の原駅前の南都銀行平城支店ロビーで、以下のとおり無料のセミナーが開催される。パンフレットによると
 
奈良大学との産学連携ロビーセミナーのお知らせ
     
1.日  時:平成24年10月24日(水)午後4時00分から5時30分(90分)
2.演  題:「石のカラト古墳の謎に迫る!」
※昭和54年、平城ニュータウンの建設計画に伴い、初めて発掘調査が実施された『上円下方墳』です。この古墳について、高松塚古墳との関係を中心にやさしく解説していただきます【カラトとは唐櫃(からびつ)のことです】。
3.講  師: 白石 太一郎氏(元奈良大学文学部教授、大阪府立近つ飛鳥博物館館長)
研究課題:考古学による日本の古代国家・古代文化形成過程の解明を目指す         
主な著書:『古墳とヤマト政権(文春新書)』『考古学と古代史の間(ちくま文芸文庫)』
社会的活動:国立歴史民俗博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授
毎日出版文化賞選考委員、日本考古学会評議員
4.場  所 : 南都銀行平城支店ロビー(奈良市右京1-4 サンタウンプラザひまわり館1階)
5.定  員 : 30名(先着順)
申込方法:平城支店に備え付けの申し込み用紙に必要事項をご記入いただき、同支店の窓口に提出してください。南都銀行 平城支店 担当 下村・片山 TEL.0742-71-1011


講師の白石太一郎氏は《邪馬台国畿内説支持派。邪馬台国の時代の土器の移動に関する研究から神武東征伝説については、史実ではなかった可能性を指摘している。箸墓古墳の被葬者を卑弥呼に比定し、古墳が造られた年代順から天理市の西殿塚古墳を台与の墓であると考察している》(Wikipedia)。今回のセミナーでは、高松塚古墳との関係を中心に、この古墳を解説していただけるという。

このセミナーは、先着30名限定である。電話による申し込みも可能だそうだから、参加ご希望者は、ぜひお急ぎいただきたい。

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記紀・万葉ウォーク~観光ボランティアガイドと歩く・なら~にご注目を!(2012Topic)

2012年09月19日 | お知らせ
県庁をお訪ねした際、「記紀・万葉ウォーク~観光ボランティアガイドと歩く・なら~」というきれいなパンフレットをいただいた。県(ならの魅力創造課)の報道資料によると

記紀・万葉ウォーク ~観光ボランティアガイドと歩く・なら~ を開催します!

奈良県では、古事記完成1300年の平成24(2012)年から、日本書紀完成1300年の平成32(2020)年までの9年間、古事記、日本書紀、万葉集に代表される歴史素材を活用した「記紀・万葉プロジェクト」を推進しています。

このプロジェクトの一環として、平成24年9月から平成25年2月までの期間、「記紀・万葉ウォーク~観光ボランティアガイドと歩く・なら~」を開催します。県内各地の観光ボランティアガイドよりすぐりの全12コースで、日本文化の源流ともいえる記紀・万葉のふるさとをめぐります。地元ガイドな
らではの話を聞きながら、本物の古代と出会う奈良の歩き旅をご一緒に楽しんでみませんか。

【実施コースのご紹介】
No.01 巨勢の道 史跡めぐり
No.02 壬申の乱・万葉紀行~阿騎野から猟路の池~
No.03 古事記の里・稗田阿礼を訪ねる
No.04 古事記の里・太安万侶を訪ねる
No.05 万葉・日本のふるさと みやけ古墳群と太子道をめぐる歴史ウォーク
No.06 めざせ長屋王邸!「片岡進上」木簡ウォーク
No.07 あなたに見せたい斑鳩がある~秋の三塔巡り~
No.08 ~大津皇子の命日~悲劇の皇子、大津皇子を偲んで歩く
No.09 伊波礼毘古(いはれびこ)が国津神と出会った吉野を歩く
No.10 古代豪族・物部氏の里を歩く
No.11 万葉歌碑に誘われて(春日野)
No.12 「万葉集に詠われる遥か紀伊国へ至る道~紀路」を歩く


パンフレットのPDFデータは、こちらに出ている。興味深いコースがずらり勢揃い、よくこんなにたくさんプランニングできたものだ。これこそが「着地型観光」である。しかも、ほとんどが参加費無料・申し込み不要である(参加費要といってもバス代500円とか、希望者のみ拝観料1,000円負担という程度)。土日祝が中心だが、平日開催のコースもある。記紀だけでなく、万葉集にも目配りできているところがいい。

名前を聞いたことがなかった三宅ボランティアガイドの会(万葉・日本のふるさと みやけ古墳群と太子道をめぐる歴史ウォーク)とか、河合町観光ボランティアガイドの会(めざせ長屋王邸!「片岡進上」木簡ウォーク)が頑張っているのも、とても頼もしい。

スタートが最も早いのは御所市観光協会(0745-62-3346)の「巨勢の道 史跡めぐり」(No.01)で、9/27(木)、安楽寺塔婆、新宮山古墳、巨勢寺跡、阿吽寺、川合八幡神社、水泥(みどろ)古墳をめぐるというマニアックなコースである。

これから2月までの5か月の間に、12本ものガイドウォークを楽しめるというのは、とても有り難いことだ。皆さん、奮って「記紀・万葉ウォーク~観光ボランティアガイドと歩く・なら~」にお申し込みください!




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川上村が「小さな大自然」(BSフジ)に登場、9月20日オンエア!(2012Topic)

2012年09月18日 | お知らせ
9月20日(木)、川上村がBSフジの「小さな大自然」で、「原始の森に抱かれて」(第23回)として紹介される。川上村・森と水の源流館事務局長の尾上忠大さんから、こんなメールをいただいた。

7月に講演会で、川上村までお越しいただいたネイチャー・フォトグラファの内山りゅうさん。その後も、川上村の大自然に関心をお持ちいただき、8月の終わりにテレビの自然紀行番組で、再び川上村を訪ねていただきました。内山さんが局側に、「ぜひ、川上村の自然や、村の取組みを紹介したい」とずいぶん推薦していただいたそうです。



3日間にわたる川上村での撮影。川上村役場の若手職員もお手伝いし、特殊な機材、装備で、淵や滝壺に潜っての撮影が行われました。内山さん曰く「奇跡のような、神秘的な映像が撮れてます」とのこと。私たちも、楽しみに待ち続けていましたが、いよいよ、今週、放送です。

BSフジ 「小さな大自然」 
9月20日(木)19:00~19:55


川上村だけでの構成です。(一部レギュラーコーナーを除く)。どんな映像が見られるのか。みなさまも、お見逃しなく!!



写真はすべて、「小さな大自然」のホームページから拝借

番組HPの「みどころ」によると《益田アナがやってきたのは、奈良県川上村。ここで再会するのは『なるほど!ザ・ニッポン』で、和歌山の水辺の自然を一緒に楽しんだ内山りゅうさん。今回は、ライフワークとして淡水魚など水辺の生き物の撮影している内山さんの案内のもと、吉野川の源流のひとつ、中奥川の生き物探しを楽しむ》。



《さらに、源流ならではの生き物の特徴や、周辺の森について内山さんに話を聞く。奥山英治さんと益田アナの軽妙なトークで展開する『隣りの生きもの通信』では、キリギリスを紹介。「キリギリスは玉ねぎで釣れる」というにわかには信じがたい先人の言葉を実証する》。

私も先日、川上村の源流の森を再訪したばかりである。森を渡る新鮮な空気、透きとおった水、せせらぎの音、ふかふかした苔の手ざわりと、町に住んでいては味わえない大自然の素晴らしさを体感してきた。「あまごプール」と名づけられた川淵では、アマゴが泳いでいた。

川上村は自然ばかりでなく、歴史遺産にも恵まれているて、10/21(日)には、『古事記』をテーマに三浦佑之氏による「古事記にうつる源流の郷(くに)」という講演会も開催される。

この素晴らしい川上村がまるごと1時間満喫できる「小さな大自然」、ぜひご覧ください!
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大和今井を歩く(奈良検定・体験学習プログラム)に参加しませんか?(2012Topic)

2012年09月17日 | お知らせ
奈良検定(奈良まほろばソムリエ検定)の「体験学習プログラム」は、検定2級合格者が1級を受験する際の要件であるが、1級を受験しようとする人だけでなく、すでに2級以上に合格している人なら、誰でも参加できる。
※トップ写真は、奈良女子大学向け研修の様子(11.9.8撮影)

10月8日(月・祝)、「大和今井を歩く~中世の町並みが残る今井町(重伝建地区)の歴史を見る、食べる」というプログラム(ガイドウォーク)が実施される。一昨年始めて実施され、好評を博しているプログラムである。現時点でまだ定員(40人)に達していないため、申し込みできるとのことだ。

奈良商工会議所制作の「実施要項」によると《今井町は、1993年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された江戸時代の寺内町の景観が残る貴重な町並みで、この町の保存にかける人たちの歴史への思いや、もてなしの心を今井町町並み保存会の案内で見て、食べて体感していただきます》。

10:00に今井まちなみ交流センター(華甍)に集合。重伝建・今井町をガイドつきで歩く。昼食は重要文化財の町家でいただく「大和今井の茶粥」。茶粥は昔ながらのかまど炊きで、器は赤膚焼、米は飛鳥の棚田米、水は天川のごろごろ水、梅干しは広橋梅林(下市)の梅と、大和の名品を揃えた美味しい茶粥である。午後は呈茶、名工の実演、町並み散歩のあと解散は順明寺で15:00を予定。参加費用は昼食代、ガイド代、見学料すべて込みで@4,500円である。私も以前、このコースをご案内いただいたことがある。当ブログの「今井町で学ぶもてなしの心」PARTⅠPARTⅡをご覧いただきたい。

「大和今井を歩く」に参加ご希望の方は、奈良検定事務センター(体験学習専用)まで、お早めに電話でお申し込みいただきたい。電話番号は 0742-23-1610(9:30~17:00 ただし土日祝は休み。先着順)。
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奈良交通・古事記をめぐるバスツアー「畝傍コース」、やじうま同乗記

2012年09月16日 | 奈良検定
いよいよ昨日(9月15日)から、「まほろばソムリエと行く!『古事記』をめぐるバスツアー」(旅行企画・実施=奈良交通、協力=奈良まほろばソムリエ友の会)がスタートした。全6コース(各コース2回実施)で、コース内容は、

パートⅠ(パンフレットはこちら、HPはこちら
(1)畝傍・香久山山麓に伝わる愛と絆の物語をたどる(@5,800円)
■平成24年9月15日(土)、23日(日)

(2)古事記成立の立役者!太安萬侶と稗田阿礼ゆかりの地をゆく(@5,800円)
 ■平成24年10月14日(日)、28日(日)
(3)葛城山麓に鎮座する神々と出会う(@6,000円)
 ■平成24年11月4日(日)、10日(土)



橿原神宮(後方は畝傍山。写真はすべて9/15に撮影)

パートⅡ
(4)神武東征の軌跡をたどる(@5,800円)
 ■平成24年12月1日(土)、16日(日)
(5)御所・葛城に黎明期の大和を訪ねる(@5,800円)
 ■平成25年3月10日(日)、17日(日)
(6)悲劇の英雄・ヤマトタケルの生涯に迫る(@5,800円)
 ■平成25年3月24日(日)、30日(土)


橿原神宮参道で

すべてのコースに昼食がつき、奈良交通の添乗員さん(1名)と奈良まほろばソムリエ(2名)が同行する。「これはぜひ訪ねなければ」と、9月15日の「(1)畝傍・香久山山麓に伝わる愛と絆の物語をたどる」コースに参加した。橿原市内をめぐるコースである。現地ガイドは、奈良まほろばソムリエの亀田幸英さん(午前の部)と前田昌善さん(午後の部)。どちらも橿原市在住のジモティである。

当日は最高気温が32℃という真夏日になったが、ご参加者全員、楽しく橿原市内の古事記ゆかりの地をめぐってきた。「まほろばソムリエと行く!」というキャッチコピーが効いたのか、「奈良まほろばソムリエ合格をめざしています」という方も、結構いらっしゃった。以下、当日の配布資料に基づき、ツアーの様子を紹介する。


向かって右端が亀田幸英さん、その左が前田昌善さん。できたばかりの制帽をかぶっている

1.橿原神宮(橿原市久米町)
 祭神:神武天皇、皇后媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ、日本書紀)。
神武天皇は、天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)より4代目にあたり、第1代天皇の位につき、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと、古事記)、神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと、日本書紀)、ともいわれる。皇后の媛蹈鞴五十鈴媛は、比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ、古事記)ともいわれ、「古事記」では大物主命、「日本書紀」では事代主命の姫神である。
<神武東征の物語と丹塗り矢型神婚説話がある>
由緒:明治23年(1890)3月、橿原神宮と名付けられ、官幣大社。明治天皇より京都御所の賢所(現在本殿)と神嘉殿(旧神楽殿、現在の神楽殿は平成8年再建)を賜る。昭和15年、紀元2600年記念大祭斎行。境域約16万坪の整備拡張事業には全国から延べ約121万人が勤労奉仕。約8万本の樹木が献木された。
最も重要な祭典:2月11日の紀元祭。



2.神武天皇陵(橿原市大久保町)
陵名:畝火山の北の方の白檮尾上(カシノヲノヘ 古事記)、畝傍山東北陵(うねびやまうしとらのみささぎ、日本書紀)
形式:円丘。周囲100m、高さ5.5m
領域:東西500m、南北400m
文久年間(1861~64)の修復時にきわめて大がかりな工事が施され、その後昭和15年の皇紀2600年に至るまで何度か整備工事実施。


神武天皇陵

神武陵は古事記、日本書紀、延喜式の文献に明確に記録されている。夫々の時期に神武陵とされていた場所が存在していた。江戸時代の探索においても以下の3か所の有力候補地があった。
①現在第2代綏靖天皇陵の「塚山」。
②現在の神武陵の領域内の「丸山」も丘陵上に位置することから「古事記」にある「白檮尾上」の記述と一致するとして候補になったこともある。
③最終的に「神武田」と呼ばれていた現在地にあった小丘に決定され今日のように整備された。



綏靖天皇陵。右端の制帽は、小北さん(「奈良まほろばソムリエ友の会」会長)

3.綏靖天皇陵(橿原市四条町)
陵名:衝田崗(つきたのをか、古事記)、桃花鳥田丘上陵(つきだのおかのえのみささぎ、日本書紀)
御名:神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと、古事記)、神淳名川耳尊(かむぬなかわみみのみこと、日本書紀)
<夫を裏切ってでも子を思う母親の気持ちが伝わる物語がある>

※注:綏靖(すいぜい)天皇は、第2代天皇。桃花鳥(つき)とは、特別天然記念物のトキ(朱鷺)のことである。翼や尾羽が淡紅色なので「桃花鳥」という名がついた。


ほうらんやの里山弁当(1,050円)

このあと、かしはら万葉ホール5階の「奈良の里山料理 ほうらんや」でランチタイムとなった。同店は県の「眺望のいいレストラン」に選ばれている。写真はこの日いただいた里山弁当(1,050円)。同店のHPによると《当店名物【里山弁当】揚げたて天婦羅やこだわり野菜の炊合せなど、季節ごとの味覚を楽しんでいただける数量限定、当店の名物ランチ。季節のお料理を楽しんでいただくため毎月、献立が変わります》とある。


鷺栖神社

4.鷺栖神社(さぎすじんじゃ、橿原市四分町)
祭神:(右殿)天児屋根命(中臣氏の祖神)春日神(中殿)誉田別命(15代応神天皇・品陀和気命)八幡神 (左殿)天照皇太神
社格:旧郷社
由緒:境内の由緒略記によると第11代垂仁天皇の皇子の本牟智和気王(ほむちわけのみこ)が出雲大社にご参拝の折、ここに立ち寄られたことになっているが、古事記ではお供の曙立王(あけたつのみこ)の話として語られている。
<垂仁天皇の父親としての愛情が伝わってくる物語がある>
藤原京以前の旧社。中古より鷺栖八幡と称せられていたとのこと。
社殿:本殿流れ造り、拝殿土蔵、社務所。万葉歌碑あり。



畝尾都多本神社の拝殿。「下見に行ったら蚊が多かった」という事前情報により、
奈良交通さんは虫よけスプレーを用意されていた。おかげで刺されなかった


畝尾都多本神社のご神体は、この井戸である(これ以上は近づけない)

5.畝尾都多本神社(うねおつたもとじんじゃ、橿原市木之本町)
祭神:啼沢女命(なきさわめのみこと)
社格:旧村社
由緒:創建年代不詳、古事記上巻に「坐香山之畝尾木本、名泣澤女神」、万葉集より持統10年(696年)には存在していたと思われる。
社殿:本殿はなく、井戸をご神体とする。祝詞舎,拝殿、絵馬殿、社務所。
境内社:八幡神社、厳島神社、稲荷神社。古来この神社の境内全体を「泣沢の森」といい、「埴安の池畔」にあって水神だった。万葉歌碑あり。
<イザナキノミコトの妻を失った夫の悲しみが伝わる物語がある>

※注:啼沢女の神は、イザナミの死を悲しんで泣いたイザナキの涙から生まれた神さまである。


天岩戸神社拝殿


天岩戸神社では、巨石がお祀りされている

6.天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ、橿原市南浦町)
祭神:天照皇大神
由緒:記紀にみられるアマテラスオオミカミの岩戸隠れされた所と称し、今も巨石4個があってオオミカミの幽居した所と伝える岩穴をご神体とし、神殿はなく、拝所のみという古代人の原始的なお祀りの形を残す。
<天の岩屋戸の物語がある>





天香山神社拝殿


天香山神社本殿

7.天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ、橿原市南浦町)
祭神:櫛真神(くしまのかみ)
社格:旧村社
由緒:神武天皇紀に「天香山社」
社殿:本殿春日造、拝殿、神饌所、手水舎、社務所。
境内社:春日神社、八幡神社
日本書紀の「神武東征」物語に出てくる天香具山の「赤埴(あかはに)聖地」の碑あり。また、古代の占いに使われたという「波波迦の木(ははかのき)」もある。本殿裏に磐座と考えられている岩がある。万葉歌碑あり。



本殿裏にある磐座(いわくら)


天香山神社境内の万葉歌碑。「久方の天の香具山この夕べ 霞たなびく春立つらしも」(柿本人麻呂)。
末永雅雄氏の揮毫。「下見に来たら泥まみれだったので、文字のところを洗っておきました」(前田さん)

8.国見の丘(香具山中腹)
34代舒明天皇が国見をした所。大和の国見の歌碑や、「白埴聖地」の碑もある。佐佐木信綱の歌碑もある。展望は抜群。


国見の丘で(トップ写真とも。眺望がよく耳成山も見渡せる)

それにしても、行き届いたガイドであった。座って話が聞ける場所をあらかじめ用意されたり、古地図や花の写真など具体的に目に見えるツールを準備されたり、虫除けスプレーをの必要性を指摘されたり、泥だらけの石碑を洗っておかれたり…。ジモティ(地元住民)ならではの繊細な気配りの感じられるガイドぶりだった。


香具山の麓では、ホテイアオイが咲いていた

私は「(3)葛城山麓に鎮座する神々と出会う」「(5)御所・葛城に黎明期の大和を訪ねる」「(6)悲劇の英雄・ヤマトタケルの生涯に迫る」の3コースをガイドするのだが、こんなに上手にガイドできるか、心配になってきた。もう一度下見に行かなければ…。

このバスツアー、「(1)畝傍・香久山山麓に伝わる愛と絆の物語をたどる」の9/23実施分はすでに満席、「(2)古事記成立の立役者!太安萬侶と稗田阿礼ゆかりの地をゆく」の10/14実施分と「(3)葛城山麓に鎮座する神々と出会う」の11/4実施分は残席わずかだが、他はまだ余裕があるので今からでも十分申し込める。お申し込み・お問い合わせは、奈良交通総合予約センターへお電話いただきたい。土・日・祝も受付されている(10/14と11/4ご希望の方は、ぜひお早めに)。こんなに充実したツアーなのに昼食つきで@5,800円~6,000円とは、激安である。
℡ 0742-22-5110

ここへ来て県下でも『古事記』に関する様々なイベントが行われ、いよいよ「古事記ブーム」の様相を呈してきた。皆さん、この機会にぜひ「まほろばソムリエと行く!『古事記』をめぐるバスツアー」に参加され、ご自分の目でゆかりの地をシッカリと見てきていただきたい。



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