恒例の田原本町の祇園まつり、今年(2017年)は7月22日(土)・23日(日)に開催される。田原本町のHPによると、
※写真はいずれも津島神社。2010.9.5撮影
五穀豊穣、悪疫退散を祈り、毎年7月に行われる津島神社の例祭で、通称「祇園さん」で親しまれている。「大和の大坂」と呼ばれるほどの豊かな財力をもとに、古くから盛大に行われてきた。今も中和地方最大の夏祭りとして、近隣各地から集まった人々で賑わう。
開催日 7月17日以降の土曜日・日曜日の2日間
※平成29年は7月22日(土曜日)・23日(日曜日)の開催
場所 津島神社 イベント広場とその周辺
田原本町に関する情報サイト「ココシルたわらもと」によると、
神仏分離以前は祇園社といわれ、現在も夏に盛大な祇園祭が催されることもあり、地元では「祇園さん」の愛称で親しまれています。現在、祭神は素戔鳴命、櫛名田姫命、誉田別命、天児屋根命などとなっていますが、本来は牛頭天王を祭神とする田原本村の産土神だったと考えられます。このため、領主平野家の本貫地である尾張国津島にあった津島社も祭神を牛頭天王とすることから、明治2年に社名を津島神社と改めました。
なお「牛頭天王(ごずてんのう)」とは『日本国語大辞典』によると、
京都祇園社(八坂神社)や尾張津島大社などの祭神。もと祇園精舎の守護神といわれ、薬師如来、さらに素戔嗚命(すさのおのみこと)の垂迹(すいじゃく)という。祇園天神。
つまり、牛頭天王は素戔嗚命の化身なので、ざっくりいうと「牛頭天王=素戔嗚命」。田原本の津島神社はもともと牛頭天王をお祀りしていたが、明治維新で天皇を中心とした国家体制ができたことで「天王」の名(天皇とまぎらわしい)をはばかってご祭神を牛頭天王から「素戔嗚命」に変更し、社名も津島神社に改称した(「祇園社」のままだと、ご祭神が牛頭天王になる)、ということのようだ。あー、ややこしい。このあたりのことは以前、当ブログで「どちらの祇園さん?」という記事にしたので、詳しくはそちらをお読みいただきたい。
お祭りでは、楽しいアトラクションが披露され、屋台もたくさん出る。ぜひ今年も「中和地方最大の夏祭り」、田原本町の祇園まつりに足をお運びください!
※写真はいずれも津島神社。2010.9.5撮影
五穀豊穣、悪疫退散を祈り、毎年7月に行われる津島神社の例祭で、通称「祇園さん」で親しまれている。「大和の大坂」と呼ばれるほどの豊かな財力をもとに、古くから盛大に行われてきた。今も中和地方最大の夏祭りとして、近隣各地から集まった人々で賑わう。
開催日 7月17日以降の土曜日・日曜日の2日間
※平成29年は7月22日(土曜日)・23日(日曜日)の開催
場所 津島神社 イベント広場とその周辺
田原本町に関する情報サイト「ココシルたわらもと」によると、
神仏分離以前は祇園社といわれ、現在も夏に盛大な祇園祭が催されることもあり、地元では「祇園さん」の愛称で親しまれています。現在、祭神は素戔鳴命、櫛名田姫命、誉田別命、天児屋根命などとなっていますが、本来は牛頭天王を祭神とする田原本村の産土神だったと考えられます。このため、領主平野家の本貫地である尾張国津島にあった津島社も祭神を牛頭天王とすることから、明治2年に社名を津島神社と改めました。
なお「牛頭天王(ごずてんのう)」とは『日本国語大辞典』によると、
京都祇園社(八坂神社)や尾張津島大社などの祭神。もと祇園精舎の守護神といわれ、薬師如来、さらに素戔嗚命(すさのおのみこと)の垂迹(すいじゃく)という。祇園天神。
つまり、牛頭天王は素戔嗚命の化身なので、ざっくりいうと「牛頭天王=素戔嗚命」。田原本の津島神社はもともと牛頭天王をお祀りしていたが、明治維新で天皇を中心とした国家体制ができたことで「天王」の名(天皇とまぎらわしい)をはばかってご祭神を牛頭天王から「素戔嗚命」に変更し、社名も津島神社に改称した(「祇園社」のままだと、ご祭神が牛頭天王になる)、ということのようだ。あー、ややこしい。このあたりのことは以前、当ブログで「どちらの祇園さん?」という記事にしたので、詳しくはそちらをお読みいただきたい。
お祭りでは、楽しいアトラクションが披露され、屋台もたくさん出る。ぜひ今年も「中和地方最大の夏祭り」、田原本町の祇園まつりに足をお運びください!