【皇居外苑・満開の桜】
今朝も麗しの磐梯、朝日に稜線がくっきりと美しい。連なる雄国の山並みに続いて、遙かに堂々と飯豊が見える。毎日が麗しい会津盆地の朝の始まりだ。
早朝の高速バスで今年初めての大学病院での検診を受けに上京した。
東京に近づくにつれ、沿線に桜が目立つようになっていった。街中にも、ビルの間の公園、路地の街路樹、河川の畔と、実に桜が多いことに気づいた。
前泊の今日は丸の内の出光美術館と皇居周辺の観光を計画した。昼は美味しいお弁当を食べることにした。地下街の食品売り場には色とりどりの食べるのがもったいないほどの美味しそうなお弁当の数々が並んでいた。
東京の天気予報は「曇りのち午後雨」皇居外苑の満開の桜のもと、ベンチでお弁当を広げた。風が冷たく体感温度もかなり低く、お花見と言った気分ではなかった。でも時折雲間からこぼれる陽がとても暖かく感じられた。
都会のスズメが人なつっこく寄ってきた。ごはんをあげると先を争って群れになって集まってきた。
皇居の広場の松林は広々してすがすがしいく、内堀の石垣に桜が美しく咲いていた。もう50年も前に確かに訪れた懐かしの二重橋前で写真を撮った。いろいろな国からの観光客が多くて驚いた。
楽しみにしていた出光記念館では「志野と織部 風流なうつわ」の展示が行われていた。昨年の春は、同じ出光記念館で「風俗画による日本の暮らし-平安から江戸-」を鑑賞したことを思い出した。(拙ブログ3/12)
今回「志野と織部」についてあらためて学ぶことができた。本格的「白いうつわ」の獲得である志野焼は美濃の鉄分の少ない白い土に長石釉素朴な白釉陶器で、形がいかにも手捻りの、均整の取れたものでない人間味を感じる。志野や織部の不均斉の造形は魅力の一つだ。わざとらしいのは嫌だが、歪んだ美が何とも言えず美しいと感じている。
【志野茶碗 銘 橋姫 桃山時代】
今回「国宝 志野茶碗 銘 卯花墻」が展示されていたが、5,6年前に郡山市立美術館で桃山陶芸と魯山人展」の際にも展示されていた。今回は2度目の再会、やはり国宝と聞くといい物に見える。
また、もう20年以上前に多治見に織部を訪ねたことがあった。そのとき買い求めた志野と織部のぐい呑みをずっと愛用していた。織部の緑が何とも言えずいい。この緑の釉は中国華南三彩をモデルとしたようだ。多治見の陶磁器の資料館へ行ったのは多分秋だったような気がする。窯跡を散策した時、まさか桃山のものでないだろうが、落ち葉の下に古い陶片がいくつもころがっていた。釉がけ前の素焼き段階のものだった。
一般に織部というと銅緑釉を掛けた焼き物と思われているが、古田織部の指導で登り窯で焼かれたものを総じて織部焼とよぶ。織部黒は瀬戸黒に大胆な歪みを加えた、奇抜で傾いた意匠を描いた茶碗である。志野と織部の造形の核には「風流の精神」が流れていると説明されていた。いずれにしても文様意匠や器形の上でもこれまでの日本の焼き物の枠を打ち破る大きな変革であった。
美術館のラウンジからは皇居の森が見下ろせた。鑑賞の余韻に浸りながら、大都会の素晴らしい眺めを十分に楽しんだ。
新宿からは小田急で病院のある伊勢原へ向かった。黒い雲が覆い、車窓に雨が打ち付けた。今日は多分、10キロくらいは歩いたと思う。多少疲れた。
ホテルのテレビニュースで、千鳥ヶ淵の桜にみぞれ混じりの雪の光景が放映されていた。冬へ逆戻りしたようで、この時期にしては本当に寒かった。 (2007.4/4)
【満開の桜・東京駅】
今朝も麗しの磐梯、朝日に稜線がくっきりと美しい。連なる雄国の山並みに続いて、遙かに堂々と飯豊が見える。毎日が麗しい会津盆地の朝の始まりだ。
早朝の高速バスで今年初めての大学病院での検診を受けに上京した。
東京に近づくにつれ、沿線に桜が目立つようになっていった。街中にも、ビルの間の公園、路地の街路樹、河川の畔と、実に桜が多いことに気づいた。
前泊の今日は丸の内の出光美術館と皇居周辺の観光を計画した。昼は美味しいお弁当を食べることにした。地下街の食品売り場には色とりどりの食べるのがもったいないほどの美味しそうなお弁当の数々が並んでいた。
東京の天気予報は「曇りのち午後雨」皇居外苑の満開の桜のもと、ベンチでお弁当を広げた。風が冷たく体感温度もかなり低く、お花見と言った気分ではなかった。でも時折雲間からこぼれる陽がとても暖かく感じられた。
都会のスズメが人なつっこく寄ってきた。ごはんをあげると先を争って群れになって集まってきた。
皇居の広場の松林は広々してすがすがしいく、内堀の石垣に桜が美しく咲いていた。もう50年も前に確かに訪れた懐かしの二重橋前で写真を撮った。いろいろな国からの観光客が多くて驚いた。
楽しみにしていた出光記念館では「志野と織部 風流なうつわ」の展示が行われていた。昨年の春は、同じ出光記念館で「風俗画による日本の暮らし-平安から江戸-」を鑑賞したことを思い出した。(拙ブログ3/12)
今回「志野と織部」についてあらためて学ぶことができた。本格的「白いうつわ」の獲得である志野焼は美濃の鉄分の少ない白い土に長石釉素朴な白釉陶器で、形がいかにも手捻りの、均整の取れたものでない人間味を感じる。志野や織部の不均斉の造形は魅力の一つだ。わざとらしいのは嫌だが、歪んだ美が何とも言えず美しいと感じている。
【志野茶碗 銘 橋姫 桃山時代】
今回「国宝 志野茶碗 銘 卯花墻」が展示されていたが、5,6年前に郡山市立美術館で桃山陶芸と魯山人展」の際にも展示されていた。今回は2度目の再会、やはり国宝と聞くといい物に見える。
また、もう20年以上前に多治見に織部を訪ねたことがあった。そのとき買い求めた志野と織部のぐい呑みをずっと愛用していた。織部の緑が何とも言えずいい。この緑の釉は中国華南三彩をモデルとしたようだ。多治見の陶磁器の資料館へ行ったのは多分秋だったような気がする。窯跡を散策した時、まさか桃山のものでないだろうが、落ち葉の下に古い陶片がいくつもころがっていた。釉がけ前の素焼き段階のものだった。
一般に織部というと銅緑釉を掛けた焼き物と思われているが、古田織部の指導で登り窯で焼かれたものを総じて織部焼とよぶ。織部黒は瀬戸黒に大胆な歪みを加えた、奇抜で傾いた意匠を描いた茶碗である。志野と織部の造形の核には「風流の精神」が流れていると説明されていた。いずれにしても文様意匠や器形の上でもこれまでの日本の焼き物の枠を打ち破る大きな変革であった。
美術館のラウンジからは皇居の森が見下ろせた。鑑賞の余韻に浸りながら、大都会の素晴らしい眺めを十分に楽しんだ。
新宿からは小田急で病院のある伊勢原へ向かった。黒い雲が覆い、車窓に雨が打ち付けた。今日は多分、10キロくらいは歩いたと思う。多少疲れた。
ホテルのテレビニュースで、千鳥ヶ淵の桜にみぞれ混じりの雪の光景が放映されていた。冬へ逆戻りしたようで、この時期にしては本当に寒かった。 (2007.4/4)
【満開の桜・東京駅】