■ 老朽化した近所のバス停(木造で4畳くらいの床面積)を建て替えることになり、昨日(25日)取り壊し作業にボランティアで参加した。壁を撤去して、軒桁にロープをかけて皆で引っ張ると、バス停はあっけなく倒壊した。
屋根のトタンを剥がすと野地板の上に新聞紙が敷いてあった。当時はアスファルトルーフィングなど無かったのだろう。バス停は戦前の建物と聞いていたが、新聞紙の日付を見ると昭和11年の8月だった。バス停はこの年に建設されたと考えてよさそうだ。同年役場も建設されている。それから70年以上、地元の人たちが利用してきたバス停。
子どものころはよくバス停で友だちと遊んだ。馬乗り遊びや、雨の日にビー玉をした。老朽化して倒壊の危険がある建物だったから、取り壊すのは仕方がない。でも遠い記憶と符合する建物が無くなってしまったのは寂しい・・・。
メモ)新聞の写真は上野駅。調べてみると、初代の駅舎は大正12(1923)年の関東大震災による大火で焼失し、その後昭和7(1932)年に建設されたのがこの駅舎。現在も使用されていてファサードはこの写真と基本的に変わっていない。
037 茅野市本町西
■ これもまた茅野市で見かけた火の見櫓。まだ完成前ではないか、と思ってしまう。やはりてっぺんに屋根が無いと落ち着かないのだ。
でもそれはなぜだろう・・・。なぜてっぺんに何も無いと落ち着かないのだろう・・・。何か理由があるはずだ。
追記:てっぺんというより端部には視線の動きを受け止めるものが欲しいということか。(160605)