■ ある人に新国立競技場のデザインについて問われた。私は逡巡の後、「×でしょう」と答えた。この答えに我が意を得たりと、その人はこの競技場について率直な感想を語った。
日本スポーツ振興センターのHPより転載
デザインコンぺの当選案を私はエイリアンのような奇抜な姿だと思った。どこか爬虫類のようにも見えた。ただし、あくまでも上のイメージパースから受ける印象であって、仮にこのままの姿で完成した場合にも同様の印象を受けるかどうかは分からない。
信濃毎日新聞 2015年7月8日付朝刊より
「便器みたいですね」
その後、デザインはリアルな姿、つまり技術的に実現可能な姿に変わってきた。これでは全く別のデザインだ。今現在のデザインをその人は便器のようだと感じたのだろう。そう言われてみれば確かに。カメのようだという人もいる。
「審査員の皆さんは本当にこの案が良いと思ったんでしょうか」
「工事費がどのくらいかかるかということチェックしなかったんでしょうか」
「建築ってまだ近未来的なデザインをしているんですか」
「誰も望んでいない施設を建設しなくっちゃいけないんですか」
「もう他の案に変更できないんですか。変更すると間に合わないんですか」
「がっかりしました」
このようなことをその人は次々に述べた。
誰も望んでいないというのは言い過ぎか。都市のアイコンとしてこのくらいのデザインが欲しい、と考えている人たちもいるだろうし、このアンビルドなデザインを実現して、日本の土木、建築の優れた技術力をアピールしたらいいでしょう、と思う人たちもいるだろう。このくらいの競技場を造ることをアピールしないとオリンピックは招致できない、と考えた向きも。
当初1,300億円の予定だった総工費が2,520億円(開閉式の屋根の工事費は含まれない)にもなった。このことに関して、長さ約370m、重さ約3万トン!のキールアーチを使った屋根の架構方式に関する疑問というか批判が多い。
新聞記事(信濃毎日新聞7月8日朝刊)によると約765億円がキールアーチなどにかかる工事費だという。これは構造的合理性に欠けていることを示しているのではないか、これが私が×とした理由だ。
キールアーチを構造的にバランスさせるために地下にケーブルを使ったタイビームを設置するようだが(そうしないとライズの少ないアーチは外側に開いてしまう)、ケーブルは一体どの位の太さになるのだろう・・・。すぐ近くを通る地下鉄への影響を心配する人もいるようだ。
開閉式の屋根を設置すると、最終的な工事費は3,000億円を超過する。東北出身のその人は工事費を今までのオリンピック施設のように1,000億円以下に抑えて、2,000億円を東北の復興に使ったらいいのに、と言った。その時、目が少しうるんでいるようにも見えた。
このような施設、オリンピック以降はあまり必要だとは思えない。そう一過性の施設に巨費を投じることを悲しく思うその人の気持ちはよく分かる。
もう後には戻れないと戦前の日本軍の体質そのままに突き進むのだろうか、負の遺産になると指摘する声も少なくないようだが・・・。
「学習していないんですね」とその人、「環境から浮いていますよね」とも。なかなか鋭いというか的確な指摘だ。
コンペの審査では日本を元気づけるような案を選びたい、ということだったようだが、毎年高額の維持管理費がかかるこの施設、本当に日本を元気づける施設になるのかどうか・・・。
これからの建築のあるべき姿を世界に示す絶好の機会だったのに・・・。