『再現 江戸の景観 広重・北斎に描かれた江戸、描かれなかった江戸』清水英範・布施孝志/鹿島出版会
■ 先日、カフェ バロで医師・溝上哲朗氏による山当てという手法による松本城下の街路計画、見通し景に関する講義があった。講義は「都市景観」という研究分野に位置づけられる内容だった。
江戸の町割りや街路計画でも見通し景が取り入れられていたことを指摘する論考がある(*1)。溝上氏のオリジナルな「発見」は松本のシンボル・常念岳の扱いで、城主は常念岳を山当ての山にすることを避け、城の玄関、黒門の前からしか見ることができないように演出しているというものだった。そこに城主の美意識、意気込みを感じるという。
講義が終わってからこの本を紹介していただいた。
**広重や北斎が描いた江戸の風景画の多くは名所絵である。(中略)モチーフの誇張や構図のデフォルメなど、風景の情趣を高めるための絵操作を行っていたことが知られている。彼らの風景画を通して、江戸に思いを馳せることはできても、江戸の景観の実態に迫るには必然的に限界がある。**(はじめに 3頁)
本書はこの限界に挑戦し、**江戸の都市景観、特に地形や城の眺望景観をビジュアルに再現する(後略)**(はじめに 3頁)という研究の成果をまとめたもの。
興味深い内容だ。
*1 既に数回書いたことだが、同じ鹿島出版会から出ている『見えがくれする都市 江戸から東京へ』 槇文彦他著の中の「微地形と場所性」で若月幸敏氏は**周囲の山は場所の位置関係を知るうえで重要なランドマークであり、なかでも富士や筑波は江戸名所図絵に見られるように、町の遠景に数多く描かれている。(中略)
日本には古くから周囲の山を生けどって借景とする造園手法があった。この場合遠景の山は単なる背景ではなく、より積極的に庭園内部の構成と関係付けられている。(118頁)と日本の伝統的な造園手法を紹介し、この手法が江戸市街地の町割り、街路計画にも活かされたのではないかと述べている。