透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

598 松本市今井西耕地の火の見櫓

2016-03-21 | A 火の見櫓っておもしろい


598 観察日160321

 鉄塔写真家ふじのさんは弁当持参で鉄塔を愛でに出かけるそうだ。長時間眺めていて飽きることはないとカフェトークで聞いた。

鉄塔の見え方は方向によってもちろん違う。季節によっても、天候によっても、また時間帯によっても印象が違うから同じ鉄塔を何回でも見たくなる。火の見櫓も全く同じことが言えるが、繰り返し同じ火の見櫓を愛でるということはあまりしていない。彼女を見習わなければ・・・。

何日か前、この火の見櫓を見つけた。近くの県道を走行中に民家の屋根超しにこの火の見櫓の上部が見えたのだった。今朝、改めて出かけてきた。なだらかなカーブを描く末広がりの櫓の姿は美しい。


きつい反りの屋根、その下の半鐘は撤去されている。見張り台の手すりの控えめな意匠が好ましい。




踊り場に半鐘を吊り下げてある。消防団員はここで背中をこちらに向けて半鐘を叩いていた、と推測できる。半鐘の表面に打鐘の跡が残っている。



これはなかなか美脚。踊り場までの梯子には手すりをつけてある。この火の見櫓がもう長いこと使われていないことを長く伸びた蔓が示している。地域のコミュニティのシンボルでもあった火の見櫓。錆びついた姿に寂びの味わいがあるなどとは言えない。この姿では癒えない・・・。


 


髪結い伊三次捕物余話 「今日を刻む時計」

2016-03-21 | A 読書日記



 この巻(9巻)は前巻から10年後という設定になっている。宇江佐さんは巻末の「文庫のためのあとがき」に10年とばした理由を書いている。マンネリを打開したかったことと、伊三次シリーズの最終回をどうしても書きあげたいという思いだった、と。でも、あとがきの後段に表題作を書き上げた辺りから心境の変化があって、何が何でも最終回を書かなくてもよいと思うようになったと告白している。

龍乃進は27歳になっているが、まだ独身。日本橋の芸妓屋に入り浸りの日々。そこの若い芸者と理ない仲に。で、寝間着姿で髪はざんばら、無精髭というが伸びているというなんともびっくりなことに。

なぜ? 文中で読者の疑問にちゃんと答えているが、ここには書かない。それから伊三次の息子・伊与太には妹ができていた。

表題作では**「いってェ、何があったのよ」
伊三次は早口で弥八に訊いた。
「聞いてねェんですかい。八つ(午後二時頃)過ぎ辺りに頭のおかしな野郎が日本橋で出刃を振り回し、通りすがりの者を次々と刺したんでさァ。日本橋は血の海になってるそうです」**(44頁)

現代に起きた事件が江戸時代にタイムスリップしたかのようだ。

宇江佐さんは時代小説で現代を描いてもいる。