透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

2020年はこの3冊

2020-12-26 | A ブックレビュー



 今年も残すところあと6日、本当に時の経つのは早い。読んだ本の中から、今年2020年の3冊を選んだ。


『桃太郎は盗人なのか?』倉持よつば(新日本出版社2019年)

倉持よつばさんが小学5年生のときに「図書館を使った調べる学習コンクール」で文部科学大臣賞を受賞した作品を書籍化したもの。

**桃太郎が、鬼が島に行ったのは、鬼の宝を取りに行くためだったということです。(中略)宝の持ち主は鬼です。鬼の物である宝を、意味も無く取りに行くとは、桃太郎は、盗人(ぬすっと)ともいえる悪者です。**(14頁) 福沢諭吉がこのように「桃太郎が盗人だ」と非難していることを知り、桃太郎を正義の味方だと思っていたよつばさんは、びっくり(私もびっくり)。

よつばさんは**桃太郎がどうして盗人だと言われているのか、そして、どうして鬼はいつも悪いと一方的に決めつけられているのかを調べてみたくなりました。**(7頁)と研究の動機を書いている。

それからがすごい。図書館の司書に桃太郎本探しのサポート受けて、桃太郎の読み比べをする。よつばさんはあくなき探求心から平成から大正・明治・江戸の本まで、なんと200冊以上の本を読む。

よつばさんは江戸時代の桃太郎は桃からではなく、おばあさんから生まれたことを知り(桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返って、おばあさんが妊娠、桃太郎を出産したという回春型)、桃太郎が桃から生まれるのは明治以降ということを知る(果生型)。また、桃太郎が鬼が島へ行くのは、悪い鬼を退治するため、と理由付けがされたのは明治の後半(27年ころ)からで、それ以前は、鬼の宝を取りに行くためとなっていることを知る。それで福沢諭吉の「桃太郎盗人論」に納得する(私も納得)。文献調査の成果だ。

更によつばさんは鬼の正体に迫っていく。このプロセスが分かりやすく書かれていて興味深い。

この本にまとめられているのは研究論文と呼ぶにふさわしい論考だと思う。(2020.01.23の記事再掲)


『はやぶさ2 最強ミッションの真実』津田雄一(NHK出版新書)

はやぶさ2のメンバーは次々難局に直面する。**挑戦のレベルは絶望的に高かったが、メンバーはその状況を良い意味で楽しんでいた。探査機の運用は時々刻々重要な判断を迫られ、一つの間違いが大事故につながる。メンバーはそういうプレッシャーを常に感じながら、その状況を前向きな力に変えていた。(後略)**(256頁)

**あるプロジェクトメンバーが、はやぶさ2がリュウグウを離れるときに、次のような感想を漏らしました。「このミッションは誰もが『自分がいなければ成功しなかった』と思えるミッションだよなあ」私はその言葉に目頭が熱くなりました。**(268頁)

優れた組織(チーム)とはどんな組織か。組織としての意思決定はどのように行われたのか。組織論としても読むこともできるだろう。

*****

はやぶさ2は想定を大幅に上回る5.4グラムものサンプルをリュウグウから持ち帰っていた。多量のサンプルを分析して、どんなことが明らかになるのだろう。


『流れる星は生きている』藤原てい(中公文庫2008年改版)

「子供を死なせてなるものか」、という母親の執念。終戦直後満州から幼い子供3人を連れて日本に引き上げてきた藤原ていさん。藤原さんの我が子への深い愛情と生き抜くという強い意志に感動。人生の応援本。この本は2009年にも「今年の3冊」として選んでいる。子育てしている特にお母さんにおすすめの1冊。


 


ブックレビュー 2020.12

2020-12-26 | A ブックレビュー

320

 コロナ禍が全世界を覆い尽くしてしまった。年末年始は巣ごもり読書で過ごそう。12月のブックレビュー、読了本は新書4冊、文庫3冊。

『近代建築で読み解く日本』岩田秀全(祥伝社新書2020年)
建築に表された時代、建築という視点から近代日本の歩みを読み解く、という試み。「国会議事堂のてっぺんはなぜ“霊廟”になったのか」 興味深い指摘になるほど。

『日本文化の核心』松岡正剛(講談社現代新書2020年)
**これまでの日本であれば、グローバルスタンダードを独特のジャパン・フィルターを通して導入していたはずのものが、西洋の政体と思想と文物をダイレクトに入れることにしたとたん、つまり「苗代」をつくらずに、フィルターをかけることなく取り込もうとしてしまったとたん、日本は「西欧化」に突入することになったのです。**(56頁)
ざっくりとしたこのような分かりやすい括り方は好きだな。

『実践 自分で調べる技術』宮内泰介・上田昌文(岩波新書2020年)
タイトルに「実践」とついているように、調査研究における資料の探し方、活かし方を具体的に説いている。卒論を書く大学生には役立つと思う。

『はやぶさ2 最強ミッションの真実』津田雄一(NHK出版新書2020年)
はやぶさ2プロジェクトがどのように進められていったのか、さまざまな問題・困難をどのように解決していったのか、プロジェクトのリーダーが紹介する内容は堅苦しくない。楽しく、興味深い読み物。

『砂の女』安部公房(新潮文庫1981年)
読み継がれるこの名作にも火の見櫓が出てくる、監視塔として。

『おもかげ』浅田次郎(講談社文庫2020年)
浅田次郎の涙小説。人生の幕を下ろすとき、こんな体験ができたらいいなぁ。

『みすゞと雅輔』松本侑子(新潮文庫2020年)
物語の主人公はみすゞではなく、みすゞの実弟・雅輔。2014年に発見されたという雅輔の日記などの資料をもとに、ふたりの日々の暮らし、心模様が詳細に綴られている。ふたりとも薄幸な人生だったな、と思う。みすゞが幼い我が子を残してなぜ自ら命を絶ってしまったのか、運命としか言いようがない理由(わけ)が明かされる。

私が好きな「夕顔」という詩について、松本さんは次のように書いている。**空の高みから冴え冴えと遠く光り続ける星は、作詞家に転身して華々しい八十であり、地上で乳色の花を咲かせ、しぼんでいく孤独な夕顔はテルだろうか。(後略)**(381、2頁)

筆者注 テルはみすゞのこと。


「夕顔」過去ログ