■ 『たゆたえども沈まず』原田マハ(幻冬舎文庫2022年11月25日12版)の主要な登場人物は4人。ゴッホとゴッホの弟のテオ、それから画商・林 忠正と林の弟子の加納重吉。この4人の中で加納重吉だけ架空の人物。実在の人物3人に加納重吉を加えて4人にすることでこの物語は成立している。テニスやバドミントンのダブルスが3人ではできなくて、4人でするのと同様に。これは物語の展開上実に有効な設定。やはり原田ハマさんは上手い。
プロローグ。ゴッホの研究者だという日本人がフランスのオーヴェール=シュル=オワーズという村の食堂の入口で店の主人らしき男ともめている。ゴッホはこの店の3階で亡くなっていて、研究者はその部屋を見せて欲しいと男に頼むが、無下に断られてしまう。そこへやってきた「彼」が助け舟を出す。研究者と彼はその食堂で一緒に食事をする。食事を終えて別れる間際、ふたりは名乗りあう。彼の名前はゴッホと同じフィンセント。なんと彼はゴッホの弟の息子だった・・・。
パリに戻る終電までの1時間ほど、フィンセントはオワーズ川(セーヌ川の支流)で過ごそうとその川に向かう。橋の上でフィンセントは上着のポケットから手紙を取り出す。その手紙は父親に宛てた林 忠正の手紙だった。
ふいに吹き付けた突風が手紙を奪った。**それは紙の舟になって、いつまでも沈まずに、たゆたいながら遠く離れていった。**(18頁)この静かで印象的なシーンが好きだ。
重吉とゴッホの弟・テオの友情。ふたりの交流を介して描かれるゴッホの生き様。よく知られているゴッホの最期も描かれる。その時に至る直前の経緯も。
**いまではない。けれど、いつか必ず、フィンセントの絵はこの街で・・・・・いや、世界で認められる日がくるはずです。**(432頁) 夫・テオを亡くしたヨーに林 忠正はこう言って励ます。
**西の空を薔薇色に染め上げて、夕日が音もなく街並みの彼方に吸い込まれていく。**(435頁) 印象派の絵のような描写。そして物語は静かなラストへ・・・。
巧みに構成された物語。「いいなぁ、この小説」読み終えてしみじみ思った。