史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

市川三郷

2014年06月12日 | 山梨県
(津向屋)
 市川三郷町鴨狩津向(つむぎ)は、静かで小さな集落である。ここから津向の文吉と呼ばれる一人の侠客が出た。現在、津向の文吉の生家には、生誕地碑が建てられている。


津向文吉生誕の地

(津向共同墓地)


津向文吉墓

 津向の文吉は、文化七年(1810)、名主宮沢勘右衛門の次男に生まれた。天保八年(1837)、車田村の市兵衛と喧嘩となった。てっきり殴殺したものを思った文吉は駿府に逃走したが、天保十年(1839)、密告により奉行所に捕えられた。ところが、甲州に照会したところ誤認と分かり釈放されて津向に返された。嘉永の博徒狩りにより八丈島に流された。文吉は寺子屋や医者の真似事をして生計を立て、島の娘との間に男女二人の子を成した。維新の大赦により二十一年振りに故郷に帰ることができた。文吉は清水次郎長の喧嘩の仲裁人として知られる。明治十六年(1883)十月、七十三歳にて死去。


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