後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「私の目をのぞき込んでいる野生の狐、鹿、猿の写真」

2020年12月12日 | 写真
甲斐駒麓の山林の中の小屋には野生の狐、鹿、猿が時々やって来ます。人間が珍しいのか私の目を暫くのぞき込んでから山林の中へ帰っていきます。そんな野生の狐、鹿、猿の写真をお送り致します。私が彼等?を見つけて家内が撮りました。





「美しい白鳥一家と仲良くなった不思議な体験」

2020年12月12日 | 日記・エッセイ・コラム
冬になると遥々シベリアのアムール河の河口付近から飛んで来る白鳥は美しい姿の大きな鳥です。
今日はこの美しい白鳥の4羽の一家と仲良くなった不思議な体験を書いてみたいと思います。
その前に白鳥の美しい姿の写真をお楽しみ下さい。

1番目の写真は霞ヶ浦の広々した湖岸に遊ぶ白鳥達です。 

2番目の写真は湖岸に遊ぶ白鳥達と沖を泳ぐ群れです。撮影場所は茨城県霞が浦の西岸にある国民宿舎「水郷」の西の湖岸で、2009年03月7日に撮りました。

3番目の写真は猪苗代湖の白鳥です。写真の出典は、https://blogs.yahoo.co.jp/y58122001/50010408.html です。

4番目の写真も猪苗代湖の白鳥です。写真の出典は、https://www.tif.ne.jp/jp/photo/photo_disp.php?id=16812 です。

5番目の写真は屈斜路湖の白鳥です。出典のは、和田義男、フォトギャラリー「北海道冬の旅」、http://wadaphoto.jp/japan/hk5.htm です。

さて仲良くなった4羽の一家は夏になってもシベリアに帰らないで霞ヶ浦に棲みついていたのです。
当時私は土浦港にヨットを係留していました。その係留していた岸壁から湖沿いに600mほど歩いた芝生のところに2007年の春から白鳥4羽が棲みついていたのです。

6番目の写真は2羽の親の白鳥の写真です。子供2羽は秋から巣立って沖に遊びに行って姿が見えません。2007年の晩秋に撮った夫婦の白鳥です。
岸辺の草を食べていました。この写真に草原の向こうに黒っぽい堤防のようなものが写っていますが、そこは浮島になっています。夫婦の白鳥は夜になると寝る浮島です。野犬や野良猫の行けない安全なねぐらです。
白鳥の夫婦は離婚なしで一生そいとげるそうです。成程、2羽の大きな白鳥の夫婦が何時も仲よく緑の芝生をしきりに食べていました。人間に慣れていて、傍に行っても平気です。何度も白鳥の夫婦の傍により話しかけて遊んでいました。この白鳥一家とはは2007年12月から2013年と末まで6年間仲良くしていました。
私どもが沖でセイリングを楽しんで係留する岸壁に帰ってくると4羽の白鳥がお帰りと言って迎えてくれます。

7番目の写真はそんな4羽の白鳥をヨットの上から見た写真です。
好奇心が強くて船の傍に寄ってきて何か話しかけてきます。残念ながら白鳥語は理解出来ないので、何を言っているのかは分りません。
ある時ヨットに泊まりました。そうしたらその夜にこの4羽の白鳥が遊びに来ました。

8番目の写真はその時の写真です。家内が手を伸ばしてパンを食べさせています。
キャビンの中で作った夕食を食べた後で、後ろの甲板で夜景を楽しんでいたら来たのです。いろいろ話しかけると分かったように首を振ります。それでつい話し込んで1時間以上も一緒に居ました。
さて上で「4羽の白鳥一家」としきりに書きましたが、それは夏と秋に間だけで晩秋から初冬になると親鳥だけの2羽になってしまうのです。
子供の2羽は毎年親を離れてシベリアのアムール河の河口付近に飛んで行ってしまうのです。夫婦の白鳥だけが残って毎年2羽ずつ子供を育ていたのです。
私は2011年、75歳の時ヨットを止めました。霞ヶ浦へも行かなくなりました。しかしあの4羽の白鳥一家が気がかりで2013年11月に車で霞ヶ浦に行きました。白鳥一家が巣にしていた浮島の傍に行ったのです。
そしたら同じ草原に4羽の白鳥一家が居たのです。4羽の白鳥一家に近づくとただ小首をかしげてくれるだけです。それが久しぶりに会った私への挨拶なのでしょう。
あの白鳥の夫婦に最後に会ったのは2013年です。もう7年の月日が流れました。その後も子供を育てて元気にしていると思っています。それにしても美しい白鳥一家と仲良くなったのは不思議な体験でした。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)