後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「コロナで急死した修行僧、望月崇英は何を祈っていたか?」

2021年02月02日 | 日記・エッセイ・コラム
今日はコロナで急死した望月崇英は何を祈っていたかを書いてみようと思います。私の想像です。
まず「コロナで孤独に死んだ修行僧、望月崇英と泣き崩れる少女」という2021年01月25日 の記事の抜粋をお送りいたします。
銀座で托鉢しながら東日本大震災の犠牲者を弔い続けていた修行僧、望月崇英が新型コロナで突然死にました。孤独な死でした。この僧侶、望月崇英は銀座で悩める人々の相談にのり失意の人々を勇気づけていたのです。そんな人々の中に志音という10歳の少女がいました。
志音は望月崇英が托鉢をしていた銀座和光の一角へ行って、そこでずっと泣いていました。手袋を外して傘も畳んでずっと手を合わせていました。
志音にとっては望月崇英はかけがえのない人だったのです。望月崇英は失意の志音さんを祈りで救ったのです。
その祈りの内容はどんなものだったのでしょうか?
それを考える前に一枚の写真をご覧ください。

1番目の写真は2012年3月11日の東京新聞の朝刊1面に掲載された写真です。望月崇英さんが仙台市の海岸で波に向かって祈っていた光景です。祈りの内容は東日本大震災で犠牲になった人々の冥福を祈っていたと想像できます。しかしそれだけではありません。まだ行方不明のまま海に沈んでいる人々があの世で安らかに暮らすようにと熱心に祈っているようです。冷たい3月の海の水が望月崇英さんの足を洗っているのに気が付かない様子です。ここで祈っているのは人間ではなく大日如来なのです。宗教の世界では不思議なことが起きるのです。
托鉢の時も大日如来が望月崇英さんに乗り移って祈っているのです。

2番目の写真は銀座の和光本館前の地下鉄出入り口付近に立って托鉢をしていた望月崇英さんです。
それでは托鉢をして何を祈っているのでしょうか?
托鉢をしている自分の前を通る人のあの世での幸せを祈っているのです。この世でも幸福になるように祈っているのです。困った人々には優しい言葉をかけているのです。そのことに感謝した人がお坊さんの持っている鉢にお金を入れるのです。志音も望月崇英の托鉢に感謝していたのです。
これが托鉢です。寒い日も猛暑の日も和光本館の前に立っています。立っているのは人間ではなく大日如来なのです。
托鉢はお釈迦様の慈悲の心を行動で示したものなのです。仏教の不思議さです。
そのことを説明するため、タイの托鉢の風景写真を3枚お送りします。
タイの托鉢の写真の出典は、https://anotherskies.com/religious-mendicancy です。

3番目の写真は家族が僧たちに食べ物を差し出している光景です。

4番目の写真は裕福な人々がお坊さんへ上げるものを準備をしている場面です。

5番目の写真ではタイの托鉢でお坊さん達に感謝して美味しい食べ物を差し上げていいる様子です。托鉢のお坊さん達は皆お釈迦さまなのです。

話は飛びますが四国のお遍路では同行二人と言います。弘法大師が一緒に歩いてくれるのです。しかし実際には弘法大師が遍路をする人に乗り移って歩いているのです。だからこそ八十八ケ所も歩き通うせるのです。

今日はコロナで急死した修行僧、望月崇英は何を祈っていたかを説明いたしました。そして托鉢の深い意味も説明いたしました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)