575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

荻原俳句教室   遅足

2009年12月20日 | Weblog
今回の宿題はクリスマスでした。

   少年と仔犬聖夜の星の子と
  (最初は、少年と仔犬聖夜の星盗む、でしたが、
   動詞はどうか?と思って・・・)

先生のコメント
聖夜の星の子、というとイエス・キリスト。
単なる星の子ではなくなってしまう。
一枚のメルヘンの絵として描くのなら

   少年と仔犬聖夜の星の下

でも良いのでは。
また動詞を使うのなら、「採る」を使って

   少年と仔犬聖夜の星を採る

   

   銀紙を星形に切り聖夜来る  安藤

先生のコメント
星形に切り、の「切り」が少し説明的。
星のかたちに、だけで良いのでは

   銀紙を星のかたちに聖夜来る

また、人間がつくるという視点ではなく、
銀紙が形を変えていくという視点で

   銀紙は星のかたちに聖夜来る

とすると、焦点が絞られて、句がくっきりと
して来るのでは。

    
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「去年今年貫く棒の如きもの」 愚足

2009年12月20日 | Weblog
新年の句会のお題が「去年今年」になった。

どうしても頭をよぎるのが高浜虚子が昭和25年に作った句

「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」である。

大岡信も「去年今年とは、昨日が去年できょうは今年といいう一年の変わり目をとらえ、ぐんと大きく表現した新年の季語。虚子の句はこの季語の力を最大限に利用して、新春だけに限らず、去年をも今年をも丸抱えにして貫流する天地自然の理への思いをうたう。『貫く棒の如きもの』の強さは大したもので、快作にして怪作というべきか」と絶賛している。

この年末は特にこの句が意味を持っているように思う。政権交代は「貫く棒の如きもの」。戦後六十年のヘドロを一掃する政治改革。日米関係の見直しとアジア外交の推進。景気回復も金融市場の回復も「貫く棒の如きもの」なのである!!

果たして新政権は、棒のごとく たくましく貫き通せるのであろうか?


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行く年を二人で歩く前の山   朱露

2009年12月20日 | Weblog

 
    我が家の前の県道の向こうは多米の山だ。
    暮れの午後二人で久しぶりに登って驚く。
    人家が増えるから車も増え立派な街路だ。
    「バスがないから老人は困る」私の口癖。

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