日本男道記

ある日本男子の生き様

9・登戸浦(View from Nobuto)

2011年01月09日 | 富岳三十六景
9・登戸浦(View from Nobuto)
今は工業地帯になってしまったが、登戸は干葉の海岸である。
汐干狩の名所で、江戸からも行楽の人々が多かった。タ方に近く、茜色の雲がたなびいている。
富士はまだ春雪にっつまれて彼方に遠く美しく見える。
汐干狩の人々のそれぞれの動作が面白く、いかにも愉快げである。
海岸の丘陵の上に登戸神社があるが、海中の鳥居は、この神杜のもので、9月5日の祭礼には神社の神輿が海へ入る。

※富岳三十六景
「冨嶽」は富士山を指し、各地から望む富士山の景観を描いている。
初版は1823年(文政6年)頃より作成が始まり、1831年(天保2年)頃から1835年(同4年)頃にかけて刊行されたと考えられている。[1]版元は永寿堂西村屋与八。
発表当時の北斎は72歳と、晩年期に入ったときの作品である。また西洋画法を取りいれ、遠近法が活用されている事、当時流行していた“ベロ藍”ことプルシャンブルーを用いて摺ったことも特色である。
浮世絵の風景画は当時「名所絵」と呼ばれており、このシリーズの商業的成功により、名所絵が役者絵や美人画と並ぶジャンルとして確立したと言える。
「凱風快晴」や「山下白雨」のように、富士山を画面いっぱいに描いた作品から、「神奈川沖浪裏」や「甲州伊沢暁」のように遠景に配したものまであり、四季や地域ごとに多彩な富士山のみならず、各地での人々の営みも生き生きと描写している。
日本のみならず、ゴッホやドビュッシーなど、世界の芸術家にも大きな影響を与えた。
当初は名前の通り、主版の36枚で終結する予定であったが、作品が人気を集めたため追加で10枚が発表され、計46枚になった。追加の10枚の作品を「裏富士」と呼ぶ。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Daily Vocabulary(2011/01/09)

2011年01月09日 | Daily Vocabulary
10521.drive someone nuts(いらいらさせる)
He had way too much time on his handa,which drove my mom nuts.
10522.to everyone's great relief(誰もがとてもほっとしたこと)
Finally, to everyone's great relief he found a hobby.
10523.self-made man(自力で成功した男、たたき上げの男性)
Suddenly having nothing to do all day long can be very difficult for a self-made man like your father.
10524.invention(発明)
I never did anything worth doing by accident;nor did any of my invention come by accident.
10525.outlet for(~のはけ口)
I am glad to hear he found an outlet for his energies.
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四国八十八ヶ所 第五十二番瀧雲山太山寺/愛媛県松山市(2010/09/05)

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