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【原文】
想夫恋といふ楽は、女、男を恋る故の名にはあらず、本は相府蓮、文字の通るなり。晋の王倹、大臣として、家に蓮を植ゑて愛せし時の楽なり。これより、大臣を蓮府といふ。
廻忽も廻鶻なり。廻鶻国とて、夷のこはき国あり。その夷、漢に伏して後に、来たりて、己が国の楽を奏せしなり。 。
【現代語訳】
想夫恋そうふれんという楽曲は、女が男に恋い焦がれるという意味ではない。元は「相府蓮そうふれん」という。つまり当て字である。晋の王倹が大臣だった時、家に蓮を植えて愛でながら、鼻歌交じりに歌った曲なのである。以後、中国の大臣は「府蓮」と呼ばれるようになった。
「廻忽かいこつ」という楽曲も、本来は「廻鶻かいこつ」だった。廻鶻国という、強力な蛮族の国があった。その国の人が、中国に征服された後に、ふるさとの音楽として演奏していたのだ。
「廻忽かいこつ」という楽曲も、本来は「廻鶻かいこつ」だった。廻鶻国という、強力な蛮族の国があった。その国の人が、中国に征服された後に、ふるさとの音楽として演奏していたのだ。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。