阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

新宿の帰りに神田駅で降りて久しぶりに あたりをぶらぶら歩いた。

2023年02月01日 | 東京あちこち

新宿での散歩会の昼食の集まりのあと中央快速に乗ったので 御茶ノ水駅で総武線に乗りかえずに神田で降りて久しぶりにぶらぶら歩きをした。

 神田美土代町にあった事務所に勤務したのは1974年の12月から1987年の5月までだった。13年間神田というエリアにいたので36年たっても神田はいまも懐かしい場所だ。

駅の南口を出てから北口と西口に回りそこから神田司町あたりまで歩いた。

神田「みますや」にてclick ’02/06/30記 

6月26日、新幹線で東京に行った。その夜はいつもの神田のホテルに泊まった。

東京出張のおりは夜は大抵どなたかに一杯お付き合い願っているのだが、明日は重要な会議の日なので、飲んでも早く切り上げようと思い、

どなたにも声をかけず一人で居酒屋の「みますや」に行った。

みますや」は一年半ぶりくらいだが店の中が何となく綺麗っぽくなっていた。

客は殆どが50歳代の勤め人が2、3人連れで、2人ずれの組でも女性は30代以上に見え、相変わらずチエーンの居酒屋とは客層がかなり違う。

入って左側の大きな板卓の3人ずれの客の横に案内された。目の前にはやはり一人客がいたが暫くして帰った。

生中を飲んでいると頼んでいたこの店の定番の牛の(にこみ)が来た。すぐ近くの神田美土代町に勤務していた昭和50年代の、

週に数回は来ていた頃は、確か一皿350円くらいだった、と思う。

相変わらず独特で、関東風の濃い味付けで旨さは変わっておらず、年数を考えると仕方がないと思いながらも、関西が長くなったせいか、

量もしっかりあるのについ(にこみ)が一皿600円かと思ってしまう。

定年前に見える横の3人ずれは近くの勤め人たちらしく誰か同僚の噂話に余念がない。関東弁も歯切れのいい江戸っ子弁だと耳に心地よく、

いまや東京でも希少価値の方言、江戸っ子弁だなと思いながらBGMとして何となく聞いていた。

壁には前にはなかった日本各地の銘酒のあれこれ、田酒、久保田などの名前が張り出され、日本酒だけのメニューが出来ていて驚いた。

しかも料理も、前と同じく壁にそれぞれ小さな板に書いて上げてあるが、メニューも板卓においてある。普通の熱燗一合と「きんぴら」を追加で頼み、

これで引き上げようと思っていたら一人客が目の前に案内されて座った。三十四、五のさっぱりした感じの男だった。

座ってから何となく嬉しそうに店の真っ黒な天井、柱や畳の上がりがまちなどを見廻した。無言でいるのも気詰まりなので、彼が生中を飲み干し「にこみ」を食べ、

またメニューを見て私と同じ熱燗、彼は2合だったがを頼んで暫くして、「この店は初めてですか」と声をかけてみた。

外で一人で飲む時、相手を見て目の前の人に声をかけるのだが、迷惑そうなら必ずその一言で止める。

自分も喋らないで飲みたい時もあるから。この日の彼は飲む人間に共通の雰囲気で「いや、今日が初めてなんですよ」と自然体で返してきた。

桂米丸の切符を知り合いからもらったので今日は公休で東京へ出てきてそれを聞き、

終ってから前から来てみたかった「みますや」にようやく来れたという横浜の人間だった。

この「みますや」が近頃の居酒屋ブームで雑誌やテレビに取り上げられていることを彼から初めて教えてもらった。

明治38年の開業で始めは近くの工事現場の土方相手の店だったことも彼は知っていた。

そうか、だから綺麗ぽっくなって前にはなかった新規の客相手のメニューが出来、とっくりがみますやの名前入りになって店員の数も増え、

次々年配の客が店の中を覗きながら入ってくるわけがわかったと疑問が晴れた。ただ店の雰囲気が前と変わらないのは有り難く、それも建物が戦前のそのままのせいもあるかも知れない。

しかし次の震災ではおそらく即ぺちゃんこではある古い木造の建物だ。

この横浜人は母親が京都、父親が栃木という組み合わせで、仕事で各地に行くと居酒屋を楽しむという仁であった。

会話は楽しく続き、銚子が沢山並んでしまい翌朝二日酔いで目が覚めた。

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神戸駅は東海道線の終点  神戸駅近くの「ジャスミン」で中華鍋を囲む      10年まえの今日 2013年2月1日の本ブログに掲載。

2023年02月01日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

神戸駅には東海道線と山陽線の終点・起点を示す標識があります。乗降客は殆どこの標識に気がつきませんが私は無意識に毎回チエックしてしまいます。

 神戸駅は20年ほど前までは、長く造船所などの工場の社員工員の乗降駅の性格が強い駅でした。

そのため、神戸の中心地と思って降りた関東の観光客があまりの寂寥ぶりに驚いたものです。

 理由は戦後、神戸市役所などの官衙が元町や三宮に移り、繁華街もそれにつれて徐々に東にシフトしたことが挙げられます。

しかし、このところ、ハーバーランドやモザイクなどの周辺の再開発が進み、駅の改修も何度かあり、今は戦前からと思われる風格ある雰囲気を取り返しています。




1月某日、月曜会の例会がJR神戸駅近くの「ジャスミン ダイニング」であり、集合場所は神戸駅の改札口でした。

「ジャスミン ダイニング」は月曜会メンバーの身内がやっている店でブログには2回目の登場です。(店表の画像はネットから引用)


この日は特別メニューで、メンバーの一人の希望もあり、海鮮中華鍋の準備が整っていました。

まずは前菜からスタートでした。好物のピータンも旨く、シャンツアイも小鉢に盛られていて嬉しいことでした。




材料の中には高価な煎海鼠(ナマコ)もありました。ナマコの腸(はらわた)を取り除き、塩水で煮てから干したもので

写真の右が煎海鼠で、1週間かけて戻したものが左です。

とっておきの石川県の日本酒「手取川」?だったかと紹興酒と中華鍋に全員大満足でした。





方さん、ジャスミンさん 今回も何かとご配慮して頂き 謝謝祢です。

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検察の方が裁判所よりエライ??

2023年02月01日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ
2010年10月14日(木)「阿智胡地亭の非日乗」掲載

♪村木元局長の無罪判決が出たのは9月10日だった。

「私は無実です」という本が店頭に出たのが9月3日ごろだった。

著者は「今西憲之」という大阪をベースにしている記者で、週刊朝日などに寄稿しているジャーナリストだ。

彼は三井環元大阪高検公安部長の「検察庁裏金告発」の時も、大阪地検や大阪地裁に出入りして取材を続けていた。

その彼がケーブルテレビ「朝日ニュースター」の“ニュースの深層”で上杉隆のインタビューを受けていた。

彼の発言から;

○そうですねん、村木さんが無実やと確信したんは、ずっと法廷のやりとりを取材してて、この高知のオバチャンが言うてることは信用できるやんとおもた時からですわ。

○みんな裁判所と検察は対等やとおもてはるやろけど、実際の話は検事は裁判所より自分らが上やとおもてますんやわ。

そやから裁判官も自分らより上やとおもてる検事の調書を、法廷で否定するようなことはこれまでありえへん。

家宅捜査令状が検察から出たら、決まりからいえば裁判所は可否を判定するようになってるけど、ノーと言う事はこれまでありません。

○こんどの大坪、佐賀検事の逮捕ではかってないことが起こってます。今回は本人たちへの接見を裁判所が許可したんですわ。

否認している被疑者への接見を認めたンは前代未聞です。こんなことちょっと前までとても考えられへんことですわ。

 あんなこと許可した裁判官はこれで出世はないやろけど。

♪これまでこのブログで書いてきたことを上杉隆がまとめてくれたようなエントリー

『検察3つの“公然の秘密”――「ストーリー捜査」「虚偽の自白」「リーク」が、ついに白日の下へ』はこちら

それにしても、同じ“隆”ながら、むかし田中角栄を文芸春秋の特集記事でひきずりおろした「立っている花の隆ー立花隆」が、今や記者クラブメディアの雇われママ的な存在で、

大手メディアの既得権擁護にまわり、「上に伸びる杉の隆ー上杉隆」が、大手メディアに無視されながらも、ネットメディアを活用して、あるべき報道をやっている。

どこでその差が出たのか。それはジャーナリズムという職務を忠実に果たしているかどうかにかかっている。

 それにしても「私は無実です」という本は、朝日新聞、産経新聞、読売新聞など大手新聞の書評欄には一切取り上げられていない。

その理由は、村木元局長事件の報道の初期に、これらの新聞が検察からのリークによるストーリーで、村木クロの心証記事を毎日毎日垂れ流したことを、

この本の中で強く批判しているからだ。

どんな業界でも、偽装商品を市場に出した企業は社長が頭を下げてごめんなさいと言うが、新聞やテレビ業界の企業が偽装商品、

つまり「虚偽の記事」を売っても、これらの企業の社長が頭を下げたのを見たことがない。

朝日新聞の代表者 秋山耿太郎(代表取締役社長)さん、
読売新聞の代表者 内山斉(代表取締役社長)さん、
産経新聞の代表者 住田良能 さん
日本経済新聞の代表取締役社長 喜多 恒雄 さん
毎日新聞の代表者 代表取締役社長 朝比奈豊 さん

あなたたちは、少なくとも犯人扱いしたことを村木さんの自宅を訪ねて正式に謝罪し、お詫びに頭を下げている写真を自社の新聞でいいから掲載するのが事の理路から、

人間として、報道メディアとして当たり前のことだと思いませんか?

それをウヤムヤにして逃げるようでは、買い手は見放す一方ですよ。

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01月31日に目に留まったSNS・メディアの記事

2023年02月01日 | SNS・既存メディアからの引用記事

いずれも画像をクリックすると本文全文に飛びます。

 

 

 

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