
(麻薬密輸の罪で処刑された英国人Akmal Shaikh “flickr”より By KWP Images
http://www.flickr.com/photos/41494077@N08/4225041957/)
【「もう他のやつらの命令に従う必要はない」】
昨年末の12月29日、麻薬を密輸した罪により中国で裁判にかけられていた英国人アクマル・シャイフ被告(53)に対する死刑が執行されました。
英BBCによると、欧州連合(EU)市民が中国で死刑を執行されるのは過去50年間で初めてだそうです。
シャイフ被告は07年、中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区のウルムチ空港で、麻薬ヘロイン4キロを所持していたところを中国当局に逮捕され、08年11月の一審で死刑を言い渡されていました。
躁鬱(そううつ)病で妄想癖があるとされるシャイフ被告は、スーツケースは中国で知り合った男性から預かったもので、「中身は知らなかった」と主張していました。
また、英人権団体や弁護団は、同被告は精神病を患っており、中国に向かう前に何者かにだまされて、麻薬の入ったバッグを持たされたと主張していました。
ブラウン英首相は中国政府に「寛大な措置」を求めていました。
精神疾患の有無の問題のほかに、EU加盟国では死刑は廃止されていますが、中国は世界の7割の死刑を執行する“死刑大国”であるという、死刑に対する考え方の違いもあります。
これに対し、中国当局は「裁判は公正に行われた」としており、死刑判決を支持する世論が圧倒的でもあることからも、執行に踏み切りました。
“世界のブログ記事を紹介するサイト「世界の声オンライン」では、次のような中国市民の声が引用されている。「イギリス人の麻薬ディーラーがわが国の法を犯したら、われわれは堂々と正義にのっとり、情け容赦なく処罰することができる。もう他のやつらの命令に従う必要はない」”【1月6日 Newsweek】
中国が死刑を断行したことに対し、ブラウン英首相は中国を非難する声明を発表しています。
****中国、英国人に死刑執行 英首相が非難声明****
英外務省は29日、中国当局が麻薬密輸の罪で死刑判決の確定していた英国人アクマル・シャイフ死刑囚(53)に、刑を執行したと発表した。ブラウン英首相は「最も強い言葉で死刑執行を非難する」との声明を発表した。ロイター通信が伝えた。英人権団体によると、中国で欧州連合(EU)市民に対する死刑執行は初めて。人権問題で国際社会に妥協しない中国の姿勢があらためて浮き彫りに。【12月29日 共同】
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【苦い歴史の記憶】
前出【1月6日 Newsweek】は、中国側の立場について、凶悪・異常事件が続発している国内事情から、断固とした対応を国内に示し、国家の権威を回復する必要があったことをあげています。
更に、イギリス関連の麻薬絡み事件であること、そして、イギリスから中国司法への非難がなされていることによって、かつてのアヘン戦争の“トラウマ”が刺激されているとも。
****イギリス人処刑を強行した中国の論理*****
中国の司法当局がとりわけ脆弱に見える事件が頻発していただけに、この一件は彼らが多少なりとも自尊心を取り戻すチャンスを与えたかのようだ。
12月29日に刑が執行されると、イギリスでは非難の声が巻き起こった。ゴードン・ブラウン英首相や閣僚、シャイフの家族などが、過去に精神疾患を患ったことを理由にシャイフの減刑を中国政府に求めていたからだ。
中国側は、精神疾患の病歴を示す証拠はなく、中国で精神鑑定を行うことも拒否した。本当は、真実を知る必要がなかったのだろう。この死刑は中国にとって有益なものだったからだ。
執行後、遺憾の念がないことを示すように、中国公安当局はアフガニスタン籍の2人とパキスタン籍の2人を麻薬密輸容疑で逮捕。場合によっては、彼らも極刑を受ける可能性があるとした。
政府の厳格な姿勢の背景には、過去6週間近くにわたって次々と異常な殺人事件が発生していることがある。湖南省では12月12日、出稼ぎから帰省していた男性が親族をナタなどで襲い、家屋に放火して少なくとも11人を殺害した。
河北省では、口論を根にもった男性が7人の親類を鈍器で殺害した後、飛び降り自殺した。北京郊外では、新年の宴席で5人が殺される事件が発生。目撃証言によれば、被害者には容疑者の恋人や妊娠中の女性も含まれるという。
何事も思いどおりになるというイメージを国民に与えたい中国政府の意思に反し、次々と巻き起こる残忍な事件は国家の自信を揺るがせている。
シャイフの家族が主張していたように、彼は麻薬ディーラーにだまされて運び屋にされただけかもしれない。麻薬ディーラーは、シャイフが世界平和を願って作った歌をレコーディング契約すると約束していたという。
しかし中国政府はシャイフを死刑にすることで、人々にこう訴えた。あなたたちを敵から守るため、われわれは最善の策をとる。その敵がナタをもった殺人鬼だろうと、スーツケースに麻薬を詰めた密輸犯だろうと。
同時に中国政府は、シャイフを精神障害者以上の存在に仕立て上げた。彼の母国イギリスで解放を求める声が高まったことで、中国政府は「トラウマ」を刺激された。イギリスの帝国主義とアヘン戦争をめぐるトラウマだ。
19世紀半ばのこの戦争は「国家の恥」とされ、中国の子供たちは学校でこう教わる。中国にとって恥ずべき軍事的敗北であり、香港をイギリスに譲渡する結果を招き、アヘン中毒を蔓延させ、中国でのイギリスの治外法権を認めることになった。
とりわけ治外法権は中国をいらだたせた。イギリスから見れば、中国の司法システムはお粗末だといわれているようなものだったからだ。
今でも中国の指導者たちはアヘン戦争の屈辱を持ち出し、怒りを新たにしている。そこにシャイフの一件が持ち上がった。「苦い歴史の記憶と現在の情勢にさいなまれ、中国の人々は(麻薬密輸に対して)特に強い敵意を抱いている」と、在イギリスの中国大使館はコメントしている。(中略)
シャイフの死刑は、犯罪に断固とした姿勢を示した事例であると同時に、中国の司法の独立を宣言するものでもある。政治からの独立ではなく、欧米人に押し付けられた治外法権のシステムからの独立だ。
イギリスで巻き起こる抗議の声に対し、中国外務省のスポークスマンは1月4日、中国司法の独立性は何者にも脅かされないと主張した。
中国紙「環球時報」がサイト上で実施したアンケートでは、1万5000人の回答者のうち97%が死刑を支持すると答えた。国家のアイデンティティーを守るためなら、イギリスとの緊張関係など小さな代償ということらしい。【1月6日 Newsweek】
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アヘン戦争の「トラウマ」云々はともかく、最近の中国における高まる自信、高揚する民族主義がイギリスなど外国の“介入”への反発につながるのでしょう。
本来であれば、自国への自信は他国への寛容につながってもらいたいところですが、それにはもう少し時間が必要なようです。
精神疾患の有無が今回事件の判断ポイントになりますが、多かれ少なかれ犯罪行為を犯す人物はエキセントリックな部分があって、その精神状態・責任能力の有無については日本国内でも多くの事件で問題となるように判然とはしません。
少なくとも、その人物が外国人かどうかは関係のない話でしょう。
【高まる中国語ができる人材へのニーズ】
今回事件では中国を批判しているイギリスですが、こんな記事もありました。
*****「10代の少年少女は中国語を学ぶべき」、英政府*****
英政府は4日、10代の英国民全員が中国語(普通語)を学ぶ機会を持つべきとの認識を示した。世界レベルで中国の重要性が一層高まりつつあるためという。
現在、11歳から16歳までが学ぶ同国の中等学校のうち、中国語を教えているのは7校中1校の割合に過ぎない。エド・ボールズ児童・学校・家庭担当相は、学校間の言語教育の協力関係を通じてこの割合を上げていきたいと語った。
英産業連盟(CBI)が前年行った調査によると、中国語ができる人材へのニーズは高まりつつある。「中国語または広東語」ができる人材を求める経営者は全体の38%で、「フランス語」の52%、「ドイツ語」の43%に迫る結果となった。
前年にGCSE(中等教育修了資格)試験を受けた生徒のうち、外国語科目で中国語を選択したのは前年を16%上回る3469人だった。【1月5日 AFP】
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すでに中国語を教えている中学校が7校中1校の割合で存在すること自体が驚きですし、「10代の英国民全員が中国語を学ぶ機会を持つべき」というのは、ずいぶん大胆な提言だな・・・と感じたのですが、よく考えてみると、イギリスでは英語は国語であり、日本における英語教育のような外国語授業としては英語以外の言語になる訳ですから、中国語が取り上げられてもさほど不思議はないのかも。