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(1月26日毎日新聞より)
【バルチスタンへの拡大はパンドラの箱】
昨年12月4日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、ホワイトハウスが、米中央情報局(CIA)による無人偵察機(プレデター)を使ったパキスタン北西部での武装勢力掃討作戦を同国南西部バルチスタン州に拡大することを許可したと報じています。
これにより、アメリカに協力的なザルダリ大統領と、攻撃に反発する軍トップのキヤニ陸軍参謀長との対立が決定的となる一方、バルチスタン州での反米、反政府蜂起が確実視されることから、パキスタンでは「事実なら国家分裂の危機に直面する」という懸念が高まっていることは、以前のブログでも取り上げたところです。
また、パキスタン軍広報官は21日、「今後半年から1年間、新たな武装勢力掃討作戦に着手しない」と述べ、ゲーツ米国防長官のパキスタン訪問に合わせ、アメリカに協力的なザルダリ政権に先手を打つ形で、作戦拡大を否定しています。
バルチスタン州の位置づけについては、毎日新聞は次のように報じています。
****対米闘争の火薬庫*****
タリバンは、バルチスタンにいたアフガン難民の神学生らが94年に旗揚げし、パキスタン当局も深くかかわったとされる。米国が、バルチスタンをタリバンの“子宮”とみなし、オマル師を頂点とする最高評議会(シューラ)があるとみる根拠につながっている。
「アフガンの安定にはパキスタンの協力が不可欠」とするオバマ米政権は、パキスタン北西部に続いてバルチスタンでも無人機による攻撃拡大を計画。アフガンに増派予定の米兵3万人以上もバルチスタンとの国境付近に集中投入される。
ベテランのパキスタン人記者は「米国は、これまでタブー視されていたバルチスタンに手を突っ込み、パキスタンを揺さぶろうとしている」と指摘する。
クエッタ市内は今、極度に緊迫した雰囲気に包まれている。私服の治安要員があちこちで目を光らせる。外国人がスパイ容疑などで拘束される事件も起きている。米軍の無人機攻撃をけん制するように、街中に設置されたレプリカの対空砲がアフガン方面をにらむ。
クエッタの治安当局幹部は「シューラに属する28人全員がアフガン各地にいる。一部はアフガン政府内に潜り込んでいる」とタリバン本丸の存在を強く否定する。その一方で、「米軍部隊がアフガン国境からパキスタンへ侵攻したり、バルチスタンで無人機攻撃が始まれば、パンドラの箱が開く。かつてない規模の対米闘争が起こり、この地域が世界最大の反米拠点になりかねない」と語った。【1月26日 毎日】
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【米国の論理は「戦争失敗の責任転嫁」】
テロ増加、無人機爆撃による民間人犠牲の増加によって、パキスタン国民の非難の矛先はアメリカに向いています。
****アフガン・遠い安定:パキスタンのタブー/下 「米追随でテロ急増」国民不満****
「もう限界だ。いつまでこんな苦しみを押し付けられるのか」
パキスタン中部パンジャブ州の州都ラホールにある最大規模のムーン市場。昨年12月に45人が死亡した連続爆破テロで、経営する衣装店が全焼したラフィークさん(30)は、焼け跡を見ながら体を震わせ、激高した。
テロは卑劣だった。買い物客で混雑していた路上で最初の爆発があり、逃げ惑う人々を狙うように次の爆発が起きた。しかし、市民の怒りの矛先はザルダリ政権に向かう。汚職体質への批判から孤立するザルダリ氏は、米国の支援で政権維持を図っているとみられている。米国の戦争に協力的な政府の姿勢が、テロを急増させているとの不満だ。
「アフガン戦争開始後のテロは、市民の殺害に何の法的責任も取らない米国への反感に根ざしている。なのに、いつまで米国の言いなりでいるつもりなのか」。今回のテロで父親を失った大学生ウスマーンさん(21)の問いかけは重い。
「アフガンの安定にはパキスタンの協力が不可欠」という米国の論理は、パキスタンでは「戦争失敗の責任転嫁」と映る。人々は今、アフガン増派で戦闘をさらにエスカレートさせようとしている米国の真意に疑念を深める。【1月28日 毎日】
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アメリカがのめり込むほどに、そのアメリカへの敵意がパキスタン国内で高まる・・・という構図で、国民だけでなく軍部の協力も得られないザルダリ政権は、いよいよ厳しくなります。
最高裁が昨年12月16日、大統領と政府高官らの訴追を免除してきた2007年の国民和解令を無効とする決定を下した問題もありますので、政権が今も維持されていることの方が不思議なくらいです。
タリバン側はこうした反米感情に乗じる形で攻勢を続けています。
****タリバンがパキスタン部族民7人殺害、「米国のスパイ」とメモ*****
パキスタン北西部の北ワジリスタン地区で、武装勢力タリバンが地元の部族民7人を米国のスパイとして殺害したことが分かった。治安当局が24日、明らかにした。
当局者によると、同地区の主要都市ミランシャー郊外で、男性5人の射殺体が「米国のためにスパイをした者は同じ運命になる」と書かれたメモとともに発見された。また、別の場所で見つかった2遺体にも同様のメモが置かれていたという。
米国は、昨年末にアフガニスタン東部ホースト州の米中央情報局(CIA)軍事基地で7人が死亡した自爆攻撃以降、国境を挟んで同州と接する北ワジリスタンなどで、タリバンに対する無人爆撃を強化している。【1月25日 ロイター】
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【1日数千万円以上の大金がタリバン側に】
それにしても、戦争というのは奇妙なものだと思わせる記事が。
****物資輸送に安全保証料*****
「アフガニスタン国境までの安全保証料として、武装組織に1日約40万ルピー(約48万円)を払っている」
1月上旬。切り立つ岩峰に囲まれたパキスタン南西部バルチスタン州の州都クエッタ。アフガン駐留の北大西洋条約機構(NATO)軍から物資の輸送を受託している運送会社幹部が打ち明けた。
200メートル当たり200ルピー(約240円)の「保証料」を支払わなければ、運転手が殺される恐れが高まる。支払い拒否が原因とみられる同州での襲撃は半年間で10件に上った。
同州を通過する輸送車両は1日約50台。業者は「保証料」を通常の輸送費に上乗せして荷主に請求しており、NATO軍側から1日数千万円以上の大金がタリバン側に渡っている計算になる。【1月26日 毎日】
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“200メートル当たり200ルピー(約240円)”なら、400kmで“1日約40万ルピー(約48万円)”になります。1日50台なら、1日2000万円。
NATO軍がその物資を輸送するのに、敵対するタリバン側に1日2000万円を支払っている・・・俄かには信じがたい話ですが、確かに計算するとあり得る話でもあります。もちろん、タリバン側はその資金でNATO軍を攻撃する武器・弾薬を調達している訳で、なんとも奇妙な現実です。金さえ払えば軍事物資を通すというのも奇妙かも。
【責任ある大国か途上国か】
もっと確かな話としては、アメリカがパキスタン国民の矢面に立つ状況で、中国の影響力が増大しているということがあります。
****中国台頭への期待感*****
米国への新たな対抗軸として中国の台頭に期待感を高めている。
北部カシミール。首都イスラマバード郊外から中国へ抜ける幹線道路「カラコルム・ハイウエー」の拡幅工事が昨年以降、中国人技術者の指導の下、急ピッチで進む。中国貿易に携わるジャミールさん(43)は、「これで貿易量は3倍に増える。パキスタンで今、唯一の明るい話題だ」と言った。
南西部バルチスタン州。アラビア海に面した戦略的要所のグワダルには07年、中国の支援で大規模な港湾施設が完成した。中東などからの原油・天然ガスを中国に陸送するため、グワダルと新疆ウイグル自治区を結ぶ鉄道整備計画も進む。さらに州政府は昨年12月、ユダヤ人が幹部を務めるオーストラリア拠点の合弁企業との資源開発契約を打ち切り、中国企業との契約を決定。駐パキスタン米国大使が「懸念」を表明する騒動に発展した。
パキスタンの親中政策は元来、インドをけん制する文脈にあった。しかし、中国が急速に国力を増すなか、米中間の「パワーゲーム」をにらんだものへと変質しつつある。【1月28日 毎日】
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アフガニスタンでの戦いは、アメリカとNATOにとって厄介なだけではなく、戦争の余波がアフガニスタンと国境を接する中国に及べば、中国西部の新疆ウイグル自治区のイスラム教徒たちを刺激し、昨年7月のような暴動を引き起こしかねない側面もあります。
アメリカは、例えば、中国の武装警官がアフガニスタン警察の訓練を行うなど、中国に対してアジア地域でもっと大きな指導力を発揮してもらいたいという考えがあります。
****中国が見失うアイデンティティー******
しかし中国政府は、実質的な派兵に相当するあらゆる選択肢を避けている。清華大学(北京)の外交政策専門家である閻学通は、「アフガニスタンに派兵した国は、どこも失敗している。なぜ中国がその失敗国リストに名を連ねなければならないのか」と言う。ある中国人はインターネット上のチャットで、「NATOは中国に尻拭いをさせる気だ」と、さらに手厳しい意見を投稿した。
(米ブルッキングズ研究所の専門家)シャンボーによれば、中国政府内部では今後取るべき道について議論が高まっている。「責任ある大国」の役割を引き受けるべきなのか、それとも「時間稼ぎと能力隠しの裏で物事を進める」という、かつての最高指導者・ 小平の取った不明瞭な戦略を実践し続けるべきか、という議論だ。
中国政府の指導部のなかには、中国には国際社会で今よりはるかに大きな責任を担うだけの準備ができていない、と考えている者もいる。だが「中国に能力以上に背伸びをするよう望んでいる人々もいる。中国の成長を抑えたいからだ」と、清華大学の閻は言う。
シャンボーは「中国国内ではこうした問題をめぐって大きく意見が分かれている」と指摘。【09年12月2日号 Newsweek】
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“途上国”の殻に閉じこもり、利益だけをうまく拾おうとするのか、“責任ある大国”としての役割を果たすのか?