(イラン・イラク国境付近で遊牧するクルド人の少女 写真は牧歌的ですが・・・・
“flickr”より By Shivan Sito http://www.flickr.com/photos/shivan1/4802763288/in/photostream/ )
【イラク:混乱の火種】
クルド人は、トルコ・イラク北部・イラン北西部等、中東の各国に広くまたがる形で分布し、人口は2500万~3000万人で、「独自の国家を持たない世界最大の民族集団」と言われています。
周知のように、総選挙後の連立政権交渉が難航し、組閣に至るまでの期間で世界記録を更新しているイラクにおいては、クルド人系の政党の扱いがひとつのカギになっています。また、石油産出地域でもあるキルクークのクルド人自治区への帰属を決める住民投票も先延ばしになっており、取り扱い次第ではイラク再混乱、場合によってはトルコ・イランを巻き込んだ混乱の火種にもなりかねません。
【トルコ:融和の兆し】
一方、トルコでは、従来からクルド人系の反政府組織「クルド労働者党(クルディスタン労働者党)(PKK)」と政府との確執が続いていましたが、若干動きが出てきたとの報道があります。
****トルコのクルド人問題に解決の兆し*****
トルコでは、分離独立を求めるクルド人の武装組織と政府軍の抗争で36年間に4万人以上の命が失われた。この長い熾烈な戦いに、ようやく終結の兆しが見えてきた。エルドアン首相が先週、クルド労働者党(PKK)のアブドラ・オジヤラン党首(服役中)と交渉に入ったことを暗に認めたのだ。
つい最近まで、PKKとの交渉は軍の猛反発を招き、政権の命取りになりかねないものだった。だが9月の国民投票で、軍権限の制限を盛り込んだ憲法改正案が過半数の支持を獲得。政府は軍に遠慮せず、交渉できるようになった。
一方で、PKKの弱体化も目立つ。ここ3年余り、米軍の支援を受けたトルコ軍がイラク北部の山岳地帯にあるPKKの拠点を猛攻。トルコ国内のクルド人の間でも、PKK離れが進みつつある。
問題はクルド人の自治拡大要求をどこまで認めるかだが、これについても合意形成が期待できる。トルコ経済が急成長を遂げる今、大半のクルド人は独自の言語と伝統を守れるなら、完全に独立する必要はないと考えているからだ。
トルコの一部タカ派はいまだに、クルド文化の独自性を認めれば国家の統合が脅かされると警戒する。だが、民族的多様性を受け入れることで流血沙汰が収まるなら、取るべき道は明らかだろう。【10月20日 Newsweek】
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もともと、エルドアン首相・与党「公正発展党(AKP)」は、選挙においてはクルド人からの支持を背景にしている側面もあって、軍に比べるとクルド人に融和的な立場にありますから、この交渉については期待も持てます。何より「トルコ経済が急成長を遂げる今、大半のクルド人は独自の言語と伝統を守れるなら、完全に独立する必要はないと考えている」という時代の流れが大きく影響しそうです。
【イラン:毒ガスと密輸】
イラク、トルコにくらべて、イランのクルド人については、あまり報道されることがありませんが、トルコのPKKと密接な関係にある反体制クルド人組織「クルド労働者党」(PKK)の反政府テロ活動が続いています。
****警官ら5人射殺=クルド系地域でテロ相次ぐ―イラン****
イラン西部コルデスタン州の州都サナンダジュで7日、2人組がパトロール中の警官らに発砲し、ロイター通信によると、5人が死亡、9人が負傷した。犠牲者には一般市民も含まれている。地元メディアは、「反体制勢力の犯行」とする州当局の見方を伝えた。
同州周辺には少数民族のクルド人が多く居住しており、クルド系の反政府武装勢力と治安当局の衝突がたびたび発生。先月22日にも同国北西部のクルド人居住地域マハバードで軍事パレード中に反体制派によるとみられる爆弾テロがあり、12人が死亡、約80人が負傷した。【10月8日 時事】
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そうした反政府活動が続くイランのイラク国境近いクルド人居住エリアに関する、別の視点の話題もあります。
****イラン:「密輸ビジネス」活況 経済制裁下で需要****
核開発問題を巡る相次ぐ経済制裁で外国との商取引が制限されるイランで、「密輸ビジネス」が活況を呈している。イラク国境に近いイラン北西部の町、サルダシュトでは、規制をすり抜け命がけで運ばれた最新の電化製品があふれていた。町ではほぼ唯一の産業だが、国境警備の取り締まりは厳しく、命を落とす「運び屋」も後を絶たないという。【サルダシュト(イラン北西部)で鵜塚健】
テヘランから西へ約500キロ。イラクとの国境まで約15キロに迫った山間にある少数派クルド人の町サルダシュト。約150の問屋が入る「国境物流センター」には軽快なポップスが流れ、テヘランなどから訪れた取引業者や家族連れが買い物を楽しんでいた。
日本製の最新の液晶テレビやカメラ、中国製の炊飯器などが並んでいるが、大半は密輸品だ。中国製の偽ブランド品も目立つ。
電化製品を扱う問屋の男性(27)が実態を語る。日本や中国、東南アジアから船で運ばれた商品は、アラブ首長国連邦のドバイを経由してイラク北部へ。国境付近で馬やロバに積むか人力で背負って山を越え、イラン側へ持ち込まれる。運ぶのは低賃金で雇われたイラク人で「馬は一度に300キロ、人なら100キロ運ぶ」という。
イランの核問題をめぐって、国連安保理は06年12月以降、相次いで経済制裁を決議した。外国企業とイラン国内の銀行との取引が制限されて日本など先進国からの消費財輸入は軒並み減少。さらに、高性能のパソコンやゲーム機は、軍事転用の恐れがあると禁輸対象になった。ドバイなどを迂回(うかい)した輸入品もあるが、価格が高く、入ってくる商品の数も減少傾向にある。それだけに、密輸品の需要は高まるばかりだ。
酒類も重要な密輸品だ。飲酒厳禁のイランでは裏市場での需要が大きく、大きな利益を得られるからだ。
問屋は、輸入品の金額と見合う商品をイラン側からイラクに送り返して代金を相殺。支払いが必要な場合には地下銀行を通じてドバイの銀行に米ドルで振り込むのだという。同センターの隣では、約450店が入る新たなショッピングセンターが建設中だ。
密輸品を隠して売る商店は、当局に黙認されている。だが、クルド人による独立運動を抱える同国北西部の国境警備は、イラクやトルコのクルド人組織との連携を警戒してか非常に厳しい。密輸品を運ぶ業者への取り締まりも強化されており、国境付近の山中で射殺された「運び屋」は「この数年間で100人以上」と関係者は語る。
一方でイラン政府は、クルド人地域でのインフラ整備や振興策に消極的だ。雑貨輸入問屋の男性(30)は「この町には工場も大学もなく、密輸が一番の産業だ。テヘランなど都市部の住民に安く商品を売り、イラク人に運び屋の仕事も与えている。悪いことはしていない」と話した。【10月17日 毎日】
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サルダシュトと言えば、イラン・イラク戦争(1980~88年)のさなか、87年6月28日午後4時半、イラク軍機が4発のマスタードガス爆弾を投下した、世界で初めて市街地に化学兵器が使用された町でもあります。
人口1万2000人の町は一瞬にして毒ガスのマスタードガスに包まれました。
イランのNGO(非政府組織)「化学兵器被害者支援協会」によると、サルダシュトや戦場で化学兵器を浴びた直後に死亡した兵士や市民は約5500人。今も約7万人が肺や目の障害に苦しんでいるそうです。
厳しい国境警備の一方で、「密輸品を隠して売る商店は、当局に黙認されている」ということは、賄賂の存在が容易に想像されます。
昨日取り上げた中国のレアアース禁輸がらみの密輸の話題で、「上に政策あれば、下に対策あり」という中国の表現がありましたが、そのあたりは世界共通です。
それにしても「この数年間で100人以上」の死者を出す国境を、「人なら100キロ運ぶ」という形で越える「運び屋」の世界というのは、生活のためとは言え、想像を絶する厳しさがあります。