孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ「麻薬戦争」 沈静化の兆し見えず

2010-10-26 15:28:06 | 世相

(メキシコ海軍の部隊は09年12月16日、「ボスの中のボス」と異名を持つ最重要指名手配犯の1人とされていた麻薬密輸組織のリーダー、アルトゥロ・ベルトラン・レイバ容疑者をその高級住宅に急襲して殺害しました。
麻薬戦争におけるカルデロン大統領の大きな勝利とされましたが、ひとつが潰れれば別の組織が台頭するということの繰り返しのようでもあります。写真はレイバ容疑者殺害に向かう軍兵士。“flickr”より By Diario Presencia
http://www.flickr.com/photos/diariopresencia/4587514341/ )

【「息子のためにも、市民が恐れず外出できる、以前の街の姿を取り戻したい」】
メキシコの「麻薬戦争」については、4月3日ブログ「メキシコ 長期化する「麻薬戦争」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100403)」でもとりあげましたが、その表題のとおり“長期化”しており、いまだに解決の目処がたたない状況です。

4月3日ブログでも書いたように、メキシコのカルデロン大統領は06年12月の就任後、麻薬組織の拠点に数万人の軍と連邦警察を派遣、「麻薬戦争」を開始しました。軍の投入は麻薬組織と関係が深い地元警察を排し、相手の重武装化に対抗するためと言われています。
その結果、今メキシコでは二つの戦争が進行しています。ひとつは政府と麻薬組織の戦い、もうひとつは政府側の攻撃で組織側の緊張が高まった結果激しさを増した組織間の縄張り争いの戦いです。

メキシコ「麻薬戦争」を象徴する話題として各紙が取り上げたのが、麻薬組織が絡んだ暴力事件が相次ぎ、ことし6月には町長(市長?)が殺害されたメキシコ北部の町で、20歳の女子学生が警察署長に就任したという話題です。殺害を恐れて、ほかに警察署長のなり手がなかったためだそうです。

****メキシコ:署長は20歳の女子大生 「麻薬の街に平和を」*****
麻薬組織間の抗争が泥沼化し、一般人や警察官も含め年間数千人の死者が出ているメキシコで20日、20歳の現役女子大生が警察署長に任命された。管轄は米テキサス州との国境に接する人口8500人のプラセディス市で、麻薬取引が盛んな危険地帯。恐れをなした警察官の退職が後を絶たず、空席の署長職を募集したところ応募者がこの女性1人しかいなかったため、異例の抜てきとなった。

AP通信などによると、新署長は1児の母でもあるマリソル・バジェスさん。大学では犯罪学を専攻、同市に住んで10年になる。着任にあたり「息子のためにも、市民が恐れず外出できる、以前の街の姿を取り戻したい」と抱負を述べた。
同市では麻薬組織による殺人事件が多発し、先週1週間だけでも8人が死亡、今年6月には市長が殺された。捜査当局も襲撃や買収の標的となるため、バジェスさんには護衛2人がつく。市と周辺一帯では警察官の退職が相次ぎ、警察は事実上機能していない。バジェスさんは就任と同時に署員を3人から13人へ増やした。

メキシコと米国の国境地域では、麻薬の密輸ルート確保を巡る抗争が過熱。米国で消費されるコカインの9割がメキシコ経由で密輸される代わりに、メキシコの麻薬組織が使う銃のほとんどが米国から逆密輸されている。メキシコでは過去4年間に約3万人が抗争で死亡した。【10月21日 毎日】
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4月時点では「麻薬戦争」による死者は“3年間で1万5千人”と報じられていましたが、上記記事では“4年間に約3万人”となっています。ただ、どっちにしてもアフガニスタンの戦場での犠牲者にも匹敵する、「抗争」といった生易しいものではなく、文字通りの「戦争」状態に変わりはありません。

バジェスさんも決心するまで、家族と1カ月悩んだそうですが、1児の母でもあるバジェスさんは就任に際し、「メキシコでは今、皆がおびえているが、恐怖に負けたくない」と語っています。
その勇気には敬服するしかありません。

【根深い組織と警察の癒着】
“就任と同時に署員を3人から13人へ増やした。”とのことですが、その警察が全くあてにならないのが現実です。
****メキシコ、連邦警官の1割解雇 麻薬組織との汚職たえず****
メキシコ治安省はこのほど、内部の規律調査で基準を満たさなかった連邦警察官約3200人を免職処分にした。総員の1割弱にあたる大量解雇。国内で暗躍する麻薬組織が多額の報酬をえさに警察官を抱き込む例が後を絶たず、汚職根絶のために荒療治を強いられた。
メキシコ政府は今年5月以降、「連邦警察の見直しと浄化」を目指し、全3万5千人の警察官に対する内部調査を進めてきた。地元報道によると、うそ発見器によるテスト、薬物検査のほか、資産や借金状況など調査は多岐にわたり、免職者のほかに約1200人が懲戒処分を受ける見通しだという。

2006年に就任したカルデロン大統領は麻薬組織根絶を目指し、軍も動員した掃討作戦を続けているが、取り締まりにあたる警察官と組織の癒着が大きな妨げになっている。先月半ばにはメキシコ北部で組織犯罪根絶を掲げていた市長が拉致されて殺される事件があり、市長の警護役を含む6人の警察官が麻薬組織に買収され拉致に関与したとして逮捕された。【9月5日 朝日】
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免職警官が1割ですが、“免職者のほかに約1200人が懲戒処分を受ける”とのことですので、警察と麻薬組織の癒着は、“癒着”を通り越して“一体化”状態です。
勇敢なバジェスさんの安否が気遣われるところです。
さすがに世界中で話題になったバジェスさんに麻薬組織が手を出せば、政府側としても面子をかけた戦いを組織に仕掛けざるを得ないということで、悲劇は避けられるのでは・・・というのが希望的予測ですが・・・。

メキシコは、9月16日にスペインからの独立を求める戦争開始から200周年をむかえ、記念式典が挙行されましたが、「麻薬戦争」のさなかということで、異例の厳戒態勢だったようです。
****独立200年祝い式典=麻薬戦争で厳戒態勢―メキシコ****
メキシコは宗主国スペインからの独立を求める戦争開始から200周年を迎え、独立記念日の16日、首都メキシコ市などで記念の式典やパレードが行われた。ただ、政府と麻薬密売組織間の対立激化で治安が極度に悪化しているため、首都では警官ら治安部隊約1万4000人を動員。建物の屋上には狙撃手が配置されるなど、異例の厳戒態勢が敷かれた。
特に麻薬密売組織の活動が盛んな北部などでは、記念行事を中止したり、規模を縮小する都市も見られた。それでも各地で麻薬組織絡みとみられる事件が相次ぎ、北東部タマウリパス州では15日、治安部隊と犯罪組織メンバーの銃撃戦で22人が死亡。16日には北部シウダフアレスで地元紙記者2人が何者かに襲われ、うち1人が射殺された。【9月17日 時事】
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【根絶が難しい密輸 相次ぐ銃撃事件】
バジェスさんの警察署長就任と併せて世界を驚かせたニュースが、北部ティフアナで、105トン(!)(その後の修正発表で134トンに増加)ものマリフアナが押収されたという報道です。
****メキシコで麻薬一斉捜査、過去最大の105トン押収*****
メキシコ軍が18日、米国との国境を接するティファナの複数個所で麻薬の一斉捜査を行い、マリフアナ計105トンを押収した。米国での末端価格は3億4000万ドル(約285億円)とされ、軍当局によれば、メキシコ国内では過去最大規模の摘発となった。
重武装した軍兵士らが行った今回の捜査で、当局は麻薬密売容疑で11人を逮捕。住宅や停車中のトラックなどから、麻薬が入った茶色や銀色の包み約1万個を発見した。これらの麻薬は過去数カ月にわたってメキシコ全土から集められ、米国に密輸される予定だったという。

メキシコから米国への麻薬密輸をめぐっては、オバマ米政権も取り組みを強化しており、ナポリターノ米国土安全保障長官が先にサンディエゴを訪問して、麻薬組織の一掃を強調したばかり。
メキシコでは、カルデロン大統領が2006年に麻薬組織掃討を掲げて以来、約3万人が死亡しており、「麻薬戦争」に対する当局の取り組みに国内外からの風当たりも強まっていただけに、今回の一斉摘発はカルデロン政権にとっては一定の浮揚材料となりそうだ。【10月19日 ロイター】
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4月ブログでも触れたように、“80年代初めにカリブ海とメキシコ湾で取り締まりを強化したため、密輸は米メキシコ間の陸上ルートに移った。だが、陸上の国境警備の強化は時間の無駄だ。月50万台近いコンテナが国境を往来しているが、1台で米市場1年分のヘロインを運べる。米国からメキシコへの銃の密輸もそれほど難しくない。”【09年8月24日 毎日】という状況で、国境で麻薬の流れを断つのは困難な状況です。
メキシコからアメリカに麻薬が、アメリカからメキシコには銃が密輸され、結果、メキシコでの「麻薬戦争」が長期化しています。

****メキシコ北部で相次いで銃撃事件、計27人死亡****
メキシコ北部、米国との国境に近いシウダフアレスとティファナで23、24日に相次いで発砲事件があり、両方の事件で合わせて27人が死亡した。

シウダフアレスでは23日未明、パーティーを開いていた住宅の庭に突然、覆面をして銃を持った男たちが数台のバンに乗って現れ、パーティー参加者たちに向けて銃を乱射し、14人が死亡した。
パーティー参加者には10代の若者も多かった。目撃者によれば、発砲していたのは若者で、叫びながら約5分間銃撃を続けた。人口120万人のシウダフアレスでは、米国への麻薬密売をめぐって2つの大規模な麻薬カルテルが抗争を続けており、暴力事件が相次いでいる。

ティファナでは24日、薬物リハビリ施設で発砲事件があり、13人が死亡。同市では前週、メキシコ史上最大の押収量となるマリフアナが押収されており、警察関係者の中には、この押収が事件と関連があるとの見方も出ている。【10月25日 AFP】
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シウダフアレスは4月ブログでも取り上げた国境の都市ですが、“政府はシウダフアレスに今春約5000人の連邦警察官を投入したが、麻薬抗争に絡む死者は今年だけで2000人を超える。”【10月25日 毎日】という状況です。
シウダフアレス、ティファナ以外でも“24日には北部サルティヨで連邦警察と軍の車列に何者かが発砲。銃撃戦で近くにいた14歳の少年ら3人が巻き添え死した。サルティヨから約200キロ西方のトレオンでは撃ち合いで3人の武装集団が殺害された。中部ミチョアカン州でも23日、警察のコーディネーターら2人が殺された。”【10月25日 毎日】ということです。
これだけの事件が全国各地でわずか2日間に起こるというのは、想像を絶するものがあります。

アメリカに比べてメキシコ側の所得水準が低く、就業機会が少ない経済格差、麻薬の最大消費地アメリカが隣接する地理的条件、長い国境線での麻薬・銃の密輸対策が困難を極める現実的問題、メキシコ側の組織と警察の癒着(おそらく癒着は警察にとどまらず権力内部に及んでいることが推測されます)・・・もろもろの条件の結果としての「麻薬戦争」ではありますが、警察・政府内の腐敗・癒着一掃に本腰をいれ、「戦争」に対する臨戦態勢で臨めば、もう少し何とかなるのでは・・・。今でもやってるよと言われればそれまでですが。


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