(カリスマ大統領ルラ(右)から託された十字架を背負っていけるか注目されるルセフ次期大統領(左)
“flickr”より By Valter Figueira http://www.flickr.com/photos/sargentofigueira/5137615279/ )
【元左翼ゲリラの「鉄の女」】
中国・インドと並び新興国の雄とされるブラジル。
経済は昨今の世界的不況をほぼ無傷で切り抜け、今年の上半期は10%の成長を達成。
また、昨年には大西洋沖の海底で巨大油田が発見され、14年のサッカー・ワールドカップ、16年の夏季五輪の誘致にも成功・・・と、将来にも明るい話題が。
そのブラジルを牽引してきたルラ大統領の後継に、元左翼ゲリラの経歴(64~85年の軍事政権時代には投獄されて拷問を受けたことも)を持つ、これまで公職には立候補すらしたことのなかった政治的には未知数に近い女性候補ルセフ氏が、予想通り決選投票で当選したことが広く報じられています。
****ブラジル初の女性大統領 ルセフ氏 妥協許さぬ「鉄の女」*****
ブラジル大統領選決選投票の投開票が10月31日、行われ、選管当局は現職のルラ大統領から後継指名された与党・労働党のジルマ・ルセフ元官房長官(62)が、野党・ブラジル社会民主党、ジョゼ・セラ前サンパウロ州知事(68)を抑え、勝利したと発表した。
今年、7・5%の成長が予測される好調な経済を背景に、現状維持を望む民意をすくい上げた形。有力新興国(BRICs)の一角として、今や世界経済の牽引(けんいん)車としての役割を期待される同国を初の女性大統領として率いることになる。
ルセフ氏は裕福なブルガリア系移民の家に生まれ、大学時代、当時の軍政に反対し左翼ゲリラ組織に所属した。1970年に逮捕され、拷問にさらされながら約3年を獄中で過ごした。
釈放後は武装革命の可能性に見切りをつけ、左翼政党に所属しながら地方行政で手腕を発揮。2000年に現在の労働党に移り、ルラ大統領に見いだされた。
政治家より優秀な官僚として頭角を現した感が強く、目標実現に妥協を排して突き進む迫力から「鉄の女」と呼ばれ、身なりにも構わないイメージがあった。しかし、大統領選出馬に際して眼鏡をコンタクトレンズに変え、化粧や髪形にも気を配るようになった。
ルセフ氏の今後の課題はルラ氏による「院政」の観測や、次期大統領選へのルラ氏の再出馬といったうわさの払拭(ふっしょく)。14年にサッカーW杯、16年に夏季五輪の自国開催を控え、社会基盤整備や治安対策も待ったなしだ。【11月2日 産経】
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なお、「鉄の女」の異名は、“目標実現に妥協を排して突き進む迫力”だけでなく、その無表情さからもきているとか。
【「ルラ、勝利」】
先ほど“予想通り”と書きましたが、それはここ数カ月の話で、今年4月頃までは、大方の予想は野党のセラ前サンパウロ州知事の当選で中南米の左派政権の一角が崩れる・・・というものでした。世論調査でもセラ氏が圧倒的にリードしていました。
それが、見る見るうちにルセフ氏がその差を縮め、ついに逆転してリードを広げ、第1回投票で当選を決めるのでは・・・とまで予想されるようになったのは、ひとえにルラ大統領の強力な後押しがあったからにほかなりません。
ルラ大統領は公示前から全国各地へ彼女を連れ歩き、公共事業の起工式にも出席。ルセフ氏の遊説にも同行し、彼女を自分の「後継者」として有権者に紹介しました。
ルセフ氏も選挙期間中、「ルラの路線を歩み続けよう!」と選挙演説で繰り返しました。
(もっとも、対立候補のセラ氏もルラ路線継承を訴えていましたが)
有権者も、ルセフ氏にではなく、“ルラが支持する候補”に票を投じた・・・というのが実際のところです。
ルラによるルラのための選挙・・・そんな感じで、地元紙も選挙結果を「ルラ、勝利」と報じたそうです。
【重い十字架】
政治的には未知数に近いルセフ氏に対し、野党セラ候補は“ルセフに投票するのは「未開封の封筒」を選ぶようなものだと言った。”そうです。【10月13日号 Newsweek日本版】
そのNewsweek誌が、これからルセフ新大統領背負うことになる「後継者の十字架」について報じています。
****新大統領が背負う 後継者の十字架*****
ブラジル 卓越した個性と政治力で国を導いた現職ルラからバトンを渡される新大統領への大き過ぎる「遺産」
・・・・もっとも、心配なのはルセフの過激な過去ではない(64~85年の軍事政権時代には投獄されて拷問を受けた)。彼女が再び銃弾ベルトを肩に担ぎ、国の舵を極左に切ることはないだろう。
現職のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領の下で鉱業・エネルギー相と官房長官を務めたルセフは、数字と円グラフを使いこなす有能な現実主義者であることを実証してきた。選挙戦中も有権者や経済界、マスコミに向けて、インフレを抑制し、国の借金を返して市場経済の基本原則を尊重すると繰り返し強調してきた。
それ以上に重要なのは、自分を後継者に指名したルラに従うと、ルセフが明言していることだ。ルラは優れた統率力と政治的良識でブラジルの安定と繁栄を維持してきた。「ルラの路線を歩み続けよう!」と、ルセフは選挙演説で繰り返した。
問題は、それが決して容易でないことだ。大統領として2期8年、ルラは国内では緊縮財政を行い、国外では不遜に見えるほど強気に振る舞ってきた。
不安定だったブラジル経済を安定させ、国際社会の要人や債権者からは称賛を勝ち取った。イランのマフムード・アハマディネジヤド大統領やキューバのカストロ兄弟など、欧米嫌いの独裁者や野蛮な指導者もうまくおだててきた。
ルラの市場志向の経済政策から取り残されたように感じていた国内の左派勢力も懐柔した。3万1000人以上の政府雇用を含む公共サービス部門の雇用を創出して彼らを取り込み、中道左派の連立政権を利権と特権で手なずけ、大統領としてほぼ無制限の権力を握ったのだ。
ルラは市場原理主義者ではないが、競争の激しい世界経済で生き残るために必要な嗅覚がずばぬけている。批判やスキャンダルに強い「テフロン宰相」でもある。一連の汚職スキャンダルや違法行為で官房長官2人を含む側近中の側近や議員たちが失脚しても、彼は無傷だった。
このような問題の手綱をさばくには、カリスマ性と外交手腕と優れた政治力が必要だ。そんな資質を兼ね備えた指導者は中南米にはほとんどおらず、もちろんルセフにだってそれはない。(中略)
ルセフが目指す「第2のルラ」への道は険しい。軍事政権時代に労働組合の指導者として政界に入ったルラは、群衆に囲まれても絵になり、根回しが得意だ。
対照的に、ルセフは有能で厳格な監督タイプで、部下を叱り飛ばす短気な性格でも知られている。労働党では新参者で、公職に選出されるどころか立候補した経験さえなかった。時々覇気のない表情を見せ、遊説中は無防備な感じさえするときがあった。(中略)
とはいえ、ブラジル大統領として成功するカギは、具体的な公約より厄介な連立政権を掌握できるかどうかだ。ルラは連立政権内の対立を巧みに操った。保守派を議会の主要ポストに就け、財政強硬派を中火銀行に置きながら、有力閣僚には左派の盟友を指名した。
ルセフはルラを見習えるだろうか。予兆と言えそうなのは彼女の側近に、市場経済派のアントニオ・パロシ前財務相と大きな政府を提唱するルシアノ・コウチーニョBNDES総裁がいることだ。
「ルセフ政権は、対野党ではなく連立与党内で深刻な衝突が起こるだろう」と、政治学者のアルベルト・カルロス・アルメイダは予想する。既にルセフ政権の誕生を前提に、主導権争いが始まっている。
野心あふれるブラジルには統率力のある指導者が必要だ。やりかけの改革は山積みで、年金制度は毎年240億ドルの赤字を垂れ流し、企業も国民も新興諸国の中でとりわけ高い税金を払っている。
これらの難題も、退陣を前に自分の後継者を当選させることに心血を注いできたルラにとっては、些細なことにすぎなかったかもしれない。しかし前途を見詰めるルセフにしてみれば、当選までの苦労はまるで遊びみたいなものに思えるだろう。【10月13日号 Newsweek日本版】
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ルセフ氏は、経済政策については、市場重視の方向を打ち出しています。
****ブラジルのルセフ次期大統領、市場重視型の移行チーム結成****
ブラジル大統領選での勝利から一夜明けた1日、与党・労働党のルセフ次期大統領は、来年1月1日の就任を前に市場重視型の移行チームを結成した。側近筋がロイターに対し明らかにした。
チームは7名で、そのほとんどが労働党内の穏健派メンバーだという。
側近筋によると、ルラ政権で財務相を務めた経験もあるアントニオ・パロシ氏やブラジル労働党のドゥトラ党首、ベロ・オリゾンテ元市長のフェルナンド・ピメンテル氏、ルラ大統領の外交政策アドバイザーを務めたマルコ・アウレリオ・ガルシア氏などが移行チームのメンバーに任命された。中でもパロシ氏は米金融業界の支持も厚く、ルセフ新政権でも重要ポストに就く可能性が高いとみられている。
就任後にルセフ次期大統領がまず直面する課題は、2年ぶり高値圏にあるレアル相場の問題だ。ルセフ氏はルラ大統領の提案で、20カ国・地域(G20)首脳会議出席のため韓国ソウル入りするルラ大統領に同行する見通し。【11月2日 ロイター】
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上記記事にもあるように、ブラジルは今、通貨レアル相場の高騰に苦慮しています。
米欧など主要国が自国通貨を安く誘導する現状を「通貨戦争」と呼び、特にドル安を事実上放置しているアメリカ政府の通貨政策を批判する急先鋒だったマンテガ財務相は、その当てつけか、先月22~23日に韓国・慶州で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を欠席しました。
今月の20カ国・地域(G20)首脳会議出席には、ルセフ氏がルラ大統領に同行するようです。
ルラ大統領は、ルセフ氏の次の大統領選挙で復職し、自分の手でオリンピックを・・・とも噂されていますが、当分ルラ氏指導のもとでの政権運営が行われそうです。
一番の課題は、通貨問題などの政策課題よりも、Newsweek誌にもあるように、ルセフ氏が連立政権を束ねる指導力を発揮できるか・・・という政治手腕ではないでしょうか。
数々の側近のスキャンダルを切り抜け、卓越した指導力を発揮した「テフロン宰相」ルラ大統領から後継を託された「鉄の女」ルセフ氏の背負う十字架は重いものがありそうです。