(11月4日 クロアチア東部ブコバルで犠牲者に哀悼の意を示し、謝罪したタディッチ・セルビア大統領
“flickr”より By cvrcak1 http://www.flickr.com/photos/29320956@N03/5145395763/ )
【「過去との決別」】
旧ユーゴ紛争で国際社会から孤立したセルビアは、タディッチ大統領のもとでEU加盟、国際社会への復帰の準備を進めています。
****セルビア:大統領が「謝罪の旅」 EU加盟へ「和解」演出****
セルビアのタディッチ大統領が、90年代の旧ユーゴ紛争でセルビア人勢力による虐殺が行われた隣国への慰霊行脚を続けている。「第二次大戦後最悪の虐殺」と呼ばれるスレブレニツァ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)への今夏の訪問に続き、今月初めにはセルビア大統領として初めてクロアチア東部ブコバルで犠牲者に哀悼の意を示し、謝罪した。
旧ユーゴスラビアの解体に伴う90年代の紛争は、独立を図るクロアチアやボスニアに対し、セルビア系住民の保護を名目にセルビア本国が介入する形で展開。クロアチア系やイスラム系の武装勢力による虐殺も頻発した。
セルビアは欧州連合(EU)加盟を目指しているが、隣国との和解が事実上の加盟条件となっている。タディッチ大統領の慰霊の旅には、そのために「和解」を演出する狙いもあるとみられる。
クロアチアは91年6月に独立を宣言。ブコバルは同年11月、セルビア人武装勢力による3カ月の包囲戦を経て陥落した。病院にいた200人以上の患者などが町外れの養豚場へ連れ出され、虐殺されたという。
タディッチ大統領は今月4日、クロアチアのヨシポビッチ大統領とともに同地の慰霊碑に献花。「犠牲者に敬意を表し、謝罪し、両国の新たなページを開くためここに来た」と述べた。ヨシポビッチ大統領の外交顧問は「両国間の緊張を緩和させるものだ」と前向きに評価している。
タディッチ大統領は7月にも、ボスニア紛争末期の95年にボスニア人(イスラム教徒)約8000人が虐殺されたスレブレニツァを訪問したばかり。謝罪を含む慰霊行脚には相手国の民族主義者だけでなく、セルビア国内の右派勢力などからも非難の声が上がるが、「過去との決別」を誓う大統領の決意は変わらない。
ただ、セルビアは旧ユーゴから最後に分離したコソボの独立を認めていない。欧米はコソボとの和解もEU加盟の条件にしており、タディッチ大統領にとって最大の難関になっている。【11月9日 毎日】
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上記記事にもある「スレブレニツァの虐殺」は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中にボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァで1995年7月に発生した大量虐殺事件で、ラトコ・ムラディッチに率いられたセルビア人勢力のスルプスカ共和国軍によって推計8000人のボシュニャク人(ムスリム人)が殺害され、「第二次大戦後最悪の虐殺」とされています。
当時、スレブレニツァは国連の「安全地帯」に指定されPKOオランダ部隊が展開しており、ボシュニャク人を保護する立場にあったオランダにとっても、セルビア勢力の武力に屈する形でボシュニャク人を引き渡さざるを得ず、虐殺を防止できなかったということで、同事件は深い傷跡を残しています。
セルビア議会は今年3月31日に、スレブレニツァで起きた虐殺を非難する決議を採択しています。
決議は遺族に哀悼の意と謝罪を表明。また、虐殺を指揮した武装勢力司令官、ラトコ・ムラディッチ被告の発見・拘束が重要だと強調しています。ただ、事件を「ジェノサイド(集団殺害)」とは認めていません。【3月31日 時事より】
【EUはセルビアを含む旧ユーゴ構成国の将来的な加盟を想定】
セルビアでは08年5月の総選挙を受けて、EUが懸念する極右・セルビア急進党の政権参加を排除、タディッチ大統領率いる民主党中心の親欧州派政権が発足し、EU加盟を進める方向で動いています。
09年12月22日には、タディッチ大統領がストックホルムを訪問、EU議長国スウェーデンのラインフェルト首相にEU加盟申請書を手渡しました。
これを受けてEU側もセルビアの加盟について検討を本格化させています。
****EU:セルビア加盟候補国入り検討開始*****
欧州連合(EU、加盟27カ国)は25日、ルクセンブルクで外相会議を開き、旧ユーゴスラビアの主要構成国だったセルビアの加盟候補国入りに向けた手続きを開始することを決めた。コソボとの対話の用意を示しているタディッチ・セルビア大統領に対してEUとして支援姿勢を示す意図がある。
EUは(1)セルビアが独立を認めていないコソボとの対話進展(2)旧ユーゴ国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)に対する「完全な協力」--を候補国入りの条件に据えている。ボスニア紛争の元セルビア人勢力司令官、ムラディッチ被告らの拘束を求めるオランダの主張に配慮した形だ。
今後、EUの行政府・欧州委員会がセルビアの政治・経済改革や民主化への取り組みなど、候補国入りの環境が整っているかどうかを検討する。調査の結果、候補国にふさわしいと判断されれば加盟交渉が正式に始まる。タディッチ大統領は数年以内の加盟実現を目指している。
セルビアは08年4月にEU加盟申請の前提となる「安定化・連合協定」を締結し、昨年12月に加盟申請にこぎつけた。だが、国際司法裁判所(ICJ、ハーグ)が今年7月にコソボ独立宣言を合法と判断したことにセルビアが反発、EU加盟手続きにも影響が出るとの観測も出ていた。
EUはセルビアを含む旧ユーゴ構成国の将来的な加盟を想定している。旧ユーゴではスロベニアが04年に加盟、クロアチアが12年加盟を目指している。【10月25日 毎日】
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【今なお潜伏するムラディッチ被告】
セルビアのEU加盟にとってハードルとなっているのは、上記記事にもあるボスニア紛争の元セルビア人勢力司令官、ムラディッチ被告らの問題と、コソボとの関係修復です。
セルビアは08年に、ボスニア紛争時の戦犯のひとりカラジッチ被告を起訴から13年ぶりに拘束しました。
これは、いまなお彼らを英雄視する民族主義勢力も強い同国にあって、EU加盟への強い決意を明確に示したものとされています。
しかし、もうひとりの大物、「スレブレニツァの虐殺」を指導したラトコ・ムラディッチ被告については、「セルビア軍の協力者にかくまわれているため、拘束は容易ではないだろう」(英情報機関元幹部)とも見られています。軍内部にはEU加盟を望む親欧派が少ないとも【08年7月31日 産経より】
09年6月には、ムラディッチ被告が家族とともにリゾート地でスキーを楽しんでいるとみられるビデオ映像がTV放映され、セルビア政府を苛立たせています。セルビア政府は、同ビデオは古いもので、すでに押収して旧ユーゴ国際戦犯法廷に提出済みのものだとしています。
最近、セルビア政府は、ムラディッチ被告の情報提供に対する懸賞金を10倍に引き上げ、拘束への意思を改めて表明しています。
****ボスニア逃亡戦犯に懸賞金1000万ユーロ*****
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中、ボスニア内のセルビア人勢力の軍司令官だった大物戦犯で、逃亡を続けているラトコ・ムラディッチ被告を追うセルビア政府は28日、拘束につながる情報提供に対する懸賞金をこれまでの10倍に増やし、1000万ユーロ(約11億2000万円)を支払うと発表した。(中略)
戦犯法廷のブルーノ・ベカリッチ次席検察官は「欧州連合(EU)加盟の最後の障害を取り除きたいという政府の明確な政治的意志の表れ」だと述べ、「逃走中の2人(ムラディッチ被告と、クロアチア領内のセルビア人勢力指導者だったゴラン・ハジッチ被告)はわが国全体を人質にとっているだけではなく、彼ら自身の家族や未来の世代までをも人質にしている」と非難した。(後略)【10月29日 AFP】
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【対コソボ:「和解しなければならない」が独立承認は・・・】ムラディッチ被告の拘束以上に難しいのが、独立したコソボとの関係修復です。
セルビア側も最近は和解の姿勢は見せていますが、「独立承認」は難しい情勢です。
****コソボに和解呼び掛け=独立は認めず-セルビア大統領****
セルビアのタディッチ大統領は6、7の両日、セルビア正教会のクリスマスに合わせ、同国からの独立を宣言したコソボ西部にある同正教会のデチャニ修道院を訪問した。
大統領は修道院で行われたミサに出席。セルビアのメディアなどによると、「過去に起因する問題の解決を探るため、和解しなければならない」と呼び掛けた。その一方で、コソボはセルビアの枠内で欧州連合(EU)に加盟すべきだと述べ、独立を認めない考えを改めて示した。【1月8日 時事】
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セルビアにとって誤算だったのは、コソボ独立の「適法性」についてセルビア自身が提訴した国際司法裁判所(ICJ)の判断でした。
****セルビア コソボ独立「適法」に衝撃 EU加盟の野心 揺らぐ反対姿勢 *****
国際司法裁判所(ICJ)は7月22日、コソボの独立宣言が国際法に違反せず、コソボ紛争の解決に関する国連安全保障理事会決議1244号にも違反しないとの判断を示した。この判断は、コソボと独立に反対しているセルビアのどちらにも喜ばれない、あいまいな態度をICJがとると予想していた多くの人々を驚かせた。タディッチ大統領を含むセルビアの上層部は、同国側に有利な判断が出ることを予想していたため、衝撃を受けている。
ICJの判断に対抗し、セルビア議会は7月26日にコソボの独立反対の政府決議を可決した。同決議では、ICJの判断は独立宣言の正当性を認めたが、コソボの独立そのものの正当性を考慮していないという点で限定的だと指摘している。
セルビア政府はコソボ独立反対をあきらめないと断言し、国連総会にコソボとセルビアとの交渉を提案する決議案を提出した。(中略)
政府は欧州連合(EU)への早期加盟とコソボ独立への反対を両立する道を模索してきた。これは、民族主義的なセルビア民主党(DSS)のコシュトニツァ前首相が、コソボ独立への反対を優先してEUとの関係を悪化させたのとは対照的である。現在のタディッチ大統領と親EU政権は、コソボ独立反対の堅守を主張する野党に攻撃されやすい。政府がコソボの独立宣言の正当性についてICJに提訴したのは、常にコソボ問題に縛られる状況を打開してEU加盟を目指すための時間稼ぎであったが、ICJの判断が出たことで、政策の信頼性は失われた。(中略)
◆あきらめムード
コソボ問題はセルビア国民の感情を揺さぶる問題であり、世論が過熱したこともあったが、今では独立が承認されても仕方がないとのあきらめが広がっている。野党の小政党である自由民主党(LDP)と連立与党の小政党であるセルビア再生運動(SPO)は、現実的になってICJの判断とコソボの独立を受け入れるよう呼びかけている。(後略)【8月5日 オックスフォード・アナリティカ】
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現実問題として、現在、欧米各国など71か国が承認しているコソボ独立が取り消される可能性はなく、世論にも次第にEU加盟を重視する「あきらめムード」が広がりつつあるようですが、そうは言っても公にコソボ独立を認めることはセルビアにとっては容易ではありません。今後、EU加盟に向けて、コソボとどのような関係修復が可能かが模索されています。
なお、コゾボ側も11月2日、内閣不信任案が可決され12月に総選挙が行われる内政混乱状態で、EUが仲介するセルビアとの国交正常化交渉が遅れることも懸念されています。