(08年3月 握手を交わすバシル大統領(右)と南部自治政府のキール大統領(左) “flickr”より By Ethio Sudanese Nations http://www.flickr.com/photos/ethiosudanese/2310250586/ )
【危ぶまれる住民投票実施】
アフリカ・スーダンは、西部地域で「史上最悪の人道危機」とも言われるダルフール紛争を抱え、指導者バシル大統領は09年3月、国際刑事裁判所 (ICC) から、ダルフールにおける人道に対する罪、ジェノサイド罪で逮捕状が出されています。
一方、スーダンではかつて激しい南北紛争がありましたが、05年の南北包括和平合意(CPA)で停戦が実現して南部には自治政府が置かれ、来年1月9日にはCPAで定めたところに基づき、南部の分離独立の是非を問う住民投票が行われることになっています。
しかし、これまでも何回か取り上げたように、バシル大統領が南部独立につながる住民投票を公正に実施する気があるのか、その投票結果に従うのか・・・大きな疑問があります。
*****スーダン:南部独立巡る住民投票まで2カ月 欧米けん制も*****
アフリカ・スーダンで来年1月9日に予定される南部の分離独立の是非を問う住民投票まで2カ月を切った。南部支援を鮮明にして住民投票実現を求める欧米と、北部主導で南部独立に消極的立場のスーダン統一政府と姿勢の違いが浮き彫りになってきた。スーダン統一政府からは、住民投票を延期すべきだとの声も聞かれ、予定通りの投票実施が危ぶまれている。
オバマ米大統領はケリー上院議員を先月から今月にかけ2度にわたりスーダンへ派遣した。米国は、公正な住民投票の期日通りの実施▽選挙結果の受け入れ▽投票前の南北境界と南北での石油利益配分の確定--を条件に、「早ければ来年7月にもテロ支援国家指定(93年から継続)を解除する意向がある」と統一政府に伝えた。
一方で米政府は今月1日、スーダンへの制裁(97年から継続)を1年延長し、「アメとムチ」で何としても住民投票を実施させたい考えだ。欧州各国も住民の意思で南部を独立させ、それを支持したいとの思いは強い。
イスラム色の強い北部に対し、南部にはキリスト教徒が多いほか、地下資源開発への思惑もあるためだ。
これに対し、統一政府の本音は、南部の独立を阻止しスーダン統一を維持すること。バシル大統領率いる統一政府与党「国民会議」は、「南北境界を画定しないまま住民投票を実施すれば再び内戦になる」と明言し、欧米の圧力をけん制している。
南北の境界については、油田のあるアビエイ地区の帰属などで南北双方が対立したままだ。そうした中、南部の住民投票管理委員会は先月、投票登録を11月半ばに開始すると発表。統一政府高官は「アビエイ地区について誰が投票するかで合意ができておらず実施の延期は避けられない」と述べた。
スーダンではアラブ系でイスラム教徒中心の政府が80年代、キリスト教徒や土着宗教中心の南部にもイスラム法を導入しようとしたことなどを機に内戦に突入。政府と南部の主要勢力「スーダン人民解放運動」(SPLM)が05年に「包括和平合意」(CPA)を結んだが、約20年間で推定200万人が死亡した。
南部独立の住民投票は南部出身者が投票する予定でCPAの合意事項の一環。CPAには、同時にアビエイ地区住民の帰属決定投票の実施も盛り込まれている。欧米メディアは南部独立を支持する有権者が多数との見方を示しているが、南部を主導するSPLMは一部部族に支配されていることや不十分なインフラへの不安もあり、独立に否定的な南部住民もいる。【11月10日 毎日】
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上記記事にもあるように、アメリカを中心とする欧米は、アラブ系でイスラム教徒中心の統一政府からの南部独立を支援してきました。背景には資源開発の思惑もあるでしょうし、「史上最悪の人道危機」を招いた政府・バシル大統領への不信感もあるでしょう。
住民の北部への不満も強く、住民投票が実施されれば、おそらく圧倒的に独立賛成が多数を占めると思われます。
【開発援助の弊害、新たな火種にも】
しかし、仮にそういう形で南部独立が実現して、果たしてアメリカなどが望むような民主的な国家が南部地域に建設されるのか・・・疑問も呈されています。
****スーダンが問うアメリカの限界*****
内戦終結から5年、北部からの独立を目指す南部スーダンを米政府は支援し続けているが国家の基礎づくりが進まないのはなぜか
・・・・5年前にスーダン政府から限定的な自治権をもぎ取った南部スーダン。かつては反政府武装組織「アニヤニヤ(蛇の毒)」のゲリラだったキールは現在、その行政の中心地ジュバで自治政府を率いている。
欧米はキール率いる自治政府に多額の援助を与えてきた。武闘派の民族主義者で、敬虔なキリスト教徒でもあるキールは、特にブッシュ前政権時代には米政府のタカ派に受けが良かった。
援助熱はやや冷めたとはいえ、現在のオバマ政権も南部スーダンに年3億ドル以上をつぎ込んでいる。来年早々には、イスラム教徒が多数を占める北部からの分離独立の是非を問う住民投票が実施される。アメリカはその日をにらみつつ、自治政府へのてこ入れを続けてきた。
60億ドルの効果に疑問
だが多額の援助にもかかわらず、キールの改革は思うように進んでいない。22年間で200万人以上の死者を出したスーダン内戦は05年にようやく終結したが、今も再燃の危険性があると、人権活動家は警告する。
取材に応じたキールの顔色は冴えなかった。住民投票が無事に実施できたとしても、今の南部スーダンは自立の準備がまったくできていないと、欧米の外交筋は指摘する。
キールが案じているのは、国内問題に悩むアメリカが面倒を見てくれなくなることだ。「アメリカは何でもできると思っていた。でも、ここでは違った。今の彼らには、ほかにやるべきことが多過ぎるのだ」
南部スーダンは、アメリカにとって重要な試金石になりつつある。問われているのは、厄介な問題を抱える遠い外国で改革を進める力があるかどうかだ。
他国の改革を支援するという使命感は、アメリカの外交政策に脈々と受け継がれてきた。しかしイラクとアフガニスタンで国家建設が行き詰まり、アメリカの力の限界がささやかれるようになった。
何兆ドルものアメリカの富が一夜にして消える今の時代、財政赤字の増大を嫌う国内の財政再建派は、外国の改革に多額の援助を行うことに懐疑的だ。最近の調査によれば、アフリカ向けの開発援助は相手国の経済成長にほとんどつながらず、場合によっては弊害のほうが多いという結果も出ている。
和平合意を後押ししたブッシュ政権の政策はオバマ政権に受け継がれ、米政府は過去5年間に約60億ドルをスーダンにつぎ込んできた。アメリカはスーダンの最大の援助国であり、スーダンはアフガニスタンとパキスタンに次ぎ3番目に多い援助を米国際開発庁(USAID)から受けている。(中略)
今年6月にUSAIDの委嘱で実施された調査は、厳しい現実を突き付けている。
「南部スーダンにおける(統治)能力構築の試みは……少数の例外を除き、目標が大ざっぱで、具体性を欠き……評価不能であり、成功は望めない」
アメリカ側からは、南部スーダンの自治政府が無能なせいだという声が上がっている。そもそも自治能力の秀でた政府をつくるための援助だったはずなのに、これでは八方塞がりだ。
ジュバの欧米人治安関係筋によれば、大半の公務員は十分な教育を受けておらず、治安部隊の兵士の約85%は読み書きができないという。教育レベルの高い人々は、多くが内戦勃発後によそへ移住してしまった。
南部スーダン向けに5億ドル規模の信託基金を管理している世界銀行は今年、まだ基金のかなりの耶分か残っていると発表した。自治政府の能力が低過ぎて、適切な使い道が見つからないことも理由の1つだ。
援助マネーの争奪戦も
なのに援助関係者や外交当局者は、南部スーダンの国家建設には今よりはるかに多くの資金が必要だと主張する。(中略)短期的な開発目標を掲げる援助関係者は、長い目で見ると「地元経済に悪影響を及ぼす」と(ジュバの醸造所に約5000万ドルを投資した外資系ビール会社の幹部)オルズワースエルビーは言う。「彼らは説明責任を負わずに他人のカネを使っているからだ」
巨額の援助は新たな暴力の火種にもなり得る。既にスーダンでは、援助以外の主な収入源である石油の利権をめぐり、争奪戦が激化している。対立し合うスーダンの各勢力が豊富な援助マネーに目を付ければ、「紛争の危険性が高まりかねない」とニューヨーク大学のイースタリーは指摘する。(後略)【11月10日号 Newsweek日本版】
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記事は「アメリカの限界」を指摘していますが、より一般的に言えば、国際援助によって民主的で経済的にも豊かな国を導くことができるのかとういう問いかけでしょう。
“アフリカ向けの開発援助は相手国の経済成長にほとんどつながらず、場合によっては弊害のほうが多い”
“短期的な開発目標を掲げる援助関係者は、長い目で見ると「地元経済に悪影響を及ぼす」”
“巨額の援助は新たな暴力の火種にもなり得る”
こういう現実はアフリカで多く目にします。
統治能力を欠き、統治の意思すら疑われるような国家への援助は、権力周辺の一部の者を利するだけに終わる現実も多々あります。
アメリカを中心とする国際社会は、スーダン南部独立につながる住民投票実施を推し進めていますが(それがCPAの合意条件でもありますので)、それは新たな破綻国家を生みだすだけに終わるかもしれない・・・・そんな不安もあります。杞憂であればいいのですが。