(大方の予想に反して死刑が宣告された旧フセイン政権のアジズ元副首相 “flickr”より By Pan-African News Wire File Photos http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/5117805659/ )
【市内の十数カ所で自動車爆弾などがほぼ同時に爆発】
イラクでは8月末に米軍戦闘部隊が撤退した後、イラク当局が治安維持を担当していますが、3月の総選挙から8カ月近く経過しても新内閣が組閣できない政治プロセスの空白状態が続いています。
そうした空白に乗じるように、先月31日のキリスト教会襲撃事件、そして今月2日のバグダッド市内十数か所での同時多発テロなど、アルカイダ系武装勢力のテロと思われる大規模な事件が続発しており、治安の悪化が懸念されています。
****バグダッド十数カ所で同時多発テロ、60人超える死者*****
バグダッドで2日、市内の十数カ所で自動車爆弾などがほぼ同時に爆発。イラク治安当局によると少なくとも63人が死亡、280人を超える人々がけがをした。AFP通信などが伝えた。爆発のほとんどが東部サドルシティーなどシーア派イスラム教徒の暮らす地域で起きていることや、一連の攻撃の規模から、スンニ派のアルカイダ系武装勢力によるテロとみられる。
イラク国民議会選挙から約8月たっても新政権ができない政治空白が続き、イラクに軍を駐留させる米国は中間選挙の投票日というタイミングで、政治プロセスを否定するアルカイダ系が社会不安の増大や治安の不安定化を狙って攻撃を起こした可能性が高い。
シーア派地区のサドルシティーやフセイニヤなど少なくとも市内11カ所で爆発が起きた。南西部では迫撃砲攻撃もあった。市内では治安部隊が東部シーア派地区に外出禁止令を発令。各地に検問を設け、厳戒態勢に入った。また、多数の死傷者があちこちの病院に運び込まれたため輸血が足りなくなり、医師らがテレビを通じて市民に献血を訴える事態となった。
イラクではこのところ、アルカイダの活動が活発化している。バグダッドでは10月29日に25人が死亡する自爆テロが発生。さらに31日には市内中心部のキリスト教会で、礼拝中に武装集団が押し入って治安部隊と交戦、キリスト教徒と治安部隊員ら計52人が死亡。この事件では、アルカイダ系武装勢力「イラク・イスラム国」を名乗る犯行声明が出た。【11月3日 朝日】
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【政治空白に最高裁も違憲判断】
長期化している連立政権交渉については、ともにシーア派であるマリキ首相率いる第2勢力「法治国家連合」(89議席)と、第3勢力「イラク国民同盟」(INA、70議席)が、反マリキの立場にあったINAのサドル師へのイランの仲介もあって、10月1日マリキ氏の続投支持で合意したと発表されました。また、スンニ派の支持を受ける第1党のアラウィ元首相率いる世俗派政党連合「イラキーヤ」(91議席)との交渉の可能性も指摘されていましたが、首相や主要閣僚ポストをめぐる調整が難航しているようです。
更に、「ウィキリークス」が10月22日公表したイラク戦争の秘密文書に、イラク治安当局による拘束者の拷問事例数百件が含まれていたことが、マリキ首相への批判にもつながり、連立交渉にも影響しているとも報じられています。
****イラク:秘密文書公表「政治的意図だ」 マリキ首相側反発****
民間ウェブサイト「ウィキリークス」が22日公表したイラク戦争の秘密文書に、イラク治安当局による拘束者の拷問事例数百件が含まれていたことは、7カ月以上も連立交渉が続くイラク政局に波紋を広げている。マリキ首相側は「政治的意図による公表」と反発。反マリキ勢力は「首相に権限を集中し過ぎたために起きた事例」と主張している。
ロイター通信によると、マリキ首相の事務所は23日、拷問がマリキ首相の就任後に起きた証拠は示されていないと主張。公表のタイミングに政治的意図が疑われると述べた。
マリキ首相と首相の座を争ってきたアラウィ元首相の会派「イラク国民運動(イラキヤ)」の報道担当者は23日、公表事例はマリキ首相の続投が阻止されるべき理由だと述べた。【10月24日 毎日】
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こうした長期化する政治空白の事態を最高裁は「違憲」と判断して、連邦議会の早期再開を促しています。
****イラク:議会空転を「違憲」判断 最高裁*****
イラク最高裁は24日、4カ月以上続いている連邦議会の“開店休業”状態を「違憲」と判断し、審議の早期再開を命じた。3月の総選挙後、空転する連立政権交渉の早期妥結を促した形だ。
総選挙結果は6月に確定し、連邦議会は同月中旬に招集された。しかし、マリキ首相とアラウィ元首相らの間で、首相や閣僚人事を巡る連立交渉が長期化。主要会派間で合意が成立する見通しが立たないため、連邦議会もほとんどの議員が登院しない状況が続いている。【10月25日 毎日】
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この最高裁判断を受けて議会再開、議長選出への動きが出ているとの報道もあるようですが、最終的に首相決定・組閣まで持っていけるかはさだかではありません。
【突然の死刑判決と政治的背景】
一方、旧フセイン政権時代にTV報道などでもよく目にしたタリク・アジズ元副首相に死刑判決が言い渡されました。
****イラク元副首相に死刑判決 シーア派組織迫害*****
イラク高等法廷は26日、旧フセイン政権で外交の顔として知られたタリク・アジズ元副首相に対し、イスラム教シーア派組織への迫害に関与したとして死刑判決を言い渡した。ロイター通信などが伝えた。旧フセイン政権幹部は数回の死刑判決を受けるケースがあるが、アジズ元副首相への死刑判決は初めて。フセイン元大統領やラマダン元副大統領らは既に死刑が執行された。【10月26日 共同】
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この判決については、難航する連立交渉との関連を指摘する意見もあります。
****元フセイン側近に突然の死刑宣告*****
イラクの旧フセイン政権で外相と副首相を務めたタリク・アジズに先週、死刑が宣告された。
アジズといえば、イスラム教スンニ派が主流だったフセイン政権で唯一のキリスト教徒。他の戦犯ほど悪人とはみられていなかった。しかも拘束後の7年間は健康状態が悪く、米軍が3ヵ月前にイラク側に引き渡したばかり。74歳のアジズは獄中で一生を終えるだろうというのが大方の予想だった。
アジズの立場が突然変わったことについてマリキ首相に批判的な勢力は政治的な理由が働いたのではないかとみている。アジズの死刑判決はシーア派主導のイラク国民同盟(INA)を喜ばせるはずなので、INAとの連携を強固なものにしたいと考えているマリキにとっては好都合だ。
内部告発サイトのウィキリークスが先日、マリキ政権下でイラク治安部隊が拘束者を虐待していたと暴露したことも一因かもしれない。国内メディアの関心をアジズの死刑判決に向けさせ、虐待問題をかわそうというわけだ。
アジズが上訴するなら期限は30日以内。だがアジズの弁護士は、上訴は無用という手紙をアジズから受け取ったという。【11月10日 Newsweek】
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アジズ元首相は、1992年にバグダッドの商人42人を処刑した罪で禁固15年、クルド人迫害に関与した罪で禁固7年を昨年言い渡されており、現在服役中でした。彼以外にも、旧政権幹部2人にもシーア派迫害に関与したとして、死刑判決が下されています。【10月27日 AFPより】
アジズ元副首相がキリスト教徒であることは裁判の本旨には関係ありませんし、旧フセイン時代の弾圧やイラク戦争で流された膨大な数の人々の血を考えれば、アジズひとりの命を云々することの意味合いはあまりないのかしれませんが、もし上記記事に指摘されているような政治的動きの結果としての判決であるなら、納得しづらいものがあります。