孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  軍・暫定政権、同胞団、一般国民の“民主的な政治経験の不足”がもたらした悲劇

2013-08-15 21:21:10 | アフリカ

(ラバ・アルアダウィヤモスク近くの強制排除の現場で、治安部隊のブルドーザーの前に立ちはだかり、負傷した少年がいると訴える女性(2013年8月14日撮影) 【8月15日 AFP】http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2961950/11187949)

全土の死者数が警官43人を含む計464人
予想されていた事態ではありますが、その犠牲者はあまりにも大きな数字となりました。
ミニ「天安門」の様相すら呈しています。

(追加)死者数は、現時点“568人”との報道もあり、今後さらに増加することが予測されています。

****死者464人に エジプト座り込み強制排除****
モルシー前大統領派の座り込みに対する強制排除を機にエジプト各地に広がった衝突で、同国保健省は15日、全土の死者数が警官43人を含む計464人に達したと発表した。負傷者は約3570人に上った。

治安当局は14日夕、モルシー氏の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団などの抵抗が続いていた首都カイロ・ナセルシティ地区を制圧。暫定政権は14日、全土に1カ月間の非常事態令を宣言するとともに、首都カイロなど12県に同期間中の夜間外出禁止令を出し、厳戒態勢を敷いている。

多数の死者が出る事態にエルバラダイ副大統領は14日、辞任を発表。国際社会でも当局の武力行使を非難する声が強まっている。

同地区の座り込み参加者は14日、夜間外出禁止の対象となる午後7時を前に投降した。ただ、同胞団は15日もカイロでの抗議デモを呼びかけており、緊張が続いている。この日のカイロ市内は交通量も少なく、多くの商店が営業を控えた。

暫定政権のビブラーウィ首相は14日夜、「同胞団は何度も和解を拒んだ」と強制排除を正当化する一方、非常事態令を可能な限り早期に解除すると述べた。

治安部隊を指揮するイブラヒム内相は同日、強制排除での実弾使用は「同胞団側からの発砲に対応するためだった」と説明。当局は15日、イスラム過激派の流出入口になっていると指摘される東部シナイ半島とパレスチナ自治区ガザ地区の検問所を無期限封鎖した。【8月15日 産経】
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“保健省によると、各地の死者数はラバ・アルアダウィヤモスク付近で137人、ナハダ広場では57人、その他全国各地で227人となっている”【8月15日 AFP】ということで、カイロ以外の全土で多くの死者が出ているようです。

大勢の死者が出たのは、単なる座り込み参加者の排除にとどまらず、市街戦のような銃撃戦の様相を呈したためでしょう。
治安部隊側にも多くの死者が出ているように、同胞団側からの発砲があったのは事実ですが、最初に発砲したのは治安部隊側だとの証言もあるようです。

混乱の中での話ですから詳細はわかりませんし、多くの衝突の現場でそれぞれのなりゆきがあったとも思われますが、治安部隊側に最初から発砲・銃撃戦もやむなしという発想があり、それが事態の混乱を大きくしたとも想像されます。
なるべく犠牲を少なくするという発想に立てば、強制排除するにしても、もっと違った方法もあったのではないかとも思われます。

軍は脅しを繰り返し、同胞団は何万人もの支持者を路上にかり出すだけ
互いに後に引かない軍・政権側、同胞団側双方の頑なな対応、民主的政治経験の不足を指摘する声もあります。

****同胞団取り込まねば収束せず エジプト、デモ強制排除 ラミ・フーリー氏****
ベイルート・アメリカン大公共政策・国際関係研究所長

政権側とムスリム同胞団がともに民主的な政治の経験を持ち合わせず、強硬路線に出たことが、今回の混乱の原因だ。

洗練された対話や妥協という政治的駆け引きによる解決方法を知らず、軍は脅しを繰り返し、同胞団は何万人もの支持者を路上にかり出すだけだった。欧米や湾岸諸国の仲介が失敗したのもそのためで、双方が政治のアマチュアだった。

軍は同胞団支持者らの強制排除に出るのではなく、裁判を利用したり、反ムルシ派のデモ隊をサポートする形で同胞団に圧力をかけたりするなど、別の方法があったはずだ。同胞団の支持勢力はエジプト国内で無視できないほど大きい。彼らをきちんとした形で政治プロセスに取り込み、選挙に参加させていかなければ、混乱は収まらない。

国際社会はその過程で、技術的な助言や経済的援助を与えることはできるが、基本的にはエジプト人自身が解決の道を探すべきだ。事態が動いており拙速な判断はできないとはいえ、数年単位の時間がかかるかもしれないが、それは可能だと見ている。

1990年代に内戦を経験したアルジェリアと違うのは、エジプトには軍や裁判所などしっかりした組織があり、市民社会の能力も高いという点だ。民主主義への願望も強く、内戦に突入した場合の対価もよく分かっている。【8月15日 朝日】
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【「ムルシ政権を倒せば今度こそ良くなると思ったけど、何も変わらない」】
軍・政権側が、この時期に強制排除に動いた背景としては、低迷する経済状態が指摘されています。

****政権、経済低迷に焦り****
軍主導の暫定政権はなぜ、このタイミングで強制排除に踏み切ったのか。

大きな要因は、悪化の一途をたどる経済だ。30年にわたって強権支配したムバラク政権、その後、エジプト初の自由選挙で選ばれたムルシ政権が支持を失った理由の一つは、いずれも庶民の暮らしを改善できなかったことにある。

暫定政権が7月中旬に発足してからも混乱が続き、観光客や外国投資も激減。昨年末から対米ドルで1割以上も下落したポンド相場は回復せず、食料品など輸入品を中心に物価上昇が続き、7月のインフレ率は年率換算で10%を超えた。

ムスリム同胞団に批判的なサウジアラビアなどが表明した計120億ドル(約1兆1800億円)相当の支援を受け、外貨準備高が持ち直しガソリン不足も緩和したが、生活改善にはほど遠い。

先行きが見えない状態が長引けば、軍のクーデターを歓迎した市民の支持を失いかねない懸念があったとみられる。すでに「ムルシ政権を倒せば今度こそ良くなると思ったけど、何も変わらない」との不満が市民から漏れ始めている。

暫定政権は14日、国営中東通信を通じて声明を出した。「流血は遺憾」としたうえで、ムルシ支持派に対して暴力の行使と権威への抵抗をやめるよう呼びかけ、ムスリム同胞団指導部を「暴力を扇動している」と批判した。
一方で治安部隊を「法の支配を守らせるための努力を行った」と称賛。「(正式政権づくりに向けて軍が発表した)行程表に従って進む。だれも民主的政治プロセスから排除されることはない」とした。【8月15日 朝日】
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エジプトだけでなく、チュニジア・リビアなどの「アラブの春」後の混乱の背景には、「ムルシ政権を倒せば今度こそ良くなると思ったけど、何も変わらない」という国民の過剰な期待と失望があるのではないでしょうか。

特に、経済は政権が交代したからといってすぐに成果が出るものではありません。
街頭での派手な抗議行動によって経済が好転する訳でもありません。

選挙を通じた民意の政治への反映、互いに譲歩・妥協することでの合意の形成、地道で安定した経済活動・・・そうした結果として政治・経済・社会の改革は徐々に達成されるものです。

同胞団や軍・政権側だけでなく、一般国民の間における、力の誇示で政権さえ変えればすべてが好転するといった「民主的な政治の経験の不足」がアラブの混乱を大きくしているように思えます。

今後、ムスリム同胞団は抵抗を続けると思われ、一部には今回の報復も含めて過激な手段に出る勢力もあるでしょう。混乱は長引くように思えます。

また、これまで軍・暫定政権を歓迎し支持してきた勢力からも、今回の強硬手段への反発から離反が広がるとも思えます。
次第に支持を失うにつれて、軍・暫定政権側が強権的手法に頼る形に陥ることが懸念されます。
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