孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

軍に排除されたエジプト・モルシ政権  軍部をも抑え込むトルコ・エルドアン政権

2013-08-16 22:19:40 | 中東情勢

(8月5日 トルコ・シリウリ エルドアン首相への抗議行動の女性を抑え込む警官 “flickr”より By El Mundo Economía & Negocios http://www.flickr.com/photos/53130905@N04/9445260167/in/photolist-foDqMe-fnTLhC-ftjcyj-foTGGh-fs5EQ1-fuqMiz-foLGJW-furqye-fpgTsj-fnv3Ur-fojHBc-fok2Mr-fojTiP-fojWjX)

エジプトの混乱を懸念するトルコ
エジプトのムスリム同胞団を中心とするモルシ前大統領支持派の座り込みを、軍主導の暫定政権が強制排除に踏み切り、600名を超えるとも言われる死者を出す混乱を引き起こしていることは、昨日ブログでも取り上げたところです。
その後もムスリム同胞団などの抗議行動は続いており、さらなる混乱もありうる流動的な情勢にあります。

強制排除強行に対しては、欧米諸国や国連も批判を強めていますが、ムスリム同胞団と同じようなイスラム主義政党が政権を握るトルコも、今回措置を厳しく批判しています。

****トルコが国連に「虐殺」停止要請=エジプト強制排除、中東各国が非難****
トルコのギュル大統領は14日、エジプトの治安部隊によるモルシ前大統領支持派の強制排除について、「市民に対する軍事介入は許容できない」と非難し、国連安保理やアラブ連盟に「虐殺」を中止させるよう求めた。AFP通信が伝えた。

ギュル大統領はまた、「エジプトが抜け出せない混沌(こんとん)状態に向かっていることを懸念する」と述べた。

イスラム組織ムスリム同胞団と近い関係にあり、モルシ前政権を財政面で支援していたカタールでは、外務省報道官が「非武装の善良な人々を殺害するに至った強制排除の手法を非難する」との声明を発表。モルシ支持派の人命を尊重するよう求めた。【8月15日 時事】 
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モルシ政権と同じイスラム主義政権ということで、トルコの反応は当然ではありますが、イスラム民主主義のモデル国としてその存在感を高めていたトルコにとっては、ムスリム同胞団が政治力を失いことは自国の中東における影響力低下にもつながります。

****エジプト情勢を注視=中東で影響力低下懸念―トルコ****
トルコのエルドアン首相は、モルシ前大統領支持派の強制排除に踏み切ったエジプト情勢を注視している。モルシ氏の支持基盤イスラム組織ムスリム同胞団が政治力を失ったことで、各国のイスラム主義勢力との協調を中心に据えたトルコの中東外交が軌道修正を迫られているためだ。

2002年にトルコ初のイスラム政権を樹立した公正発展党(AKP)を率いるエルドアン首相は、イスラムと民主主義を両立した「モデル国」として、民衆運動「アラブの春」で独裁政権が崩壊した国々のリーダー役になることを目指していた。アラブの春が始まった11年には、エジプト、チュニジア、リビアを歴訪。各国で台頭するイスラム勢力への支援を通じ、存在感を高めつつあった。

だが、エジプトのモルシ政権が崩壊し、同胞団が弾圧されたことは、各国のイスラム勢力にも打撃を与えるのは必至で、トルコの影響力低下も免れそうにない。ビルギ大学のトゥラン教授(政治学)はAFP通信に「トルコは中東で孤立を余儀なくされる」と指摘する。【8月16日 時事】 
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トルコでは5月末から6月にかけて、イスタンブール中心部のゲジ公園の再開発問題をきっかけとして、強権的との批判もあるエルドアン首相や宗教色を強める政権への大規模な抗議行動があり、7月にはエジプト同様に強制排除に踏み切った経緯がります。

そうしたことから、エジプトなど中東諸国におけるイスラム主義勢力の動向は、外交面だけでなく国内情勢にも影響する問題でもあります。

周到に軍の“牙”を抜いてきたエルドアン政権
ただ、一般的には、トルコのエルドアン政権の基盤はエジプトのモルシ政権などに比べ強固で、国内の抗議行動が政権の存続に直結するようなことにはならないという見方がなされています。

****似て非なるトルコ 強固な軍・イスラム系政権****
モルシー政権を転覆に追い込んだエジプト軍は国政に大きな影響力を持ち、イスラム系の政権と緊張関係にあるといった点で、もう一つの地域大国トルコと類似点が少なくない。

ただ、同国のエルドアン政権は長期にわたって軍内部の敵対勢力を慎重に排除してきた点で異なっている。

エジプトでは1952年、ナセル中佐らがクーデターで共和制を敷いて以来、ムバラク政権まで歴代大統領を輩出し、隠然たる力を保ってきた。

そうした中、モルシー前大統領は政権発足直後の昨年8月、20年以上にわたり国防相を務めたタンタウィ氏(77)を電撃解任するなど、性急に軍の切り崩しを進めようとした。幹部の高齢化で人事が硬直していることへの不満から、軍の一部には国防相交代を喜ぶ声もあったとされる。

しかし、世俗主義的な軍にはもともとイスラム勢力への強い警戒感がある。シーシー国防相は3日夜の声明で、「数カ月間、モルシー氏に国民和解を助言したのに同氏は耳を貸さなかった」と指摘したが、モルシー氏には、軍に妥協しつつ関係を築くバランス感覚が欠ける面もあったようだ。

一方、トルコは政治や社会から宗教的要素を排除する厳格な政教分離政策を取ってきた。
その「守護者」を自任する軍は、政治が極度に不安定化した1960年と80年にクーデターで軍政を敷いたほか、97年には同国初のイスラム系政党主導のエルバカン政権を退陣させるなど、しばしば政治に介入してきた。

だが、2003年に発足したイスラム系与党・公正発展党のエルドアン政権は、政権転覆計画に関与したとして軍高官らを大量起訴するなど、約10年かけて周到に軍の“牙”を抜いてきた。現在の軍をめぐる状況はエジプトとは大きく異なっている。【7月6日 産経】
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エルドアン政権による軍・司法勢力弱体化の結果と言われる裁判判決が今月下されています。
裁かれたのは「エルゲネコン」と呼ばれている、政治家、弁護士、裁判官、警察、軍人、ジャーナリスト、企業経営者、学者、マフィアなどの支配層を集めた、トルコ社会の影の権力集団とされています。

これまでの政権は、この「エルゲネコン」の意に反する場合はクーデターで潰されており、アンタッチャブルな存在とされてきました。
支持基盤を強めたエルドアン政権は、この権力集団との権力闘争に勝利しました。
もっとも、国家転覆を図ったとして大量逮捕された今回の「エルゲネコン」疑惑はエルドアン政権側の陰謀との説もあるようです。

****トルコ:元軍参謀総長ら終身刑 大規模デモ再燃懸念****
トルコの裁判所は5日、エルドアン政権に対するクーデターを計画したなどとして元軍参謀総長のバシュブー被告らに終身刑を言い渡した。

トルコではイスラム系与党・公正発展党(AKP)と、憲法で規定される政教分離を掲げる軍など世俗派が対立。判決を受けて、世俗派のデモ隊数百人が警官隊と衝突しており、5月末に起きた「反エルドアン政権」の大規模デモ再燃につながる懸念もある。

AP通信などによると、治安当局は軍人らが秘密の地下組織を結成し、クーデターを計画したとして275人を訴追、08年から裁判を開始した。5年の審理を経て、この日は元参謀総長や野党政治家ら19人が終身刑判決を受け、64人が最長47年の懲役などを言い渡された。被告側は控訴する方針という。

トルコは政教分離が国是だが、国民の大半がイスラム教徒。社会や政治のイスラム化が進むたび、軍や司法が介入し抑制してきた。
だが、約10年間にわたり単独政権を維持するAKPは、2010年秋に憲法改正を実施、軍や司法の権限を縮小した。

今回の判決について世俗派は、政権の意向を強く反映し、世俗派を弱体化させるための政治的な判断だとして強く反発。イスタンブール郊外の裁判所に数百人のデモ隊が押しかけ警官隊と衝突した。

トルコでは5月末、エルドアン政権を批判する大規模デモが発生。イスタンブール中心部の公園などを占拠し、警官隊が強制排除したが、デモ活動は断続的に続いている。【8月6日 毎日】
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記事では、“「反エルドアン政権」の大規模デモ再燃につながる懸念”ともありますが、今のところトルコでのそうした混乱は聞きませんので、エルドアン政権による軍・司法など世俗勢力封じ込めはこれまでどおり続いているようです。

与党内部にもエルドアン批判が
ただ、エルドアン首相に対する抗議行動は“モグラ叩きのように、どこかでデモがあると、それを警察が力で抑え込んではいるが、他の場所でデモが起こる”【8月13日  佐々木良昭氏 中東TODAY】(http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/2013/08/no_1679.html)という状況で、“与党AKPの研究機関ユーラシア・グローバル・リサーチ・センターのレポートが、ゲジ・パーク問題への対応は、エルドアン首相の失敗だったと明言した。ゲジ・パーク問題では、イスタンブール市長も反対しており、計画はあくまでもエルドアン首相の、個人的な意向によるものだとしている。エルドアン首相がこの公園再開発にこだわるのは、彼の個人的な理由からだ、という説がもっぱらだ。つまり、業者とエルドアン首相との関係が、疑われ始めているのだ。”【同上】といった話も出ているそうです。

軍をも抑え込む強固な基盤を誇り、抗議行動にも強気の姿勢を崩さないエルドアン首相ですが、与党内部からの批判を招き、足元をすくわれる可能性もあるようです。
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