孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

どうしてこの時期に?  シリアの化学兵器使用問題とエジプトのムバラク氏保釈

2013-08-23 22:12:48 | 中東情勢

(化学兵器攻撃の犠牲となったとされる子供たち “flickr”より By EDMD1 http://www.flickr.com/photos/44951574@N03/9567740142/in/photolist-fztaNW-fzqCgw-fzbACv-fzqSC9-fzqPzL-fzxRaW-fzszKb-fA1Dph)

政権側使用なら「政治上の自殺行為」】
内戦が続くシリアでは、アサド政権側によって兵器が使用され多数の死者が出たという問題が焦点になっています。

****シリア:政権側が神経ガス使用か 213人死亡も****
ロイター通信は21日、シリア反体制派からの情報として、首都ダマスカス近郊で同日、アサド政権側による神経ガス攻撃があったと伝えた。地元病院関係者は、ロイターに対し、住民213人が死亡したと答えている。

子供や女性も含まれ、多くは外傷を確認できず、口から泡をふくなど、化学兵器特有の症状がみられるという。シリア国営テレビは報道を否定した。

シリア内戦では今年に入って戦闘で化学兵器が使われた疑いが強まり、国連の調査団が18日から2週間の日程でシリア入りしている。
今回、200人以上の死者が出たとすれば、これまでの化学兵器による被害疑惑の中で最も大きい。アラブ連盟と英仏政府は21日、国連調査団を現地に向かわせるよう要請する声明を発表した。

反体制派は、21日に化学兵器による攻撃を受けたのはダマスカス近郊の反体制派支配地域3カ所としている。現場にいた男性は毎日新聞の取材に対し、午前2時半ごろ、航空機多数が上空を通過するような音を聞いたと証言。別の場所では午前3時ごろ爆撃があり、犠牲者の多くは自宅で就寝中に死亡したという。反体制派主要武装組織「自由シリア軍」の広報官は、窒息や中毒により1000人以上が死亡したと述べた。

アサド政権は21日の大規模攻撃そのものは認めたものの、化学兵器使用の報道は「事実無根」と否定。反体制派が国連調査団を混乱させる目的で、うその情報を流していると反論した。

ヘイグ英外相は声明で、今回の事案を国連安保理へ報告すると同時に、アサド政権に対して調査団の現地入りを許可するよう要請。調査団のセルストロム団長も調査の必要性に言及しつつ、国連の指示を待つ意向を示した。【8月21日 毎日】
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犠牲者数については、“英国に拠点を置く反体制派NGO「シリア人権監視団」は、この攻撃で約170人が死亡したとしている。一方、反体制派の統一組織「シリア国民連合(Syrian National Coalition)」は、1300人が死亡したと主張している。”【8月23日 AFP】というように、かなり幅があります。

本当に政権側による神経ガス攻撃があったということになれば、これまで介入をためらってきた欧米にとって、政権側が“レッドライン”を大きく超えたことになり、今後の展開を大きく左右することになります。

アメリカは「我々が化学兵器の使用を最も強い言葉で非難するのは疑いのないことだ」(アーネスト大統領副報道官)と「深い懸念」を表明しながらも、今のところは新たな対応には言及せず、まずは国連の現地調査が重要との立場を強調しています。【8月22日 毎日より】

しかし、フランスのファビウス外相は、シリアのアサド政権による化学兵器使用が確認されれば「国際社会は武力で対応しなければならない」と、初めて武力行使に言及しています。【8月22日 毎日より】


もっとも、素人的には「どうしてこの時期に?」という感があります。
これまでも取り上げてきたように、戦局はアサド政権側に優位に動いていると言われています。
追い込まれて、苦し紛れに・・・という状況ではありません。

また、戦局が有利になっている余裕もあってか、これまでの化学兵器使用疑惑をめぐる国連調査を受け入れ、ダマスカスに調査団が入っているまさにその時期です。

“シリア政府は、国連の査察団が国内にいる間に化学兵器を使用することは「政治上の自殺行為」だと述べ、疑惑を否定している。”【8月23日 AFP】

反体制派主要組織「シリア国民連合」前議長のモアズ・ハティブ氏は、“アサド政権は「国連調査団がシリアにいる間でも、どんなこともできると見せつけ、反体制派を絶望させようとした」との見解を示した。”【8月23日 毎日】とのことですが、あまり説得的ではないように思えます。

反体制側には、住民犠牲をいとわないアルカイダ系武装組織も含まれています。
軍事的に劣勢に立たされている反体制側が、政権を追い詰めるために・・・という話なら、十分に動機があるようにも思えますが、もちろんなんらそれを裏付けるものはありません。

仮に、反体制側が使用したとしても、もともとは政権側が保有していた兵器でしょうから、事後の調査でどちらの犯行かを特定することは困難でしょう。

なお、被害があった地域は反政府側が実効支配しているエリアで、政権側は事件後も空爆を続け、奪還をはかっています。

****シリア政権、毒ガス攻撃疑惑の地区に再三の空爆****
毒ガス兵器の使用が疑われているシリアのアサド政権は22日、毒ガスによるとみられる攻撃で多数の死者が出た首都ダマスカス近郊を空爆などで攻撃した。

ロンドンを拠点とする「シリア人権監視団」によると、シリア軍が攻撃しているのは、ダマスカス東方のザマルカ、ハーン・シェイフ両地区など。ザマルカ地区は、21日に毒ガス兵器によるとみられる死者が出た3地区の一つ。反体制派が実効支配している地域で、シリア軍による奪還作戦が続いている。

シリアのズエビ情報相は21日の記者会見で「複数のテレビ局が、シリア軍が住民に化学兵器を使用したとする映像を放映しているが、計画的なねつ造だ」とし、疑惑を全面的に否定した。【8月23日 時事】
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【「抗議の動き広がる」か「抗議は広がらず」か?】
もうひとつの「どうしてこの時期に?」という素朴な疑問は、エジプトでのムバラク元大統領の釈放です。

****ムバラク元大統領を保釈=国民反発、混乱拍車も―エジプト****
エジプトで30年にわたって独裁体制を敷いた末、2011年の民主化要求運動「アラブの春」で失脚したムバラク元大統領は22日、収監先のカイロの刑務所から保釈された。
エジプトの民衆の間では元大統領に対する反感が強く、国内の混乱に拍車が掛かる恐れがある。

軍が後押しする暫定政権は保釈に先立ち、元大統領を非常事態法に基づく自宅軟禁とする措置を決定。元大統領は警備や健康管理上の理由から、ヘリコプターでカイロの軍病院に移送され、そのまま軟禁下に置かれた。

元大統領をめぐっては、アラブの春の中、デモ隊の殺害を指示した疑いなどで裁判が続いており、次回公判は25日に予定されている。

ただ、弁護士が「全ての嫌疑について、判決が下される前に許容される勾留期間が過ぎている」として保釈を要請。裁判所はこれを受け入れ、検察も異議申し立てを行わなかった。

判決確定前の保釈をめぐり、暫定政権の弾圧にさらされているイスラム組織ムスリム同胞団などは「元大統領は腐敗、貧困、圧政といったエジプトのあらゆる悪の象徴だ」と批判し、国民に抵抗を呼び掛けている。【8月22日 時事】 
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2011年2月に大統領を辞任したムバラク氏は、デモ隊の殺害を指示した罪などで起訴され、昨年6月に終身刑判決を受けましたが、その後判決は取り消され、やり直し裁判が行われています。

“今回の保釈決定は、表向き「未決勾留期間が2年を超えた場合は保釈される」とする同国の刑事訴訟法に基づくものだが、イスラム主義のモルシ大統領を解任して暫定政府を樹立させた軍の意向が働いた可能性は高い。”【8月21日 読売】

刑事訴訟法にかかわらず拘留を続けることが法律的に可能なのか・・・そこらはよくわかりませんが、“軍の意向”は背後にあるのでしょう。

もっとも、モルシ前大統領を支持するムスリム同胞団との厳しい衝突が続き、アメリカ・EUから厳しい批判にさらされている今、国内的にも、国際的にも大きな火種となるムバラク氏保釈に踏み切った意図は理解しかねるものがあります。

状況が混乱しており、ムスリム同胞団への市民の批判も強い今ならやれる・・・という判断でしょうか。
実際、これまで暫定政権を支持してきた勢力の反応は、それほど大きくないようです。

****ムバラク元大統領を保釈 抗議の動き広がる エジプト****
2011年の反政権デモで失脚、起訴されたエジプトのムバラク元大統領(85)が、22日に保釈された。抗議の動きは広がっており、23日にムスリム同胞団など複数のグループがデモを呼びかけている。一方で世俗・リベラル派は分裂しており、その動向が焦点となりそうだ。

ムバラク氏は22日、カイロ近郊の拘置所を出てカイロ南部の軍病院に入った。暫定政権は「軟禁状態に置く」としている。エジプトの刑法上、未決勾留の上限は2年。司法関係者は今回の保釈を「法に従った行為で、政治状況は関係がない」としている。

ムバラク氏は高齢で健康問題を抱える。デモ隊への発砲命令事件などの公判が続くうえ、ガマル元与党政策委員長ら2人の息子も拘束中だ。ムバラク氏が今後、政治的な権力を取り戻す可能性は低い。

一方、市民の間では「ムバラク政権を支えた軍が復権したから保釈された」との見方が広がっている。工事現場で働くアフマド・ムハンマドさん(25)は「あんなにデモ隊を殺して、こんなに早く保釈されるわけがない」と語る。

ムルシ前大統領の出身母体のイスラム組織・ムスリム同胞団は、23日に「殉教の金曜」と名付けた反軍部・暫定政権デモを呼びかけた。暫定政権は非常事態宣言と夜間外出禁止令を出し、各地に装甲車や兵士を配置しており、デモが行われれば再び大規模な衝突につながる恐れがある。

11年の反政権デモを主導した世俗・リベラル派は分裂している。青年組織「4月6日運動」の主流派グループは22日、左派団体とともに23日に保釈抗議デモを行うと発表したが、間もなく取りやめた。
広報担当者は「ムバラク釈放には賛成しないが、同胞団のデモ隊との衝突を避けるため」としている。4月6日運動はムルシ政権と対立した経緯があり、暫定政権を支持している。

暫定政権にも同胞団にも反発する分派「4月6日運動・民主戦線」は22日にカイロでデモを始めた。

長期化するデモを、冷ややかな目で見る市民も少なくない。主婦ムーラ・アフマドさん(46)は「元大統領は歓迎しないが、今はデモをしている状況じゃない。生活の安定が最優先」と話した。【8月23日 朝日】
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この記事が非常に面白いのは、同じ朝日新聞の鹿児島(10版)では、ほとんど同じ記事内容ながら、記事の表題は正反対の「抗議は広がらず」になっていることです。

内容的に上記(デジタル版)で追加されているのは“暫定政権にも同胞団にも反発する分派「4月6日運動・民主戦線」は22日にカイロでデモを始めた”という部分だけです。

一方、鹿児島・10版では、“世俗派や青年らはムバラク保釈よりも同胞団への反感が強い。保釈批判のデモをすれば同胞団も加わり、反暫定政権デモに転化する。だから簡単には動けない」という、ある地元ジャーナリストのコメントが載せられています。

朝日新聞記事の表題変更は、現状が「抗議の動き広がる」とも、「抗議は広がらず」ともとれる微妙な状況にあることの反映でしょう。
少なくとも、一気に抗議が広がるという状況ではないようです。

その意味では、素人的な「国内的にも、国際的にも大きな火種となるのに、どうしてこの時期に?」という疑問より、軍・暫定政権の「今ならやれる」という判断の方が当たっている・・・ということでしょうか。


コメント
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