明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



ついに携帯電話を持つことになった。最近は仕事その他連絡はもっぱらメールであり、電話を使う機会も少なく、まして歩きながら電車の乗り降りの際まで電話を離さない連中に腹も立つし、私自身持つ気などさらさらなかったのだが。
以前東北に旅行に行った時、それを知らず、電話が通じないのはおかしいと、実家に連絡してきたHに番号を知らせる。旅行先の友人は、専門学校の同級で岩手の陶芸家である。 学生時代、私のアパートは溜まり場で、鍵をかけて出かけても、帰ると6畳間に10人以上で酒盛りしているありさまであった。卒業まじかのある日、誰にも邪魔されないよう雨戸まで閉め、女の子と卒業を惜しんで酒を飲んでいた。すると外で「絶対いるって、酒とラーメンばかりで倒れているのかもしれない」という、岩手の友人と、もう一人、今は三重県で陶芸家の2人の声が聞こえた。雨戸がこじ開けられていくのを内側から見た光景は未だに忘れられないが、心配してくれていると思うと腹を立てるわけにもいかず、何ともバツの悪いことになった。今だったら、携帯電話で居留守も上手く使え、想い出も、もう少し美しかったことであろう。 私には携帯電話など必要はなかったが、我が家の電話はよく受話器がはずれる。連絡が取れないと死んでいるんじゃないかと心配なので、と今年80になる母に送ってこられたら仕方がない。それにしても、未だに倒れてるとか死んでるとか、部屋で腐っていたらとか、いい加減にしてもらいたいものである。何のためにK本に通ってキンミヤ焼酎で防腐処理を続けているのか、というのは今思いついた冗談である。

01/07~06/10の雑記
HOME

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )