昨年末、初めての入院が決まってすぐに母が亡くなるとは思わなかった。東映のヤクザ映画を見ると何次郎だ何三郎だ、と長男は郷で真面目に親の面倒を見ていると思しい。長男の私は小学生の時、少年兵の本を読んでいて、その年齢を指折り数え、本を閉じるや椅子を蹴立て、昭和二年生まれの父の前で「何で戦争行かなかったんだよ!」町内の子供同士の喧嘩と区別がついていない。幸いなことに、こんなボンクラなバカ息子は私にはいない。ここ数年、ウソをついてでも出来るだけ母が笑って生きられるよう努めてきた。ボケたどさくさに感謝も伝えられた。そして2回の入院の間に墓じまいも終え、明日の午前中退院である。もう何をどうしでかそうと、といってもせいぜい可愛らしいお人形を作る程度のことであるが、どう転んだってもう親不孝のしようがない。